第188話(99/11/05 ON AIR) | ||
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『名誉の鳩時計』 | 作:花田 明子 |
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そこは雅子の部屋。 部屋には「カノン」がかかっている。 時刻は夜中の3時をまわってっている。 |
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和彦の鳩時計をいじる音。 和彦はバンダナをねじりはちまきがわりに巻き、鳩時計と格闘中だ。 |
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和彦 | あーもう、駄目だよ、これ。 |
雅子 | ええ? |
和彦 | やっぱ直んないよ、これ。 |
雅子 | 直らない?! |
和彦 | うん。明日持ってけよ、時計屋に。 |
雅子 | ちょっとちょっと冗談じゃないわよ、そこまで分解しといて。 |
和彦 | だって直せっていったのお前だろ? |
雅子 | お前? |
和彦 | 溜息をつきつつ)まさちゃんだろ? |
雅子 | うんそうだよ。 |
和彦 | うんそうだよじゃないよ、何時だと思ってんの。 |
雅子 | 午前3時。 |
和彦 | 平然と答えてんじゃないよ。 |
雅子 | でも私直してくれとは言ったけど、壊してくれとは言わなかったもん。 |
和彦 | 何よ。もともと壊れてたじゃん。 |
雅子 | だって、こんなにばらばらにしちゃって。 |
和彦 | ……。 |
雅子 | 結局、元通りに戻せないんじゃない。 |
和彦 | あのね。お言葉を返すようで悪いけどさ。 |
雅子 | 何。 |
和彦 | 俺はね、機械は全然駄目なの。それなのに直してくれってお前がしつこ かったから、 |
雅子 | お前? |
和彦 | まさちゃんがしつこかったから、俺しょうがなくやったんだろ。 |
雅子 | だってこんなに不器用だと思わなかったんだもん。 |
和彦 | 不器用って、おま(え)……まさちゃんね。 |
雅子 | はいはい。 |
和彦 | 俺は明日仕事なんだよ。 |
雅子 | 私だってそうだよ。 |
和彦 | いやそうだろうけどさ。 |
雅子 | 明日も働くわよー、ばりばり。 |
和彦 | うん、それはいいんだ。働いてくれ。 |
雅子 | 有難う。 |
和彦 | いやそうじゃないんだ。 |
雅子 | え、何。 |
和彦 | だから俺は明日、仕事でさ。 |
雅子 | うん、私もよ。 |
和彦 | いやそうだろうけどさ、ってもう一回おんなじことを言う気か?俺は。 |
雅子 | コーヒー入れようか? |
和彦 | え? |
雅子 | 休憩してからもう一回やったら。 |
和彦 | 優しいなって、おい。 |
雅子 | え? |
和彦 | だから何で俺が直さないといけないわけ。 |
雅子 | え、嫌なの? |
和彦 | いや嫌とかそんなんじゃなくてさ。 |
雅子 | うん。 |
和彦 | 時計屋に持っていこうよ。 |
雅子 | それを? |
和彦 | え? |
雅子 | その時計の残骸?ばらばらになった部品を? |
和彦 | いや……。 |
雅子 | で、「壊れちゃったみたいなんで」とか何とか言うの? |
和彦 | まあな。 |
雅子 | それ見たら、私が時計屋でも言うな。これはあんた、壊れたんじゃなくて、 壊したんでしょ。 |
和彦 | ……。 |
雅子 | 待ってて、ブレイクしたらもう一回やろう。 |
和彦 | いやさ、 |
雅子、そばを立ち上がって、コーヒーを入れる。
冷凍庫から豆を取りだし、豆をひいている。 | |
和彦 | なぁ、俺そろそろ寝たいんだけどさ。 |
雅子 | まぁまぁ。 |
和彦 | まぁまぁってさ。 |
雅子 | いいじゃない。直してよ。 |
和彦 | 何で人にものを頼んどいてそんなに高飛車なのよ。 |
雅子 | 高飛車じゃないわよ。こういう口の利きかたなの。 |
和彦 | だったら直せよ。 |
雅子 | どうして? |
和彦 | 腹立つから。 |
雅子 | うちはみんなお母さんもおばあちゃんもおねえちゃんもみんなこんな風に 話すの。 |
和彦 | 何て家庭だって、おい。 |
雅子 | え? |
和彦 | お父さんは? |
雅子 | え? |
和彦 | いま、お前んとこのお父さんがどうかが抜けてたぞ。 |
雅子 | だってお父さんはすごい丁寧だもん。 |
和彦 | 何だって。 |
雅子 | お父さんは、うち、ものすごくしゃべり方柔らかいし、 |
和彦 | ああ、そう言えばそうだったな。前におやじさんが電話に出たことあった けど、そうだな。 |
雅子 | でしょ? |
和彦 | いや、でしょ?じゃないよ。見習えよ。 |
雅子 | いやあね。 |
和彦 | 何が。 |
雅子 | だってお父さんよ。お父さんの口調を見習ってどうするの。 |
和彦 | だって丁寧なんだろ。いいじゃないか。 |
雅子 | そんなことしたら、私、かずちゃんに、「そろそろお風呂入ってきたほう
がいいでしょう、もう遅いから」とか言うの? |
和彦 | え?そんなに丁寧なの。 |
雅子 | そうよ。 |
和彦 | はーん。 |
雅子 | でもこれがお母さんだと時間が半分ですむのよ。 |
和彦 | どういうこと? |
雅子 | 「早く入って、風呂。」 |
和彦 | おいおい。 |
雅子 | おねえちゃんなんかさらに半分よ。 |
和彦 | え? |
雅子 | 「ふん。」よ。 |
和彦 | え、何、今の? |
雅子 | だから用事の内容を指で指して、例えばお風呂に早く入れって言いたかっ たら、お風呂の方を指さして「ふん」って言うの。 |
和彦 | おいおい勘弁してくれよ。 |
雅子 | え? |
和彦 | お前も結婚したらそうなるのか? |
雅子 | おま(え) |
和彦 | まさちゃんも結婚したらどんどん短くなってくの? |
雅子 | うーん。どうだろ。それは分かんないけど。 |
和彦 | 何で又。 |
雅子 | とかなんとか言ってたらできましたよ。 |
和彦 | え? |
雅子 | はい、お待たせ。とりあえずきゅーけーい。休んでよーし。 |
和彦 | (溜息を付きつつ)あー。 |
と、二人、コーヒーを飲んだ。
二人の、コーヒーを飲む音だけが聞こえる。 しばらくして、 | |
雅子 | いや、十三参りを忘れてたからってさ。 |
和彦 | え? |
雅子 | 鳩時計。 |
和彦 | え、何、何の話? |
雅子 | 私ね、十三参りを忘れられてたのよ。 |
和彦 | うん。 |
雅子 | お姉ちゃんはちゃんとやってらってたんだけどね。 |
和彦 | うん。 |
雅子 | 私の時は家がごたごたしてて、 |
和彦 | 家がごたごた? |
雅子 | ちょうどお父さんが仕事辞めて、今の商売を始めたときでね。 |
和彦 | ああ。 |
雅子 | それで忘れられちゃってたの。 |
和彦 | うん。 |
雅子 | でね、私、それに腹を立てて家出しちゃってさぁ、 |
和彦 | 家出? |
雅子 | いや家出って言っても近くの商店街をうろうろしてたんだけどね。 |
和彦 | 何だよ。 |
雅子 | いや、それでね、帰るに帰れなくなったときに、 |
和彦 | うん。 |
雅子 | ほら、引くに引けなくなるって言うの? |
和彦 | ああ。 |
雅子 | ああって何よ。 |
和彦 | いや…それで? |
雅子 | ああ、それでその時、お父さんが迎えに来てくれたの。 |
和彦 | うん。 |
雅子 | それでね、買ってくれたんだよ、この時計。 |
和彦 | ああ。 |
雅子 | でも欲しかったわけじゃなかったんだ。 |
和彦 | おいおい。 |
雅子 | でもさ、何かどうしても無理を聞いてもらいたくてさ、 |
和彦 | うん。 |
雅子 | ……でね、買ってくれたの、鳩時計。 |
和彦 | ふーん。 |
雅子 | ……でもそれ買ったおかげで帰りのバス代がなくてさ。 |
和彦 | ああ、うん。 |
雅子 | 二人で歩いて帰ったんだよ |
和彦 | へーえ。 |
雅子 | でね、 |
和彦 | うん。 |
雅子 | その時からずっと、この鳩時計がおかしくなったら、お父さんが 直してくれてたんだよ。 |
和彦 | ああ。 |
雅子 | だから、時計屋さんとか……他の人にさわってもらいたくなくて さ。 |
和彦 | …うん。 |
雅子 | だからね、まぁ、かずちゃんならいいかなぁって。 |
和彦 | ああ、そっかって、かずちゃんならって何だよ、ならって。 |
雅子 | だからね、大役なのよ、これは。 |
和彦 | え? |
雅子 | この鳩時計にさわれるってことは名誉なわけよ。 |
和彦 | え、そうか? |
雅子 | だからちゃんと直してよ。 |
和彦 | えー。 |
雅子 | ね。ほら、朝までまだまだあるんだからさ。 |
和彦 | あー、何だかなぁ。 |
雅子 | ほらほらほら。 |
カノン、聞こえている。 |