第189話(99/11/12 ON AIR)
『おいしいチャーハンの作り方』 作:四夜原 茂


 

(ハーハーと荒い息使いが聞こえる。エコーがかかっている。
以下すべて男はエコー、女はエコーなしでどうでしょう。)
 み、見つかったかもしれない。ハーハー、ハーハー。   
まさか、あんな所にやつがあらわれるなんて…。   
ここも危険かも知れない。ハーハー。   
このギャップを飛び越えて、向こう側に行った方が安全だろう……   
やつは……う!まだいる。すぐそこだ。いや、こっちを見てない。   
チャンスだ。助走を10歩くらいとって、思いっきりジャンプする。  
向こう側の壁になんとか手がとどきそうだ。やるか!だいじょうぶだ。
やつはまだこっちに背中を向けている。せーの…。
( 原生林の中。下草をなぎたおしながら男は走る。   
得体の知れない鳥が鳴く。「ギャーギャー」「クアックアッ」)
だあっ!
(岩が落ちる音) 
く。手がかりがない。ツルツルに磨かれた花崗岩だ。   
右手一本で全体重をささえるのは1分で限界だ。  
 しかも今、やつがこっちをふり返ったら……。下はどうだ。この下は……
だめだ、大地がパックリと口を開けているだけだ。光がとどかない暗黒。
……あった。ここに少しだけ岩のへこみがある。ようし。ここに指をかけて、
う。うー。
(立ち上り、また男は走る。草をなぎたおしながら)
男 ハァ、ハァ、ハァ…。うまくいったぞ、見つかってない。   
この壁を利用して、息をひそめていれば逃げきれるかも知れない。   
ハァ、ハァ、ハァ…。暑いな…、暑い。さっきの所と、ここじゃ10度くらい
気温に差があるようだ。
どこなんだ、ここは。……う。うわー!来た。来たー!巨大な鉄のかたまりが
上空からオレをねらってたんだ。あー!
 (巨大な鉄のかたまりが落下する。)
女    あなたー。ねぇ、聞いてるー?おとなりの村田さんとこね、圧力ナベ買ったん
  だって。いいらしいわよ、カレーなんて30分でできちゃうんだって。
 (トントントンと、マナ板の上で野菜を切る音が続く)
カレーだけじゃなくて、いろんな煮物があっという間なのよ。いいなぁ、圧力
ナベって…。え?やっぱりあれよ。フタに秘密があるんじゃないかなぁ。フタ
でね、材料を押さえつけて圧力を加えるのよ、きっと。……え?はいはい。わ
かりました。鉄のフライパンを十分にあたためて、強火でジューってやるんで
しょ。フライパンから鉄分が出て体にいいのよね。でもあれよ。中華料理屋じ
ゃないんだから、強火って言ってもしれてるわよ。えーと、フライパンどこだ
ったかな、大きいやつ。あ。この奥にしまったっけ……あったあった。ちょっ
とほこりかぶってるわね。油は、オリーブオイルで最後にゴマ油をかおりづけ
にたらすと。
 (水道でフライパンを洗う音)
味つけはどうしようか。しょうゆ味にする?それとも、ウスターソース?……
両方?ああ。最後にしょうゆを少量こがしながら混ぜといて、味を見ながらウ
スターソースをかけていただくわけね。賛成。
 (洗い終わったフライパンをガスコンロに置く音。)
強火、強火と…。
男  あぶないところだった。もう少しでつぶされるところだ。うっ。こっちを見て
る。動くな、動くんじゃない。やつはこっちを見てるが何か別の物に記をとら
れているようだ。笑っているんだろうか、巨大な口が開いて白いキバがむき出
しになっている。ん?なにかやるつもりだ、こっちに手をのばして…なにかを…。
 (ガッチャン。ゴォーとガスの音)
うわ!オレを焼き殺すつもりなのか。あち、あちちち。動くな。動くと見つか
ってしまう。は、はやく、はやくあっちへ行ってくれ。はやくー。
 (また男は走る。)
男  ハア、ハア、ハア…。もう少しで黒コゲになる所だった。やつはオレが逃げま
わっていることに気づいているのだろうか。迫って来ないところを見ると気づ
いてないようだが、……いや。気づいてるんだが、わぜと泳がせて楽しんでい
るのかも知れない。ちくしょう。ん?……こんな所に金網がある。あ。金網の
中にもぐり込めそうなブロックがたくさんあるぞ。これで助かったかも知れな
い。
 (男、金網をのぼって、むこう側にドサッと落ちる)
男  それでこのブロックのすき間に体をすべり込ませれば…おや、このブロックは
…。気づかなかったが、赤や黄色や緑の野菜がサイコロの形に切りそろえられ
てるんだ。そういえば今朝から何も食べてないことを思い出した。生の野菜だ
がぜいたくは言ってられない。この中にもぐり込んで少しかじらせてもらおう。
 (油のはねる音。フライパンに、玉子を割入れた時の)
 女 ねえ、知ってる?玉子って、白いのと赤いのがあるでしょう?でも中身はいっ
しょなんだって。赤い玉子は、干しエビをニワトリに食べさせて無理矢理赤く
してるわけ。え?わかってるわよ。玉子をいためすぎるなって、言いたいんで
しょ。ちゃんと、玉ネギ、ニンジン、アスパラはみじん切りしてあるし、ごは
んだって、ほら、準備してあります。ここからは、スピードが勝負だものね。
強火で、ジュー、とやったら、空中に投げ上げてごはん粒をひっくりかえして
みせます。じゃ、野菜をと…。
 (野菜をフライパンに投入した音)
 男 あ、あ、あれ、あれれ…。動いてる。どこへ持っていくんだろう。ちょっと、
ちょっと待ってくれ。あ、あー。
 (ジュー!)
 男 え?…しまったー!罠だったんだ!や、野菜のブロックに埋まって身動きがと
れない。こんちくしょー。出せー、出してくれー!…熱い、熱いじゃないか、
あ、あ、ああー。オレが何をしたって言うんだ。オレは何もしちゃいない。た
だそこに居ただけなんだ。何もしないで、ひっそりと生きて居ただけなんだ。
……ふ、復讐してやる。薄れてゆく意識の中で、オレは、そうさけんでいた。
もうそんなことできるわけないことはわかっていたが何度も、そう、さけんで
いた。
 (フライパンを、カンカンとフライ返しでたたいて皿にもりつけている音)
 女 えへへへ。けっこううまくできちゃった。ね。野菜と玉子の色もいいし、ちょ
っとプロっぽい仕事だと思わない?はい、ウスターソース。…え?シイタケ?
シイタケなんか入れてないわよ。どこどこ?……これ。シイタケじゃない…わ。
                            (おわり)