X'mas Special (98/12/23 ON AIR)
『少しだけ…』  作:み群 杏子



電話の音。
女、電話に出る。
はい? … もしもし?
… おれ。
… あの…(ダレ?)
… かずえ?
女  あ … いえ…
… 原さんのお宅じゃ…
あ、ええそうですけど…
… かずえに、代わってくれますか?
居ないんです。ちょっと、旅行に行ってて…
旅行? どこに?
… (ア、コノ人ッテ、モシカシテ、カズエ
ノ?)
もしもし…
あ、ごめんなさい。聞いてないんです。
君は?
私?
かずえは、独り暮らしのはずだけど。
留守番に来てるんです。
かずえが、旅行に行ってて、君がそこに一人
でいるの?
ええ…
かずえの知り合い?
え、ええ。高校の時の友達で… (ダメダメ、
モウ、ソレ以上、余計ナコト、話スンジャナイノ)。
いつ、帰ってくるのかな。
(ホラ、キタ)さあ、私、それも聞いてなく
て…、ほら、彼女って、秘密主義だから(モウ、
ナンデ、ワタシガ、イイワケナンカ、シナキ
ャナンナイノヨ)
(笑って)正直な人だね。
私、が?(アラ? コノ音… )

女の耳に、受話器を通して、コツコツと
いう音が聞こえてくる。
言われてたんだろ、かずえに。変な男から電
話がかかってきたら、相手にするなって。
… あの、かずえが帰って来たら、伝えてお
くわ。お名前…
いいんだ。
え。(ヤッパリ、聞コエル。ジャ、昨日ノ電
話モ? コノ人?)
言ったって、しかたないんだよ。嫌われちゃ
ってるんだから。
なんとなく、電話してみたくなっただけなん
だ… おそくに、悪かったね。じゃ…
待って
何か?
もしかして、昨日の無言電話も… あなた?
どうして…
それ…
その音… 受話器、指で、弾いてるでしょ
くせなんだ。ごめん、耳障りだったかな
知り合いにいたの。同じ、くせの人が。
そう。
昨日の電話。私、その人からだと思っちゃっ
て… でも、考えたら、その人が、ここの電話
番号知ってるはずないのよね。
その人だと、良かったのかな。
べつに、そんな… もう、ずっと前に、別れ
た人だから。
かずえの、友達だって言ってたね。
ええ。
どうして、そこにいるの?
たのまれたの。留守の間の猫の世話と、植木
の世話と。
あいつ、男と、一緒なんだろ
さあ、私は… でも、そんな風に、考えない
ほうが、いいんじゃない?
どうして?
どうしてって…
… 君は、かずえとは、違うタイプみたいだ
ね。
どうかしら。
俺、会ってるかな。君と
私会ってないと思うわ。かずえとだって、たま
にしか会わないもの。でも、私といると、安心
するみたいなのよね。って、ライバルになる
ような女じゃないから。
俺のこと、何か言ってたか。
喫茶店、やってる人でしょ。
そうだよ。
すごく、コーヒーのおいしい店だって、言っ
てた
うん。それだけは、自慢できたな。
それが一番よ
潰れちゃったけどね。
… 残念。一度、行きたかったのに。
また、いつかやりたいと思ってるよ
楽しみにしてるわ。
… 当分は、無理だろうけど。
… 今、どこにいるの?
どこかな。遠く離れた、北の、街だよ。いろ
んな人に、迷惑かけたまま、こんな所に隠れて
、俺、何やってるんだろな。駅前の、ビジネス
ホテルに泊まってるんだ。こんな時間なのに、
街は眠らないんだね。人通りが多くて、にぎや
かな所だよ。
だって、クリスマスよ。
そうか、クリスマスか。
忘れてた?
すっかりね。
ホテルの、部屋にいるのね。
ああ。
どう、窓の外?
きれいだよ。
ここからの夜景も、きれいよ。
知ってるよ。
よく来た?
うん、去年のクリスマスも行ったな。
ツリー、飾った?
いや。どうして?
じゃ、出さなかったのね。ここの押入れの奥
に仕舞ってあったわ。何年か前にね、私とかず
えとで買ったの。小さなクリスマスツリー。
そんなもの、見たことなかったけど。
かずえ、自分でも、忘れてるんじゃないかし
ら。ほこりだらけだったもの。私、ひっぱり出
してきて、今、それ、飾ってるの。きれいよ。
鈴とか、星とか、靴下とか、サンタさんの人形
とかね。うれしそうに、飾っちゃった。ごちそ
うも作ったのよ。ワインも奮発して、思いっき
り贅沢な、ひとりきりのクリスマスよ。
ひとりきりなんて、もったいないね。
もてないもの、私。
そんなことないと思うけどな。
しらないくせに。そうだ、今、あなたを特別
に、ここに招待してあげるわ。少しの間だけ、
クリスマス気分、味わってみない?
いいね。
さ、ワインをあけて。
よし。うーん、いいワインだ。
ブルゴーニュ産の赤ワインよ。
グラス、あるかな。
ちゃんと、二つ用意してあるわ。
お、料理のいいにおいがしてきたぞ。
ビーフシチューよ。好き?
大好物だ。
よかった。
ねえ、肝心のこと、聞いてなかった。君の名
前。それに、俺の方も。
しらない方が、似合ってると思わない? 今
だけの、にせの恋人たちにはね
にせの恋人たちか。
目をつぶって。
うん。
見えるでしょ。テーブルの上のワイン。
ロウソクの明かり。
あたたかなシチューの匂い。
そして、君。
つまり、そういうこと。明日になれば、消え
るの。
つまり、そういうことか。
そう、そういうこと。
 … じゃ、乾杯!
メリー… クリスマス!

                   END