X'mas Special (98/12/23 ON AIR) | ||
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『木のバターナイフ』 | 作:冬乃 モミジ |
厚手の白い陶磁器の中に、四角い黄金色のバターが入っている。 | |
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彼 | 「刈り入れ前の、田んぼみたいだ。」 |
私には、うまく想像出来ない。 | |
彼 | 「山の向こうに、〈ススキが原〉があるだろ?秋真っ盛りの 〈ススキが原〉みたいでもある。」 |
私はまだ〈ススキが原〉へ行ったことがなかった。 それは私の従兄弟で、私より10も年上だった。彼の家(いえ)は、 私の家(うち)から歩いて10分のところにある。私はしょっちゅう 遊びに行っては、彼を眺めた。 彼は色んなものを観察するのが好きで、私は彼を観察するのが好きだった。 |
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彼 | 「屋根の上のいいところは、風が邪魔されないことだよ。」 |
彼は、まるまると太ったネコと一緒に屋根の上にねっころがる。 | |
彼 | 「こいつ」 |
ネコ? | |
彼 | 「気持ちよさそうな顔をして、布団にでもなったような気でいるんだろ。」 |
彼の横にはネコがいて、その横には天日(てんぴ)に干された 布団が膨らんでいる。 お兄ちゃんの顔もネコと同じになってるよ。 随分と古い彼の家には部屋が全部で10コある。一階の部屋の 襖(ふすま)をパンッパンッと開け放すと、すごい大広間み たいになって、とても気持ちいい。でも彼のことを発見するのは、 もっぱら屋根の上か、台所。屋根の上が肌寒くなる夕方には、 大抵台所にいた。 台所は、いつも奇麗だった。きちんと、食器があるべき場所に あって、オタマやフライパンがとても使いやすいところに掛け られていて。残り物や、作り置きの料理は、それに見合った器に 入れられて、ぴったりとラップがしてあった。彼の家では、 トマトはとても赤くて、ホウレンソウはとても緑色だった。 そして、涼しい季節になると、白い器に入ったバターは、冷蔵庫 から出されて、戸棚に、その居場所を移した。 彼は木のバターナイフを、引き出しから取り出し、バターをテーブル の上に置いて、飽きもせずに眺める。 |
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彼 | 「バターはね、木のナイフで掬(すく)えるくらいが一番おいしいんだ。」 |
へぇ、そうなんだ。 お兄ちゃんは、なんだか台所がすごく似合うね。 私は、教わった通りに、クッキーを作ってみる。彼は、ちゃんと観察して、 ちゃんと批評して、ちゃんとどこかを褒めてくれる。 すごくいい先生だ。 |
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彼 | 「飽きちゃうのかな。」 |
ネコ? ネコは、ここのところ塀の隙間に引っかかったプラスチックの飛行機が、 気になって気になって仕方ない様子だった。今日、ついにそれがネコの ものになったというのに、何日もかけて手にいれたそのオモチャに、 なんと5分もしないうちに、飽きてしまったのだ。 |
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彼 | 「ずっと欲しかったものでも、手にいれてしまうと、飽きちゃうもんなのかな。」 |
…なんのこと? それから何日かたって。学校から帰るとバターケーキの匂いがした。 彼が焼いたのを、おばさんが持って来てくれたのだった。彼の作る バターケーキは、それはそれは美味しい。 でも、その日のケーキは、うまく喉を通らなかった。彼が、来週、 料理の勉強をしに外国へ行ってしまうことを知ったからだった。 彼は、外国で自分の夢を叶えてコックになった。 そして、遠いその国に住み着いた。 いつだったか、こんなことを言っていた。 |
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彼 | 「食べるものでも何でもそうだけど、じっと見ててやるんだ。 そして、そいつの一番いい時を、見つけてやるんだ。」 |
私は、私が大きくなって一番奇麗になった瞬間を、お兄ちゃんに 見つけて欲しいと思っていた。木のバターナイフみたいに、その 手は暖かくて優しいから。 でも彼は、去年のクリスマスに、黄金色の髪をした奇麗な奥さん を連れて、挨拶にやってきた。 お兄ちゃん、叶った夢には飽きなかった? |
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彼 | 「飽きないよ。…例えば、壁にぶつかったり、いきづまったりすると、 鮮やかな色がどんどん色褪せていくような気がする。でも気がつくと、 また違う、魅力的な色になって、目の前にあるんだ。」 |
そう。 私の見た夢は、黄金色をしていた。叶わなかった夢は、 色褪せることはないみたい。 私は、すっかり大きくなった。 今年のクリスマスには一人でケーキを焼いてみよう。 あの頃のお兄ちゃんくらい、美味しいケーキが出来ますように。 終 |