第132話 (98/10/09 ON AIR)
『月の眼差し』
作:桃田 のん





ふたりの出演者がちょうどリスナーに直接語りかけるように、小声で話してみてく
ださい。今宵、聞いている人に。

ふたりはワンルーム・マンションの窓から外を眺めている。
たとえば少し馴染みすぎた、心を許しすぎたセックスの後とでもしようか。
ふたりのいる部屋は暗くて、窓の外から月明かりが漏れている。


向かいの団地にいくつか、灯った明かりを見るともなく見ながら。

(きっとしばらく眺めていたのだろう。その明かりがともった部屋の知らない
住人に語りかけるように、実際の距離はかなり遠いのだが、小声で。耳元でささや
くように、ほんの少しふざけたようなニュアンスも含みながら)今晩わ…。何して
ますか?

(女の小さな遊びに少しのってみるようにしながら、さりげなく。明かりの灯
った家の住人として会話をしてみる)今い遅い晩最が終わったとこや。かみさんが
台所で食費洗ってんの、見えへんか?

(太った奥さんの影を見て)もしかして奥さん、かなりキてる?

(おそらく影がかなり太っているんだろう。かすかに笑って)私の口からは言
えません。

(明かりの灯る家に住む主の姿が見える)あ、あれがお宅?いやまあ、えらい
...。

(なるほど痩せているのだろう)痩せてまっしゃろ。はい、私の宋養全部かみ
さんにとられてます。

(少し大きな声で呼び掛けるように)洗濯物、干しっぱなしですよぉ!

(女の口調を真似て)はい、いつものことですわ。だらしない女房ですんませ
ん。

う-ん、洗濯物から見ると子供さん多そうですね。

(適当に)4人、おります。

4人!(かなり大きく笑う。そして笑いながら)がんばりましたねえ。痩せた
体で。やりますねえ。

(笑う)はい、貧乏で他にやることありませんから(馬鹿にしたような笑い)

(笑う)そんな狭い都屋に子供4人と住んで、家族生活楽しいですか?

いやあ、もう投げ遣りですわ。

げ~っ!!そんな結婚、いや~!!

(ふたり、笑う)


かすかな間

あ、おっさんご登場ですか。

ええ、家が狭いんで。ちょっとベランダにでも出んと。

ああ、ああ、ああ、続々とこ家族登場!

はい。こんなに出てきていったい何をするんでしょうね。暇ですね。趣味がな
いんでしょうねえ。

人間、巾年になるとおしまいですね。(数を数える間)子供は3人ですね。

(小さな女の子がベランダではねている)おお、おお!末の娘、はねる!はね
る!やたら元気やなあ。

でもおっさん、くたびれてますよぉ。

(不意に独り言で)いったい、何が面白いねん、あの人ら。

もう一人出てきましたよ。

何、かつがわてんの?あれ、酔っぱらいか?

みんなで乱交パーティーでもしてたんちゃう?


家族でかあ。やるなあ。

(男に直接に会話として、かつぎだされている人を見て)いや、もっと若いで

(女に)若いな。まだ子供やな。

あの子、動かれへんのちゃう?

(かすかな間)そうやな。みんなでかついでるで。病気かなあ。寝たきりなん
ちゃう?いったい、そこまでして何見てんねん。

間(おそらくはその家族が見ている方向を探して)

(はじめてそれを見るように万感胸に追って)月や。

(静かに、この女の子自身の心が洗わわていくように)あの子ら、歌てる。
(その口を探るように)でた   でた   つきが….(少しずつ歌になって)まあ
るい、まあるい、まんまるい、ぽんのような月が。



(大事に)ほんまに立派な月や。

(大事に)全く欠けてない。すこい。圧倒されるわ。

いやあ、気づかんかったなあ。

月や。すこい大きい…



私らも、ベランダに出ようぜ!(女、立ち上がったようだ)

おいおい。パンツはけ!おっぱい放り出してでるなあ。

(ベランダに衣服を身につけながら、走りだしつつ)あんたもフリフリで出ん
といてや。

じゃあ、見せびらかすとしましょうか。

(かすかに馬鹿にするというニュアンスで返して)え?何?

(男も立ち上がっている) 前とめろ。前とめて、出ろ!

ベランダ

ライターもってきた?

いや、中に置いてきた。

なんや。まあ、ええわ。取りにいくのめんどくさい。

(間)

あの子らさ、

うん?

似合てたな。

何が?

(歌って)出た出た月が~の歌。

 (確信するように)似合うてた。

幸せなんちゃう?

あの人ら?そうやな。でも、作ったんやと思うで、きっと。自分たちで作った
んやで。幸せ。

そうやな。立派やな。…(向こうの家庭に語りかけるように、決して大声は出
さない)くたびれてるなんて言うて、おっさん、すんません。

幸せって、見えにくいよな。

そうやな。

でも、きっとあるな。

作わば、な。

ええこと言うやん。

そうか?

幸せになりたいな。

うん。

なりたい。

そうやな。

ほんま、なりたいわ。(かすかな間)やっば、ライターとってこ。(中に走り
ながら、とても無邪気に)もう一回、エッチする~??

終わり