第131話 (98/10/02 ON AIR)
『夜の電話』 作:松田 正隆

登場人物




―男のアパート。寝室。電話のベルが鳴っている。
男は眠そうに、それを取る。
「…はい。もしもし。」
「もしもし、あたし」(と、受話器からの声)
「ああ、何や、お前か」
「何してたん?」
「ねてたよ、あたりまえやないか。」
「ゴメンゴメン」
「何時や思てんねん」
「いや、どないすんのか思うて」
「何が」
「何がって、知らんの?」
「何をやねん」
「戦争、始まったんやで」
「何言うてんねん、お前」
「自衛隊やら、戦闘機やら出動して、大変なんよ」
「あのな、頼むし、そんなことでオレを起こさん
といてくれ。明日、朝、早よから、出張やねん。
伊丹まで、行かなあかん。」
「ミサイル、とんで来たんやで、そやから、東京
めちゃくちゃみたいやけど…もう、アカンやろ
な、この国も…。そんな会社なんか行ってる場
合やないねんよ、ホンマに…」
「ふーん」(とあくび)
「ね、ちょっと聞いてんの?」
「聞いてるよ」
「ちょっと、テレビつけてみ」
「スイッチ、とどかへん」
「枕元にリモコンあるやろ」
「あらへん」
「ちゃんと探しいな」
「暗あて見えへん」
「電気つけたらええやろ」
「スイッチとどかへん」
「もう、何言うてんの、こんなときに」
「それはお前、こっちのセリフやろ。さっきから
アホなこと言うてんのはそっちやで」
「ええから早よ。ダマされた思う?つけてみたら
ええやん。」
「ああ、もう!ハイ、ホラ」
―ザーッというノイズの音。
「…ね、御堂筋、戦車、走ってるやろ」
「何も、うつってへんで」
「あ、ほら、オブチさん」
「うつってへんて」
「記者会見や。…何や、決死の覚悟で、とか言う
てるよ。…ああーあ、みんなでバンザイしては
る。どないすんのやろ、ね、あんた、どないすんの。」
「知らんて」
「志願すんの?」
「ええ?」
「今、志願せえへんかっても、あとで徴兵されん
やで…さっき、そんなこと言うてはったわ」
「もう、切るで」
「ちょっと待ってよ」
「たのむし、ねかしてくれ。明日は、絶対チコク
でけへんのや。」
「待ってって」
「明日、昼にでもこっちから電話するし」
「…」
「な、それでええやろ…」
「…」
「もしもし…もしもし」
「…明日は、もうあらへん」
「え?」
「もう、今しかないのんかもしれへん」
「何でやねん」
「明日なんて、あてにならへん。…明日の心配な
んて。もう、することないやん。」
「…」
「戦争、始まってもうたんやから。とうとう始ま
ってもうたんやから…」
「…ああ、今日のことやったらあやまるで。…お
前、おこってんのやろ、な、そやろ。」
「何を?」
「そやから、今日、一緒にごはん食べよ言うてたから」
「ああ」
「仕方なかったんや。急に残業入ったんやから。
留守電に入れとったやろ、行かれへんようにな
ったって」
「そんなこと気にしてへんよ」
「ほんまに?」
「気にしてへん」
「あ、そう、ほんなら、ええねんけど」
「…」
「…じゃ、明日、また電話するし」
「あ、ホラ、また光った。…ミサイルや。今度は
どこやろ…どこに落ちたんやろ…。…きっとも
う、あの街には、誰も住んでへんて思うねん…。
ここからは、それがようわかる。なあ、聞こえ
るやろ…聞こえへん?…。」
「何が…」
「…波の音。…ここは静かやで…波の音しか聞こ
えへん。」
「…お前、今どこにおんねん」
「どこやと思う?」
「え?…わからへん」
「…わたしな、…さいごに、あんたに、言うとか
なあかんことが」
―と、プツンと切れる
「…もしもし、もしもし、おい、どうしたんや。
もしもし、…もしもし!…(と、受話器を置い
て)…何やねん、これ。」
―ザーッというTVのノイズの音。
だんだんと、波の音へ
「あ…」(とTVを見ている「あ…」(とTVを見ている
(TVの中から)「もしもし、もしもし…聞こえ
る?私の声、聞こえてる?もしもし…もしもし
もしもし…」(と、その声もノイズに再びなる)

―男、TVのスイッチを消す