第130話 (98/09/25 ON AIR)
『空』 作:冬乃 モミジ




〈チャイムかベルの音〉
〈どこかのビルの屋上〉
9月ってなんかね、空を見上げたくなるのよ。なんでだろ?風
のせいかな。ちょっと涼しくなってさ、気持ちいいから、つい
つい青い空をみてしまいたくなるわけよ。
小学校の時にね、運動会の代休で、月曜日が休みになって、私、
校庭で一人で遊んでたんだ。
校庭の周りに、砂場とか鉄棒とか、タイヤの跳び箱みたいなの
とか、藤棚とかあって。遊んでるうちになんか、「うわぁぁぁ
ぁ~~~っっっ」って走りまわりたいような気分になって、走
り回ったんだ。
昨日の100m走より早く走れてるんじゃないかと思うくらい
「うわぁぁぁぁ~~~っっっ」って走って、はぁはぁ言いなが
ら校庭の真ん中に、大の字になって寝転がったのよ。
空はバカみたいに青くて、校舎がちょこっとと、校庭の隅の大
きな木と、あとは空ばっかり見えて。「ふわぁ(あくび)」顎
(あご)が痛いくらい特大の欠伸(あくび)が出たと思ったら
両目のはしから涙がこめかみをつたって流れて、悲しくもない
のに泣いてるみたいで可笑しくなって笑ってたの。
その時、
先生の声 「あーれ、何やってんだぁ?」
って声がしたのよ。
先生の声 「なぁんだ、お前かぁ。なんだなんだ運動会はもう終ったぞぉ。」
担任の先生。普段から「なんだなんだ」が口癖で「ナンダナン
ダ」ってあだ名がついてた。ニコニコ笑っちゃって、
先生の声 「なんだなんだ、それ気持ちよさそうだなぁ。先生もやってみるか。」
って私の横に大の字に寝転がっちゃった。
先生の声 「空は青いなぁ。」
“先生何してたんですか?”
先生の声 「運動会の後片付けとか色々とな。なんだなんだ?先生も遊び
に来たと思ってるんじゃないだろうな。」
“別に。”
先生の声 「昨日は面白かったなぁ。あ、100m走の時、ピストル失敗
 してごめんな。」
 “そうだよ。やり直ししたから全部で150mくらい走ったよ。”
先生の声 「はは、そうかそうか。でも一番だったじゃないか。」
“うん。”
私、足早かったのよ。それから「帰ろうか。」って先生が言う
から、起き上がって。見たらフクラハギにいっぱい石灰の白い
 のがついてて、先生は、なんでか顔に白いのがついてて、可笑
 しかったなぁ。
変なんだけど、どうやらそれが私の初恋らしいのよ。
私ね、校庭の真ん中じゃなくても寝転がるのが好きで、塾の帰
りとか車があんまり通らない道路に転がって空を見るのよ。電
線と、家の屋根と、あとは星ばっかりが見えて。車が来ないか
 とちょっと緊張した感じも好きだった。あの校庭の日から頭の
 どこかで、「先生来ないかな。」って思ってたらね、本当に来
 たのよ。
先生の声 「なんだなんだ、また大の字か?アスファルトの上も気持ちよ
 さそうだけどな、そこはやめときなさい。」
それから、自転車で送ってもらって。
こうやってね、昼休みに屋上で寝転がってるOLをさ、変なヤ
ツだと思ってる人もいると思うけど、気持ちいいのよ、ホント。
コンクリートが冷たくて、ビルと、あとは空ばっかり。あの空
とは随分違うけど、なんか気持ちいい。
そのうち、「なんだなんだ」って先生がやって来そうな気がし
て、こうやって寝転がっているわけなのよ。