第126話 (98/08/28 ON AIR) | ||
---|---|---|
『夏の終り』 | 作:松田 正隆 |
|
ある無人駅。あたりには田園が広がっている。 女がベンチに座っている。 やがて、男が、大きな荷物を背負って現れる。 |
|
---|---|
男 | こんにちわ。 |
女 | こんにちわ。 |
―と、男、汗をふく。暑い | |
男 | 汽車、待ってるんですよね。 |
女 | ええ。 |
男 | ……来ませんか、まだ…。 |
女 | ええ。さっきからずっと待ってるんですけど…。 |
男 | 何時なんでしょう。…時刻表がないからわかんないんですけど…。 (と、あたりを見ている。) |
女 | 三時だと思うんですけど。 |
男 | 三時? |
女 | ええ。宿の人にそう聞いたんですけど…。 |
男 | もう、四時過ぎですよ。 |
女 | そうなんですよ。…どうしたのかしら…。もう、来ないのかしら…。 |
男 | そんなことはないでしょう。 |
女 | あの…。どうぞ、ここあいてますよ。 |
男 | あ、どうも。…(と、水道の方へ行き)ちょっと |
男 | 水をバシャバシャあびつつ、飲む。 |
男 | ヒャーヒャー言っている。 |
女 | それを見て笑っている。 |
男 | いや、もう、のどかわいちゃって。 |
女 | どちらから来られたんですか? |
男 | タオルでふきつつ)むこうの方からです。 |
女 | 歩いて? |
男 | ええ。線路づたいに。…田んぼばっかりでしょう、このへん。だから 自分がどこにいるのか、わかんなくなっちゃって…線路歩いてたら、 そのうちどっか着くだろと思いましてね。そしたら、 |
女 | 駅に着いたんですね。 |
男 | ええ。 |
女 | でも、汽車来ませんよ。役立たずの駅です |
男 | ええ。 |
女 | 困りましたね。 |
男 | ええ。(と笑う) |
女 | どこまで行くんですか? |
男 | さあ。どこまでってこともないんですけどね。まあ、行けるところ まで、行けたらいいと思ってるんですけど。 …あなたは? |
女 | 私? |
男 | ええ。 |
女 | うん。まあ、私もどこってこともないんですけど…。 |
男 | へえ…。 |
女 | あてのない旅ですね。おたがいに…。 |
男 | ああ、なるほど…。 |
女 | …何か、静かですね。 |
男 | うん…。のどかっていうか。 |
女 | 田舎ですからね。見わたすかぎり。 |
男 | ええ、こんなとこに一生住めと言われたら、きっと、ものすごく 退屈するんでしょうねぇ。 |
女 | ああ、そうでしょうねぇ…。 |
男 | コンビニとかないですからね。 |
女 | ジュースの自動販売機もありませんよ。 |
男 | ええ!そりゃ大変だ。のどかわいちゃう。 |
女 | 水がありますけど。新鮮な。 |
男 | 水じゃねぇ。 |
女 | かわきはいえませんか。 |
男 | いえませんねぇ。やっぱ、コーラでしょう。 |
女 | コーラねぇ。 |
男 | ええ、コーラですよ。 |
女 | のみたいなあ、コーラ…。 |
男 | (ゴクッとつばをのんで)…のみたいですね、コーラ…。 |
女 | そこで水のんだじゃないですか。 |
男 | 水じゃねぇ…。 |
女 | ダメですか。 |
男 | ダメですね。 |
女 | いえませんか、かわき。 |
男 | いえませんねえ…。 |
女 | ああ、そりゃ困った困った…。 |
―間。 | |
男 | いや、ホント、まじで来ませんね。 |
女 | ね、こないでしょう。 |
男 | どうしたんだろ。 |
女 | 脱線事故とかあったんじゃないかしら。 |
男 | ええ? |
女 | だって、おかしいじゃありませんか、来ないなんて…。 |
男 | うん…。 |
女 | ずっと、来なかったら、どうします? |
男 | ずっとって? |
女 | ずっとですよ。永久に。 |
男 | よしてくださいよ。来ますよ…。きっと。 |
女 | それならいいんだけど…。 |
―間。 | |
男 | …歩きますよ。 |
女 | 歩く? |
男 | ええ。汽車来なかったら。…この線路を…。 |
女 | この線路を? |
男 | ええ。足があるんだから。てくてく歩けばいいんですよ。 |
女 | 歩いて…また駅があって…私のような女がいて…その人と 来ない汽車を待つんですか? |
男 | いや、そんなことはしませんよ。この線路をただひたすら、 歩くだけですよ。 |
女 | …そのうち、私の乗った汽車に追いこされないかしら…。 |
男 | ああ…。でも、それはそれで、仕方のないことですよ。 それも覚悟の上で歩きますね…。 |
女 | じゃあ…歩いてください。 |
男 | え? |
女 | 歩くんです。汽車はもう来ません。…絶対に…永遠に… 来ないんです…。 |
男 | はあ…。そうですか。(と、うなだれて)…それじゃあ、 さようなら…。 |
―男は去る。女は残されて、 |
|
女 | …これはきっと、夢なんだわ…。誰かが見てる。夢だから、 汽車も来ないし、…夏も終らないんだわ…。 |
―ひぐらしが、鳴く。 | |
女 | あ…ほら、あの男が…やって来る。あんなに汗かいて…大きな 荷物を背負って…。 |