第127話 (98/09/04 ON AIR)
『心配しないでアンドレ』 作:飛鳥 たまき

登場人物
女 水晶占い師



(夜若者達であふれる繁華街。デパートの閉まったシャ
ッターの前、小さな机をだしているのはいつもの占い師。
黒いカバーをかけた机の上には大きな水晶玉。前には、
斜めにスパンコールで『愛占い・恋占い』の文字。
黒いドレスに黒いベールの占い師、前を行き過ぎる人と
水晶玉を見るともなく見ている)
「…………こんなにたくさんの男や女がいるのに……いい
男っていないもんだねぇ………看板、見えてるよね。…
『愛占い・恋占い』だよ…観てほしくないのかい、水晶占
いだよ。よーく当たるよ………ふう………
ちょっとー、ちょっとちょっと」
「おれ?…ですか?」
「そう。座って」
「えっ?」
「恋の行方、知りたいだろ」
「いえ…別に……」
(男、そう言いながらも、女の前に座る。
女、水晶玉にうつる男の顔をジーと見る)
「この水晶ね、なんでもうつすんだよ。ほら、ここ…
――ありゃ、光ってるよ。やけに明るいよ――……
みえるだろ。明るく光ってるだろ。……あんた、明るい
明日が来るよ、いい女と出会うよ」
「おれ、そういうのには、のりませんよ」
「その女、あんたのことを『アンドレ』って呼ぶよ」
「誰がですって?」
「その女がさ」
「何言ってるんですかー」
「呼ぶんだよ、アンドレって」
「あのね、勝手なこと言わないでください。おれ、ちゃん
と名前ありますし、そんな呼ばれ方されたこと、生まれ
てから今まで一度もありませんよ」
「生まれてから今まで?」
「そうです。一度も」
「……今からのことはわからないだろ…今からだよ。……
ほら、よく見て。きらきらしてるよ」
「…ネオン。お店のネオンがうつってるだけじゃないです
か」
「妙に明るいねぇ。めったに見られない光の渦まで見える
よ」
「おれ、失礼します。明るい光だかなんだか知りませんけ
ど、そんなものちっとも信じてませんから」
「ちょっと、待ちなさいよ。気になるんだよ、プロとして
は。とにかくもう一度座って。この光、見逃すわけには
いかないわ。こうして看板あげてる以上はね」
(女、男を強引に座らせる)
あんたの過去、ちょっと見せてもらうよ」
「あー、勝手にのぞき込まないでくださいよ」
「…………(笑って)なんてこと!…何もないじゃない。
きれいって言えばきれいだけど」
「失礼な。見えてないんじゃないですか。悩みも挫折もあ
りましたよ」
「…これ位じゃ、挫折っていわないんだよ。プロの世界じゃ
ね」
「おれの人生です」
「恋も、結構チャンスはあったのに…逃してきてるね」
「ほっといて下さい」
「にぶいんだね」
「大きなお世話です」
「相手の気持ちにも、自分の気持ちにも気づかないんだ…」
「いい加減にしてくださいよ」
「素直で、いいやつなんだけどね…のんびりしてるってい
うか……詰めが甘いっていうか…押しが足らないってい
うか…」
「言っておきますけど、水晶だかなんだか知りませんが、
そんなガラス玉にうつってる過去なんて、おれ、信じて
ませんからね」
「よーくうつすんだよ。うそつかないんだよ、この水晶」
「全然ですね。言っちゃあなんですけど、こう見えても恋
の一つや二つ…」
「……うん?…………黙って!…」
「?……」
「………(つぶやいて)おかしい……」
「はあ?」
「いいから、水晶玉みてなさいよ。……いいねぇ、輝いて
るよ」
「うれしそうですね」
「何言ってるの。あんたの未来のことだよ」
「おれの未来?」
「とびっきりの明るさだね」
「止めてくださいよ。おれ、自分の未来なんか知りたくも
ないし、見たくもないですよ」
「………うん?………なんで??………」
「とにかく、勝手に人の未来とか、過去とか、見ないでく
ださい」
「…………(ぶつぶつと)おかしい……なんで……」
「何です?さっきから。はっきり言っておきます。自分の
未来は自分で切り開きます。おせっかいは止めてください」
「うるさいねぇ……静かにして。…………(ぶつぶつと)
この光の渦はなんだい……このきらめき具合はどうなっ
てんの………なんで?…なんでよー……………なんで私が
ー…………あれーーー」
(女、机に伏せる)
「どうしたんです。気分でも悪いんですか?ちょっと、
ちょっとーーー」
(女、我に返る)
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。めまいが…」
「もう帰ったほうがいいですよ」
「そうみたい。途中で悪いけど、そうさせてもらうわ。あ、
お代はいいわよ。今日はサービス」
(女、独り言をいいながらかたずけ始める。
男、自然に手伝う)
「……どうなってんだろう?こんなこと……この男の未来
をみてたのに………う、ううう、頭の中が混線してる?
……脳みそが疲れてた?集中力が欠けてる?……それと
も………やだ!感受性がふやけてきてる?!……」
「顔、青いですけど……一人で帰れますか?」
「ああ……ええ…もう大丈夫。
心配しないで、アンドレ」
(一瞬全ての音が消える)
「えっ?!」
「あっ!」
(街・雑踏)