第125話(98/08/21 ON AIR) | ||
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『胸の中の氷と砂』 | 作:冬乃 モミジ |
人 | 青鬼がやってきた。 青鬼の体は氷のように冷たい。吐く息は何もかもを凍らせる。 青白い顔、青白い腕、青白い足。鬼のまわりをヒューヒューと 冷たい風が吹いている。 |
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鬼 | おまえ達には見えないだろうが、俺の足の下にはいつも氷河 がある。だから歩くとギシギシと音がするんだ。」 |
人 | 冷たい目で言う。 |
鬼 | さわるものは皆、凍らせてしまうぞ。何も生きてはいけない 氷の世界に変えてやる。」 |
人 | 鬼が歩いた後は全てが凍り、軽くさわるだけで砕けてしまう。 山も家もニワトリもウサギもみな凍ってしまった。 そこへ小さな少女が現れた。 |
鬼 | 「おまえも凍らせてやろうか。この指ではじいただけで割れて しまうだろう。それとも俺の足元の氷河に埋めてやろうか。透 きとおる美しい氷河の中で永遠に眠るがいい。」 |
人 | すると少女は笑って言った。 ここは寒いからあっちで遊ぼ。 そう言って鬼の手をとった。 誰もが「あっ」と目をつぶったが、少女の体は凍らなかった。 |
鬼 | 「おまえはなんで笑っているんだ。」 |
人 | あんたはとてもさみしそうな顔をしている。独りぼっちだから でしょう。独りで遊んでもつまんないから、あっちに行ってみ んなで遊ぼう。 鬼の体がゆるゆると暖かくなり冷たい風も吹きやんで、それか ら足元の氷河がとけだした。それはみるみる河になり、もうず っと氷に閉じこめられていたサカナが勢いよく泳ぎだし、尖っ た角が消えたとき、鬼は鬼でなくなった。 |
人 | こんどは赤鬼がやってきた。 赤鬼の体は灼熱の砂のようだ。焼けるように熱い。 手も足も干からびて動く度ボロボロと落ちていく。 |
鬼 | おまえ達には見えないだろうが、私の足の下はどこまでも続 く砂漠だ。行けども行けども終わることのない砂漠なんだ。」 |
人 | 赤鬼のまわりを乾いた風が吹き抜ける。 |
鬼 | 「私にかまうとおまえ達もみんな、砂になるよ。すっかり干か らびてしまったら、ひと吹きで崩れてしまうだろう。それが嫌 なら背中を向けて鬼の通り過ぎるのを待つがいい。」 |
人 | 熱い太陽が照りつける。ズルッズルッと鬼の通った後には砂の 道が残った。 そこへ奇麗な少年が現われた。そして鬼の姿に涙を流した。 |
鬼 | 「なんだおまえは。そこを退かないと砂にしてしまうよ。私は おまえを除いて通ったりはしないからね。それとも足がすくん で動けないのか?それで涙を流しているのか。」 |
人 | 違うよ。おまえがあんまり悲しそうな顔をしているから、僕も 悲しくなったんだ。 |
鬼 | 「カナシイ?そんなもの私は知らない。知らないよ。」 |
人 | 涙はいくらでもあふれ出てきた。鬼は思わず立ち止まる。あふ れた涙は地面を濡らし、どんどん鬼に近づいた。鬼の砂漠が涙 で湿り、砂漠が砂漠でなくなった。小さな芽が出たかと思うと、 いつしかそこは草地になった。それから涙は鬼の体も湿らせた。 干からびていた足にも手にも、胸から肩、首から顔が優しい女 のそれになり、砂まみれだった髪は美しい黒髪になった。乾き 切っていた目にも少年の涙がゆきわたり、今度はそこから流れ はじめ、草地の上にしゃがみこんで声をあげて泣き出した。 この河は鬼の氷河だった河。 この土手の草は鬼の涙で育った草。 昔、祖母が話してきかせてくれた話の最後はこんなふうに結ば れた。 おばあちゃんもね、昔は赤鬼だったのよ。 |