第121話 (98/07/24 ON AIR)
『この夏、お化け屋敷にご用心!』 作:飛鳥 たまき




女元締め
「おイノ、おウメ、おサト!準備はできてるか
い?三人は『中の宮商店街』の夏祭りだよ。
えーと…今夜がラクだったねぇ、確か…
(娘三人の笑い声)ちょっと、笑ってばかりい
ないで、おサトの襟元直してやんなよ。それ
じゃまるで人間さまじゃないか、少しくずし
てやっておくれ……そうそう、だからって、
下品になっちゃいけないよ、ほんの少しだよ。
(三人すーと消える。その背中に向けて)しっ
かりがんばってくるんだよ。人間さまの肝っ
 玉、たーんと冷やしておやり。
(コンピューターをさわってスケジュールをみ
る)えーーと、それから…
「ぼくです。『桜丘青年団肝試し大会』です」
元締め
「今日からだっけ?」
「はい。桜丘公園で。なんか、青年団すごくは
りきってるみたいで…」
元締め
「覗いてみたのかい?」
「はい…けっこう、大掛かりなことやってまして…なんか……」
元締め
「なんか、なんだい?」
「はあ……」
元締め
「おまえ、ひょっとしてこわいのかい?ハハハハ…」
「笑わないでくださいよ」
元締め
「そういえば、去年も桜丘だったっけ?」
「はぁー……」
元締め
「ハハハ…うまいのがいるんだってねえ」
「だから…嫌なんです」
元締め
「何言ってんだい。こっちとらほんまもんだよ。
 人間さまに負けてどうするんだよ」
「でも…」
元締め
「何のために稽古したんだい。だてに木枯らし
 の夜、走ったんじゃないだろう」
「でも…こわいんです」
元締め
「こわいだって!何てこと言うんだい。人間さ
 まがお化けをこわがるんだろう。お化けが人
 間さまをこわがってどうするんだい。……ほ
 ら、一つ、やってみな」
「デレデレデレデレ……」
元締め
「あーあ、それじゃ、青年団の兄ちゃんの方が
 よっぽどお化けらしいよ」
「そうなんです。ちっともこわがられなくて……」
元締め
「さりげなく、まるでそうとは気づかれずに、
 ゾクッとさせなきゃ。やってみな」
「うらめし~~」
元締め
「だめ!だめだめだめ!なんて男らしくないお
 化けなんだい。いいかいこうだよ。
 『黄泉の国一丁目はこのあたりですかい』」
 (男、拍手)
「黄泉の国一丁目はこのあたりですかい」
元締め
「それじゃ、まるで人間さまだよ。もう一回」
「黄泉の国一丁目はこのあたりですかい、です
 かい、ですかい、ですかい、ですかい……」
元締め
「それじゃあ、ディレイがかかりすぎってもん
 だろ。顔を見たとたん、声を聞いたとたん、
 『お化け!』って逃げられちゃうね。その辺の
 頃合いだね。もう一回やってみな」
「黄泉の国一丁目はこのあたりですかい~」
元締め
「少しエコーがたりないねぇ。体は斜め二十度。
 ほら、顔は五度正面だよ。手はさりげなくたらす」
「胸の前で?」
元締め
「あのね、君はどんな格好で出現するのかね」
「Tシャツ、短パン」
元締め
「だろ?じゃあ似合わないだろ、胸の前は。自
 然に力をぬいて…」
「自然に力をぬいて…こうでしょうか」
元締め
「いつまでたっても世話がやけるね。それじゃ、
 ぐったりしてるだけじゃないか。プライドを
 持ってやらなきゃ、決まらないよ」
(男、それらしくスタイルを作る)
元締め
「そうそう、せめてそのくらいはね」
「あのう…お願いが…」
(バタバタあわただしく女が現れる)
元締め
「夕じゃないか、どうしたんだい?」
「なんだか、興奮していらっしゃいますね」
元締め
「騒々しいねぇ。(夕に呼びかけて)夕、何が
 あったんだい?(夕、顔を紅潮させて何かを言っ
 ている)何だって?町中の人間さまの肝を冷やし
 たって!?町全体をゾクーッとさせたって!?
 夕、やったね。うれしいね。それこそ、お化
 けの最高の技ってもんだよ」
「夕さん…憧れるな……」
元締め
「お前さんも精進しなよ。一見、お化けとは思
 えない風情、なのに、その回りに漂う何とも
 いえない空気、それを醸し出すようになって
 初めて、一人前ってもんだからね。
(夕さん、おめでとうの声。拍手)
元締め
「…何だっけ?」
「…できたら、ぼく、天満宮の夏祭りの『お化
 け屋敷』の方へ変えていただきたいのですが…」
元締め
「今日になってかい?こわくなってかい?いく
 じないねぇ…(スケジュール表を見ながら)」
「ぼく、いかにもお化けっていうんなら、どう
 だお化けだ、こわいぞーっていうんなら、自信
 持ってできます」
元締め
「そうかい。そこまで言うなら…」
「最終目標はお化け役の人間、人間さまをゾクッ
 とさせることです」
元締め
「いいねぇーうわさのレベルまで高めておくれ
 よ。『あのお化け屋敷にはほんものが出る』ってねぇ」
「はい、がんばります」
元締め
「OK。じゃあ、お前さんは『お化け屋敷』
     担当に変更しよう。しっかりおやりよ~」
「行ってきま~~す」
元締め
「(出て行く男の背中に向けて)『お化け屋敷』
 なら着流しの方がいいんじゃ……まあ、いいか…」
(男、お化けの世界からすぐ隣の人間界へ出ていく)
元締め
「…気のいいお化けになるよ、あの子は…」