第50話 (97/03/14 ON AIR)
『目をそらさないで』 作:飛鳥 たまき



(N)由佳 学年末の試験が終わった日、
ばったり民夫と出会った。
「お茶飲もうか」
珍しく民夫がさそった。
民夫とは小学校から大学まで同じという稀にみる
間柄。それ以上でも、以下でもない。まさに幼な
じみそのものだった。
(喫茶店)
由佳 「試験受けなかったんだって?」
民夫 「う?うん・・・」
(N) 民夫は熱いオーレをふうーふいて一口飲んだ。
民夫 「・・・ ・・・あいつしかいない・・・」
(N) あいつ?民夫が『あいつ』と呼ぶ人は決まっ
ている。美千代のことだ。
民夫 「・・この半年、ずっと・・アパートにこもってた。ギ
ターばかり弾いていた・・・」
(N) 民夫はギターを弾く。それもクラッシックギター。
初めて聞かせてくれたのは高校一年の時。『禁じ
られた遊び』。新しい曲をマスターすると必ず弾
いてくれた。民夫の弾く『アルハンブラの思い出』
は、性格そのままに、震えるような繊細なトリモ
ロが波のように繰り返された。
民夫 「・・・あいつのことばかり考えてた・・・」
由佳 「・・・だったら、どうして・・・」
(N) 民夫に美千代を会わせたのは私だった。ガールフ
レンド一人いない民夫におせっかいをしたのだ。
予想に反して、二人はすぐにステディになった。
誰から見ても、さわやかで、かわいいカップルだっ
た。なのに、民夫は半年前、美千代をふったのだ。
民夫 「俺が『別れる』って言うと、あいつは・・『悪いと
ころがあったら謝るから、気に入らないところが
あったら直すから』っていうんだぜ。他に好きな
人が出来たんじゃないかなんて全然疑わない・・
・・おかしいだろう?」
由佳 「ひどかったよね、民夫は。何がどうなってたかは
知らないけど、そりゃ美千代、けなげだったよ。
見てる方がつらくなった」
民夫 「分かってた。はらはらしてた。一人で旅行に行っ
たりしたろ?」
由佳 「センチメンタルジャーニーとか自分で茶化してた
よ」
民夫 「・・あいつは何にでも一生懸命すぎるんだよ」
由佳 「そこがいいんじゃなかったの?民夫もわがまま言っ
てたじゃない」
民夫 「・・なんとなく・・なんとなくいやになったんだ
・・・」
由佳 「そんなー・・・」
(N) 口ではそういったけど、民夫のことばはすっと胸
に落ちてきた。やっぱり・・と思った。民夫は美
千代の一途な気持ちが重くなってしまったんだ。
民夫は美千代の想いに負けたんだ・・・弱いんだ
から、民夫は・・・。
民夫 「・・・あいつは、俺の死んだ妹に似てるんだ」
由佳 「妹?民夫の?」
民夫 「二才で死んだ妹に」
由佳 「二才?覚えてるの?」
民夫 「うん、はっきり。俺は五つだった。・・そっくり
なんだ」
由佳 「二才の妹と美千代が?」
民夫 「あいつにそれをいうと、『妹じゃないわ、私は』っ
て、はじめて怒ったよ」
(N) ショックだった。民夫に妹がいたというのは初耳
だった。長い付き合いだもの、民夫のことなら、
なんでも知ってると思っていた。私には一度も話
さなかったことを、美千代とは話していたのだ。
・・・・・・。
そうなんだよー、由佳ーー。恋人たちはそんな風
に話をするんだよーー。
一瞬ことばがとぎれた。民夫も私も、黙って窓の
外をみつめていた。
風がくるくる小さな渦をまいていた。
五才の民夫の悲しみ
二十才の民夫の想い
そっくりなのは妹と美千代ではない。・・・・
・・民夫の人を思う気持ちなんだ・・そうなんだ・・
きっと・・・
気が付くと、いつも「うん」とか「ふーん」ばか
りで、ろくにものを言わない民夫が今日は一人で
しゃべっていた。
民夫 「・・あいつしかいない・・そう思ったんだ・・」
由佳 「・・民夫、これって、どういうこと?民夫の気
持ちを美千代に伝えてほしいっていうこと?」
民夫 「・・いや・・そういうわけじゃない。ただ、ギタ
ーをひきながらいろいろ考えてた。・・・ただ、
由佳に話したくなかった」
(N) 朝から晩まで、ギターを弾いている民夫。授業も、
バイトもほって、ろくに食事もしないで、壁にも
たれてギターを抱えている民夫。何かに憑かれた
ような民夫の姿を私は簡単に想像できた。
由佳 「三年になれないのね」
民夫 「・・うん・・あいつのせい・・」 
(N) 民夫は初めて、まっすぐ私をみた。そして笑った。
ドクン、心臓が音をたてた。
『笑顔が好き』美千代のことばを思い出していた。
由佳 「直接、美千代に話なさいよ、男らしく」
(N) それが幼なじみの私が言った、民夫への精一杯の
せりふだった。

私の心に小さな風が渦巻いている。
民夫との思い出を巻き込みながら
渦はだんだん大きくなっている。
『目をそらさないで』
二十才の私の声がする。