第51話 (97/03/21 ON AIR)
『街を眺めたあの日あの場所』 作:松田 正隆



ある高校の校舎の屋上。卒業式の終った
午後。下のグランドから、野球部員たちの声が
聞こえてくる。
のどかな春の町並みを眺めている村田慎司。おもむろ
にタバコを出して、ライターで火をつけて吸う。
と、良子が現れる。
良子 「ああ、何してるんですか。」
慎司 「え、うん・・・ちょっと。」
良子 「ちょっとやないですよ。三月三十一までは、本校の生徒やからて、きつく言われてるんじゃないんですか。」
慎司 「うん。」
良子 「見つかったら、卒業延期ですよ。」
慎司 「・・・山本たちが、たまに部室で吸うてたやろ。どんなもんなんやろ思うてな・・・。あんまりうまいもんとちゃうんやな・・・。(と、吸う)」
良子 「屋上なんか、一番見つかりやすいんじゃないんですか。・・・知りませんよ・・・」
慎司 「部室じゃ、なんや吸う気になれんのや。」
良子 「全く・・・そんなことばっかりやってるから、一回戦でいっつも負けてばっかりなんですよ。」
慎司 「それだけじゃないやろ・・・。いくらタバコ吸うてても強いとこは強いで」
良子 「ま、そうですけど」
慎司 「お前、・・・来年もマネージャーやんの。」
良子 「え?・・・ええ。私から野球とったら何にも残りませんし・・・。」
慎司 「かわったやつやなあ・・・。お前も。」
良子 「好きなもんは、そんな簡単にかわりませんよ。」
慎司 「他に好きなもんつくったらどうや・・・。普通の女の子やったら・・・キャーキャーいうて、プリクラの交換とかすんのとちゃうの。お前ぐらいやで、毎日毎日、ホールみがいて、汗くさいユニホーム洗うて。」
良子 「ええやないですか・・・」
慎司 「じゃ、まあ・・・ええけどな・・・。」
良子 「・・・そやし、一回は作ったやないですか・・・。」
慎司 「え?」
良子 「野球以外に・・・好きなもん。」
慎司 「・・・・・」
良子 「野球、以外というわけではないけど・・・。」
慎司 「・・・・・」

グランドを良子、見つめている。
良子 「・・・おう、おう、岡田がいっちょまえにキャッチャーすわらせてほうっとるわ。あいつ、村田さんのフォームまねしてるんですよ。」
慎司 「へぇ・・・。何やねん。」
良子 「はい?」
慎司 「何しに来たんや。何か用があって来たんやろ。」
良子 「ああ、そうやった。山本さんが卒業生だけで記念撮影しようって、村田がおらんから呼んで来いって・・・」
慎司 「ようわかったやないか・・・オレがここにおるって・・・」
良子 「ええ・・・。何となく・・・」
慎司 「・・・山本も、部長らしいこと何もせんやったけど、そういうことだけはマメやったわ・・・。」
良子 「村田さん・・・いつも、ここで何してたんですか・・・。」
慎司 「何って、別に・・・」
良子 「おらんようになると、いっつもここに来てたやないですか・・・。・・・あんときも、そうやったでしょう・・・。」
慎司 「・・・そうやったかな。・・・。何や、おちつくんやろな・・・。」
良子 「・・・夜景がきれいやったん覚えてますよ。・・・村田さんの頭はボーズやったけど(笑)」
慎司 「(笑)あ、そうか・・・。そうやったな・・・仕方ないやろ・・・。」
良子 「どうかしてたんです、私。(と、また笑う)」
慎司 「なんやそれ。」
良子 「うそですよ。あのときは本気でしたよ。・・・あたりまえやないですか・・・。」
慎司 「今は・・・」
良子 「え、・・・。」
慎司 「今はどうなん・・・。」
良子 「・・・ええ?何、言うてるんですか・・・。・・・だって・・・この街・・・出て行くんでしょう・・・村田さん・・・。」
慎司 「・・・そうやけど・・・。別に、ええやん。夏休みにはかえってくるし・・・。」
良子 「・・・何が言いたいんですか?」
慎司 「え、いや、・・・。オレ・・・。あんときは・・・。試合のことで頭いっぱいやったから・・・。」
良子 「・・・」
慎司 「ごめん・・・。(と、タパコを足で消しつつ)何、言うてんのやろ、オレ。行こうか・・・。」
良子 「・・・。」(と、良子は外を見ている。)
慎司 「・・・どうしたん。行こう・・・。」
良子 「・・・。ずるいわ、村田さん・・・。」
慎司 「え?・・・何で」
良子 「・・・(思いきり叫ぶ)おい、コラーッ、岡田ァー。甘ちょろいタマほうって甲子園行けるて思ってんのか、アホー!」

間。やがて、グランドからピッチング練習の音。
良子 「(グランドの練習を見つめ)よし・・・ええぞ・・・。ええ、タマや・・・。その調子・・・。その調子・・・次は・・・ストレートや。そう・・・。ええぞ・・・。その調子・・・。村田さん・・・。」
慎司 「え?」
良子 「・・・四月になっても・・・五月になっても・・・六月になっても・・・また・・・あの暑い夏が来ても・・・私・・・こうやって・・・ここに来ると思うんです。・・・こっから・・・ゆらゆら、ゆれるかげろうの街や、きらきらひかる夜景の街を見て・・・ちょっとこれかしてください。」

と、慎司のポケットから、タバコを取って、
良子 「(火をつけながら)こうやって・・・ここで、タバコ吸うて・・・空にけむりを吐いて・・・私・・・村田さんのことを」

良子、ゴホゴホとむせる。
慎司 「おい、大丈夫なんか?」

と、良子はまた深く吸い込み、ふーっと煙を、慎司に向けて
ゆっくりと吐いた。
良子 「・・・意外と、いけるやなすですか、これ。」

けむりは春の空に、グランドの呼び声とともに消えた。