第41話 (97/01/10 ON AIR)
『冬の無人駅』 作:松田 正隆

登場人物


男(ナレ) 「私にはかえるべきふるさとがながった。
 会社から、冬の休暇をもらっても毎年
 もてあます、この空虚な数日間がむなしかった。
 だから、今年は旅行に出ることにした。
 日本海の見える場所まで行きたいという
 ぼんやりとした目的を胸に私は夜汽車に乗った。」
--SE 波の音
「・・・冬の日本海は、雪もふることなく
 おだやかであった。・・・旅に出たからといって
 何もかわりはしなかった。空虚さは、埋め
 ようもなく、海をもてあまし、空をもて
 あますばっかりだった。」
「さ、もうかえろう・・・」
男(ナレ) 「明日からは、また、会社が始まるのだ。」
--午後の駅。どこかで SE 鳥のさえずり
男(ナレ) 「ある無人駅でかえりの汽車を待つことにした。
 ベンチでタバコをふかしていると、ホームにひとり
 の女がボストンバッグを持ち、たっているのが見
 えた。白いステンカラーコートを着ていた。
 彼女に話しかけることができたら・・・
 そんなことを考えた。腹の底に沈んだ空
 虚さが、そういう時間を求めていた。
 やがて・・・」
「汽車、来ましたよ」
「え?・・・あ、はい・・・」
男(ナレ) 「と、彼女の方から話しかけてきた・・・。」
「どこまでいらっしゃるんですか?」
「東京まで・・・」
「あら、私もそうなんです。東京まで・・・」
「ああ、そうですか・・・」
「仕事、始まっちゃいますね」
「ええ・・・帰省なさったんですか?」
「ええ。あなたもそうなんですか?」
「いや、私は旅行で・・・」
「そうですか・・・」
--列車が着く。ドアが開く。
「どうでした?冬の日本海・・・。」
「はぁ・・・。思ったよりおだやかで・・・。」
「そうですか・・・。めずらしいこともあるんですねぇ・・・。
 あなた、キップ、お持ちですか?」
「え?・・あ、いえ・・・」
「あら・・・それじゃ、これには乗れませんね。」
「あ、でも、車内で買おうかと」
「それじゃダメなんです。・・・それは許されてないんです。」
「ああ・・・そうなんですか・・・」
「こういうキップでないと・・・」
「・・・あの、・・・それは、どこで買ったらいいん
 ですか?」
「こんなもの、どこにも売ってませんよ(笑う)」
--女は、乗り込み、ドアが閉まった。ポーッと耳を
  つんざく汽笛が鳴った。
男(N) 「無人駅は、いつの間にか、見送りの人々でひしめ
 きあっていた。人々の吐く息が白く、駅の構内
 を満たしていた。駅員がランプをかかげ、笛を
 ふいた。伏し目がちの人々は、車窓の人々に手を
 ふった。轟音を吐いて汽車が走り出した。
 やはり、あの女が車窓から身をのり出して、私に
 叫んでいる。いや・・・私にであろうか・・・
 このホームに向けてこの人の群れの中の誰かに向け
 て・・・」
「さよーならー。さよーならー。
 今度は夏に・・・。お盆にかえって来るから
 ねー!」
男(N) 「・・・私は、ただ呆然とこの光景を見送る
 しかなかった。」
--汽笛と汽車が遠ざかってゆく。
--と、いきなり、寒気をおびたかぜが吹く
男(N) 「たちまち、あたりは闇に消えた。
 誰もいなくなったホームに雪が舞っている。
 ぼんやりとした街灯のあかりを見上げると
 もう、ほんとうに、ひっきりなしに、雪が
 空からやって来る。・・・」
「(深い寒そうなタメ息をついて)
 はぁー。(手をあたためて)・・・寒い・・・」
男(N) 「雪を見ていたら、何だかやりきれなくて、
 私は世界にとり残されたのだと思った。
 どこにも行き場のない悲しみと一緒に・・・。
 いや、それはもう、ずいぶん昔からのことだっ
 たのだ・・・。」
男(N) --あとはただ風の音。
  雪はふりしきる。
1997.1.10          ENDING