第23話 (96/09/06 ON AIR) | ||
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『またどこかで 今日のように』 | 作:飛鳥 たまき |
岡本 |
夕方のラッシュ前の電車、人影はまばら。 僕は向かいの座席の女性が気になっていた。 浅黒い顔に白いカラー…… うつむいて一心に本を読んでいる。 どこかでみたような… 僕は手帳を取り出し、出張のスケジュールを 確かめた。夕方六時、もう一人訪ねれば 終わり。最終の新幹線には十分間に合う。 |
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(電車が駅に着く) |
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薫子 |
岡本くん? |
岡本 |
あーー…薫子さん? |
薫子 |
何してるの?こんなところで。 |
岡本 |
こんなところでって…薫こさんこそ。 |
薫子 |
仕事? |
岡本 |
出張です。 |
薫子 |
時間ある? |
岡本 |
えっ…はい。 |
薫子 |
じゃ、決まった。付き合いなさい。 |
岡本 |
「くん」にアクセントをつけて呼ぶ呼び方。 挑戦的にいたずらっぽく光る目。そして命令形。 気持ちは一気に学生時代にかえった。 薫子さんの後についてビルの最上階のバーカウン ターに座った。 |
薫子 |
ふぅ、うそみたい。岡本君とこんなところで会 えるなんて……… 山歩きしてる? |
岡本 |
いやー。この二年くらい、さっぱりです。 |
薫子 |
亀が一番似合ったよね。岡本くんは。 |
岡本 |
ひどいなぁ。 |
岡本 |
亀とは大鍋をザックの後に背負った姿をいってる のだ。 秋の合同合宿、男達はパーティーの一切合財、 全てをしなければならない。例えば、荷物持ち。 一人の肩にかかる重量はおよそ六、七十キロ。 テント、大鍋、燃料、食料…… 例えば設営、例えば料理……女の子は花を摘んで、 ちょうちょのように遊んでいた。 薫子さんは小さいザックにシュラフの身軽な格好。 無口になっている僕たち一年生に 「もう少しだよー。がんばれー!」と 明るい声をかけるのだった。 |
薫子 |
ふふふ……岡本くん少しは強くなった? |
岡本 |
もちろんですよ。鍛えられましたから。 |
岡本 |
夏は日焼け、冬は雪焼け。ワンゲルの仲間たちは 男も女も年中真っ黒だった。 中でも、薫子さんはひときわ黒く、細く、少年の ようだった。大きなザックにつぶれそうにみえ ても、足はいつも大地をしっかりとらえ、どんな 女の子よりも強かった。 |
岡本 |
薫子さん、山は? |
薫子 |
うーん…とんと縁がなくなっちゃった。 |
岡本 |
あんなに熱心だったのに? |
薫子 |
そう。人生はいろいろなんだよ。 |
岡本 |
一度だけ、薫子さんがつぶれたことがあった。 頭から水をかぶった後、血の気をとりもどすと、 そばの岩にすわり、目を閉じて風に吹かれていた。 首筋のうぶ毛が太陽で金色に光っているのを ぼくはまばゆい思いで見ていたような気がする。 |
薫子 |
ほら…見て。 |
岡本 |
…… |
薫子 |
夕陽。この季節、この街では太陽は海に沈んで いくの。 |
岡本 |
…出張に来て、こんな夕焼け見られるとは思わなかったなぁ… |
薫子 |
見たいって思えば、どんなところにいたって、 見られるわ。街の真ん中にいたって、夕陽を 見てる人の後姿をとうしてだって…… |
岡本 |
しばらくの間、ぼくたちは黙って夕日をながめた。 街は黒いシルエットに変わっていく。喧噪が遠の く。ぼくは薫子さんの小さいけれど確かな鼓動を 感じていた。 「秘密よ。このトワイライト見物席」 薫子さんはいたずらっぽくささやいた。 |
薫子 |
楽しかったわ。 |
岡本 |
ぼくも、うれしかったです。 |
薫子 |
ふふ、岡本くん一年生のまんまね。 |
岡本 |
薫子さんだって変わってないですよ。 |
薫子 |
そりゃないよぉ。ほら、このあたり、少し色っぽ くなってるでしょ。「いい女になった」くらい言っ てごらんなさい。 |
岡本 |
薫子さんはそういってすっと立ち上がった。 シースルーのエレベーターに乗って、地上に降り るまでのほんのわずかな時間に、太陽は沈みきっ た。 |
薫子 |
またどこかで、今日みたいに会えるとうれしいね。 じゃ…。 |
岡本 |
薫子さんは笑顔を見せて、さっそうと人混みに入っ ていった。 当時と違って、肩までのばした髪がフワーとゆれ た。 |
信号は赤に変わろうとしている。 ぼくは小走りに街に飛び出した。 |