第22話 (96/08/30 ON AIR)
『8月の終わりに』 作:冬乃 モミジ


畳の部屋。
和子と典夫。
典夫 そりゃ、そうかもしれないけど…。
和子 春には、帰って来てたんでしょう?
典夫 うん…でも、何かと忙しくて…この年で地元に転勤っていうのは、
おそらく最後までこっちってことだろうから、色々とね…
和子 おつきあいとか?
典夫 んー。
和子 (笑)で、3ヶ月も4ヶ月もたって、いきなり来て、3年も前の
返事を考え直せっていわれてもねぇ…昨日やおとといのことのよう
にはいかないわよ。
典夫 …そりゃ、そうだろうけど…
風が入る。風鈴の音。
和子 いい風。
典夫 うん。
和子 おばちゃんは?元気?帰ってきて喜んでるでしょ。
典夫 んー、挨拶に行くんならこれ持って行け、あれ持って行けって
うるさくて。
和子 持ってきてもらった物だけど、水ようかん食べる?
典夫 いや、いいよ。
和子 麦茶は?おかわり、入れてこようか?
典夫 うん。
和子、隣の台所へ行く。ガラスコップの音。
典夫、あぐらの足を組み直す。畳の音。
和子、冷蔵庫を開ける。台所の音。
典夫 八千代ちゃん、結婚したって聞いたけど。
和子 んー、船乗りさんでね。
典夫 だんなさん?
和子 そう。(笑)船乗りさんのところに行くなんて、ちょっと反対
だったけど。だってね、家の中には、お姑さんと、血のつながらない
子供が二人、肝心のだんなさんは、何ヶ月も海の上なんて、(笑)
それって、体のいいお手伝いさんみたなものじゃないの!って
言ってやったの。
典夫 あいかわらず、はっきりしてるなぁ。
和子、麦茶を持ってくる。
和子 でもね、やっちゃん、「いいの」って言って、行っちゃったわ。
(笑)どうやら、うまくやってるみたいだし…
あれでよかったのねぇ。
典夫 そうか、やっちゃん、結婚したんだ。
和子 妹が片付いたからっていって、行き遅れの姉がほいほい
結婚するわけにはいきませんからね。
典夫 いや、…。
典夫、麦茶を飲み干す。立ち上がる。畳の音。
典夫 さて、帰るよ。
和子 え、帰るの?
典夫 うん、また、来る。スイカも持っていけっていわれてたの
忘れてきたから。
和子 …わざわざ、いいのに。
典夫 うん、また、来る。
和子 …うん。
半月ほど後の日。
玄関先に、典夫。
和子、買い物から帰ってる。自転車の音
和子 あれ!来るってゆってくれたら居たのに。
典夫 いやー、散歩のついでだから。
和子 …この頃は、ちょっと涼しくなったね。
典夫 うん。
和子 あがって!
典夫 いや、すぐ帰るから。これ…。
和子 あ、もどりがつお。おばちゃんが?
典夫 うん、作りすぎたからって。
和子 (笑)おばちゃんたら…。
典夫 え?
和子 ううん、お礼言っといて。
典夫 んー。
和子 あ、ちょっと待ってて!この間のタッパー返さないと。
典夫 またでいいよ。
和子 うん、すぐとってる。
典夫 いや。
和子 え?
典夫 これを。
和子 …指輪?
典夫 箱はちょっとくたびれてるけど…3年も前のやつだから。
和子 …うん、覚えてる。
典夫 中味はちゃんとしてると思うよ。いらなかったら…。
和子 ねぇ、前も、ちょっと聞きたかったんだけど…。
典夫 何?
和子 私の指輪のサイズ、なんでわかったの?
典夫 うん(笑)八千代ちゃんに聞いたんだ。
和子 ああ、そうだったんだ。(笑)…それにしても(笑)
典夫 何?
和子 まさか、玄関先で煮魚と一緒にもらえるものとは
おもってなかったわ。(笑)
典夫 …じゃあ…
和子 (笑)今度、やっちゃんに言ってやろ。
典夫、ちょっと照れ笑いをする。
和子、指輪の箱と、煮魚と買い物袋を持って、家へ入り、空の
タッパーを持って出てくる。
典夫、タッパーを受け取り、家路につく。母親に何といった
ものか考える。
和子、居間にすわり、箱を開け、3年前には、受け取らなかった
その指輪を、薬指にはめてみる。立ち上がり、鏡台のある部屋へ
行き、鏡に映して見る。笑ってみる。