第16話 (96/07/19 ON AIR)
『さがしもの』 作:み群 杏子

 * N…(ナレーション)


男(N) あれは、りりーが帰ってきた日のことだった。
その日、僕は図書館へ行って目当ての本を捜していた。
古い図書館の本の分類はめちゃくちゃで、何かどこにある
のか、さっぱりわからなかった。
さがしもの?
男(N) 突然、後ろから声をかけられて振り向くと、黄色いワンピースを着た
女の子が、木の枝に腰掛けていた。僕はめんくらってしまった。
なんでこんな所に木がたっているんだろう。
そんな所で何してるの?
やだ、本を読んでるのにきまってるでしょ。
ここは、図書館よ。
だって、危ないじゃないか。
シーッ! 大声をだしちゃだめ。
男(N) 僕はあたりを見回して納得した。大きな木、小さな木、どの木の
上にも誰かがいる。一人づつ、居心地のいい木を見つけて静かに、
本を読んでいるのだ。ここはひんやりとしていて気持ちがいい。
へえ。僕も木にのぼってみたいな。
だーめ。まず、本をみつけなくちゃ。
みつからないんだよ。
何の本?
鳥の本なんだ。
鳥が好きなの。
うん。
ねえ、こんな話知ってる?鳥を追いかけて、森の奥へ奥へと誘い
こまれていった人の話なんだけど、その人が帰ってきた時にはね、
世の中がすっかり見慣れないものに変わっていたんですって。
つまり、鳥の声を聞いているうちに、何百年もの月日が流れて
いったってわけなの。
その人、鳥を連れて帰ったのかな。
さあ。
僕も捜してるんだよ。
鳥を?
うん。りりーってカナリア。鳥かごから飛び出して、
もう半年も帰ってこないんだ。
南へいったのよ。
…え?
でも、もえ帰ってきたわ。ちょっと寄り道してるの。
友達に会うためにね。

ここに友達がたくさんいるのよ。たとえば、ほら、
あのすずかけの枝に止まって物思いに耽っているのは、
心中未遂のマダムの飼っていた伝書鳩よ。言づけをする
相手が死んじゃったんで、仕事がなくなってしまったんだわ。
なんだって?
それからね、あそこのくすの木に止まって昼寝をしているのは、
サーカスの団長さんが飼っていたふくろうよ。歳をとって、
芸が出来なくなったので、置いていかれたのね。
そんな、うそだろ。
あなた、りりーに、いっぱい内緒話を聞かせたでしょ。からだじゅう、
内緒話でいっぱいになったから、ちょっと、南の島まで捨てにいって
来たのよ。
男(N) まばたきする間に、女の子は消えていた。たしか、ここは
図書館で、僕は鳥の本を捜していて…。すずかけの木の
あった場所には女の人が、くすの木のあった場所には
男の人がいて、本を読んでいた。
静かな昼下がり。古い図書館の本棚に耳を寄せると、
鳥の声がした。