第15話 (96/07/12 ON AIR) | ||
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『真珠』 | 作:桐口 ゆずる |
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女 | …裏切り者。 |
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声を殺して、それだけ言うと女は電話をきり、鳴咽した。 重なって。 |
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女 | ほんとは大声で叫んでやりたかった。裏切り者!アンタなんか、 こっちから願い下げよ! …そう出来なかった自分が悲しかった。 今度の失恋は尾をひきそう。 |
音楽 そして、翌朝。 |
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女 | 服を来たまま寝てしまったらしい。店に出なければ… きっとアタシは最悪の顔をしている。 それが恐くて、珍しく丁寧に化粧をした。 |
高架下の真珠のオリジナルジュエリーショップ |
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客 | あ、あの…ここ、オリジナルで作ってもらえるんですか。 |
女 | ええ。真珠だけですけど、お客さまのご要望に応じて 作らせていただいています。 |
客 | あなたが作るんですか? |
女 | ええ。ごらんの通り、ちっぽけな店ですから。 私が作って、自分で売っているんです。 |
客 | 明日までに出来ますか。 |
女 | もちろん。どういったものを作りましょう。 彼女へのプレゼントですか? |
客 | 誕生日なんです。それもただの誕生日なんじゃなくて、特別なんです。 |
女 | 特別? |
客 | ええ。で、いろいろ考えたんだけど、彼女、 きっと真珠が似合うと思って。 |
女 | 素敵ですね。 |
電車が通りすぎる。 |
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女 | 嘘だった。こんな冴えない男の彼女だ、きっとダサい女に違いない。 ま、仕事だから。醒めた気持ちで、男の話を聞いた。 |
男 | ほんと言うと、デパートとかで買うと、いろんな物があって、 なんかその迫力に圧倒されて、どれを選んだらいいのか分かんなく なるんです。ずるいかもしれないけど、ここだったら、彼女に ぴったりの物を作って貰えるんじゃないかと思って。 |
女 | はにかみながら、そう言うと男は去った。手元には、男が置いていった 彼女の写真が残った。この予算じゃ、厳しいよな。それに彼女に どんなものが似合うかぐらい、しっかりイメージ持てよ。 情けない奴だ。 その日は他に客もなく、夕食後、仕事にとりかかった。 |
T.V番組が短く流れ、スイッチが切られる。 |
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女 | 集中出来なかった。彼との楽しかった思い出ばかりが蘇る。 あんな男と思いながら、追憶にひたる自分が苛立たしかった。 |
今朝の回想 |
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客 | 僕は彼女の耳が好きなんです。福耳とか、そう言うんじゃなくて 小さくて、透き通るように白くて、柔らかくて。 |
女 | じゃあ、ピアスにしましょう。 |
客 | えー耳に穴を空けるんですか。 |
女 | (軽く笑って)分かりました。イヤリングタイプにしましょう。 |
客 | あの、明日の朝一番に来ます。出勤前しか時間がなくて。 |
再び、女の仕事部屋。深夜。 |
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女 | 誠実な男の言葉が蘇った。真珠の光沢に寄せる人の想い。 私はそれをコーディネイトするのが仕事なのだ。待てよ、 彼は、特別の日なんだと言っていた。普通の誕生日じゃない のかもしれない。ひょっとしたら、彼は彼女にプロポーズ するのつもりだろうか。少ないお給料から、無理して彼女に 宝石を贈りたい。それもダイヤモンドじゃなくて、真珠を。 彼の選択がうれしかった。勿論、こんなことは私の勝手な 想像だった。けれど、想像力がなければ、素敵なジュエリー デザインは生まれて来ない。私は集中した。スタンドの光に 手をかざして、形を思い浮かべる。ふっくらした頬と おちょぼ口の女の子。写真では肩まで髪を下ろしているけど 髪をアップにして、彼が想いを寄せる可愛らしい耳を見せる。 そこには控えめな真珠の輝きこそ似つかわしい。 |
女の想いが高まるにつれて音楽 そして朝。 |
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女 | 真珠のイヤリングは、全部で8つ出来た。勿論、買ってもらえるのは 1つだけ。私ってなんて馬鹿なんだろう。こんなことしてたら、 商売にならない。でも、不思議とすがすがしかった。 徹夜で目の下に隈が出来ている。でも、今朝は化粧をするのを やめよう。控えめにルージュをひいて、店に向かった。 |
高架下のアクセサリーショップ。 |
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女 | さあ、どれが彼女に一番似合うか、選んで下さい。 |
男 | えー困ったな。いやー分からないなぁー。 |
女 | プロポーズするんでしょ。 |
男 | え、どうして分かるんですか。 |
女 | 女の勘かな。さあ、勇気をもって、あなたが一番いいと思うものを 選んで下さい。私は一生懸命作りました。どれを選んで貰っても 私は嬉しいんです。 |
男 | でも、みんな素敵で…見れば見るほど分からないや。 |
女 | 彼女の耳を想い浮かべて。集中すれば、きっとただ一つの ものが見えてくるわ。 |
男はじっと8つのイヤリングを見つめる。 |
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男 | (自信なさそうに)これかな。 |
女 | (にっこりして)きっと似合いますよ。 |
男 | そ、そうですか。 |
女 | だって、あなたが選んだんたもの。彼女もきっと気にいるわ。 私だったら、嬉しくて、プロポーズにすぐOKしちゃうな。 |
男 | そ、そうですか。そうだといいんだけどな。 |
女 | もっと、自信持たなきゃ。 |
男 | あの、今日はお化粧してませんね。 |
女 | え? |
男 | 昨日とぜんぜん違う。 |
女 | 目の下に隈が出来てるでしょう。ほんとは、ファンデーションぐらい 塗ったほうがいいんだけど。 |
男 | しないほうがいいですよ。昨日は、なんだか怖かったもんな。 今日は、素敵です。あなたらしい。 |
女 | そう。よかった。 |
男 | あ、そろそろ行かなきゃ。ほんとにどうもありがとう。 |
女 | 今度は彼女と一緒に来てください。結婚式のために。 |
男 | 是非。 |
音楽 |
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女 | 救われた。 お礼をいいたいのは私のほう。 残った7つのイヤリング。 そうだ、これは私のために取っておこう。 がんばった私へのご褒美として。 華やかに着飾る 明日の私のために。 |