第17話 (96/07/26 ON AIR)
『梅雨があけるね。』 作:飛鳥 たまき


(南の描いた「土手」の絵)

「カンバスのちょうど2分の1、少しかたむいたラインで
画面を横切るコンクリートの土手。

汚れ、ざらつき、ひびわれている。
太陽は真上。陰はどこにもない。」

さつき あの土手のむこうはきっと海。
波がキラキラひかっているにちがいない。
先輩の絵はいつもカンバスのむこうの広がりを
感じさせた。
(雪と同時に降り出した雨)
さつき

走り込んだアーケードの下。雨やどりの人の肩越しに
先輩の横顔がみえた。(再び雷)
思わず目を閉じた。

そして顔をあげた時、先輩と目が合った。

濡れなかった?
さつき はい。先輩は-。
ちよっと…間に合わなかった…
…梅雨があけるね。
さつき 先輩は雷雨の空を描こうと思っていたのだろうか…
濡れた頭を軽く手で払って、にらむような目で
空を見上げていた。
ただそれだけだったのに…
まるで劇画の1コマのようにまわりは黒くぬり
つぶされ、先輩だけがまるい囲みの中にいた。
…梅雨があけるね…
つぶやきが私をつつんでいた。
(キャンパスの並木道)
さつき 両側を校舎にはさまれた並木道の中ほどに先輩を
みつけた。
私は校舎の裏手にまわり、全速力で走った。
背中のりゅっくがゆさゆさおどる。
呼吸を整え、いかにも、自然に、ゆっくり
校舎のかげから歩き出た。
おう!
さつき あっ、こんにちわ。
これから?
さつき はい。先輩は?
自主休講。
さつき わぁ、いいなあ。
どうしたの、すごい汗。
さつき えっ…
さつき まるで小さな子供をみるように先輩は私を見る。
ふきだす汗。
だのに先輩は涼しい顔。
いつだって涼しい顔-。
(キャンパス)
さつき 図書館の入り口に先輩がいる。
そばに見え隠れするパステルブルーのシャツ。
あれがうわさの女性…
山桜のような人だって…
私はとっさに木立のかげに隠れていた。
(キャンパスの大芝生)
さつき キャンパスの広い芝生。
風が吹くと銀色のモニュメントが揺れる。
シーソーのように上下に傾きながら回っていく。
先輩なら、この風景をどんな形でカンバスに
うつすだろう。
(南の描く「銀色のモニュメント」の絵)
「モニュメントはニューヨーク、マンハッタンのビルの
上に置きたいなあ。風が少し出てきたところ。次の瞬間
モニュメントはゆっくり動き始めるんだ。」
さつき 先輩のそばによりそってパステルブルーの人。
顔も知らない人に胸が波立つ。
先輩はあのやさしい目であの人を見つめるのだ。
あの涼しい顔で笑うんだ…

そうよ、
これは片思い、
勝手な片思い。