第209話 (2000/03/31 ON AIR) | ||
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『山深い秘湯・小宝の湯』
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作:四夜原 茂 |
「カポーン」「チョロチョロ…」温泉である。 |
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男 | おうい。山田ー。オレ石ケン持ってないんだけどそっちにあるかなー。シャンプーとかも忘れて来ちゃってんだよ。 おうい。……あれ?居ないのか…。 |
桶で湯をかぶる。「ザザバー」 | |
男 | あち、あちちちちー。ちょっと熱いんでないの。道理で湯気がモクモク出るわけだよ。なんにも見えやしない。自慢の庭園風呂なんじゃないんですか?どうやったら庭が見えるんですかーだ。よいしょっと。 |
湯舟につかる。 |
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男 | あ、あ、あ、ああー。ちょっと熱いけど、けっこういいな、これ。なんて言うか…お湯がトロリとしてる。効きそうだよ、このお湯は。 |
女 | (遠くから)効くらしいんです。 |
男 | (息をのむ)……え? |
女 | 効くんですよ、この温泉。 |
男 | す、すみませんでしたー!!オレ、あの、男湯だと思ってんです。本当です。入口に男湯ってカンバンが……あれ?な かったですね。でも、本当なんですよ、男湯だと思ってたんです。し、失礼しました。 |
女 | (笑う)なにをあわててるの?ここは混浴よ。 |
男 | 混浴? |
女 | やっぱり。そうじゃないかと思ってたのよ。さっきあなたが言ってた庭園風呂は一階よ。 |
男 | じゃあ、あの、ここは? |
女 | 地下よ。地下一階の宝の湯。 |
男 | あ。そうなんですか。山田、居なくて当然だわ。オレがまちがえちゃってたんだ。あの!じゃ、失礼しまーす。ええと、タオルは…あれ、どこだ? |
女 | なにかあるの? |
男 | あなた、その山田さんと何か特別な関係でもあるの? |
男 | 特別な関係って、何ですか、それ。山田はただの友達ですよ。 |
女 | 友達?男同士で温泉に来てるの? |
男 | …変ですか? |
女 | 変よ。男二人で温泉旅行なんて。 |
男 | いいじゃないですか。そういう気分の時だってあるんですよ。 |
女 | そういう時はひとりで旅に出るものよ。ひとりでお湯につかって、人生についてしみじみする。それが普通よ。 |
男 | 山田の会社…解散になっちゃったんですよ。(小声で) |
女 | え?よく聞こえないわ。ちょっと待ってて、そっちへ行くから。 |
男 | え?!こっちへ来るんですか?! |
女、こっちに向かって歩いてくる。「パシャパシャ」と。 |
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女 | ここね。あっちとそこから、湯気が出てるの。機械で湯気を作ってるわけよ。どう?何も見えないでしょ? |
男 | はあ、何も……見えませんね。まっ白で。 |
女 | 今年、90才になる大女将が考えたのよ。 |
男 | そうですね。 |
女 | 庭園風呂は男女別にはなってるんだけど、仕切の壁は2メートル。天井は吹き抜けになっててやっぱり話はしやすい造りなの。それも大女将が考えたのよ。 |
男 | 話がしやすい? |
女 | ええ。 |
男 | あなた…旅館の人ですか? |
女 | いいえ、何故? |
男 | なんかこう、解説が詳しいし、そうかなぁって。 |
女 | ああ、もう半年になるから。 |
男 | 湯治ですか。若いのに。 |
女 | そんなに若くないわ。そろそろあせりを感じる年齢になっちゃったの。 |
男 | あせりを感じるって、湯治なんだから、あせっちゃいけないでしょう。もっとゆったりとして…あ。すみません。。 |
女 | え? |
男 | いや、今、足が当たりませんでした? |
女 | …いいえ…。本当ね。あなたの言うとおりだわ。あせらずにゆったりと待つべきなんでしょうね。 |
男 | そうですよ。湯治なんだから。効くんでしょ、このお湯。 |
女 | 効くらしいんです。先週は、まゆみさん。その前はゆみこさん。みんな晴ればれとした顔で帰って行きました。 |
男 | へーえ、やっぱり効くんだ。 |
女 | ええ、まゆみさんなんか2ヶ月でしたからね。大女将もびっくりしてました。きっとこの温泉のレコード記録だろうって…。 |
男 | あなたは半年ですか…。 |
女 | なんかね、タイミング悪いのよ、あたしって…。 |
男 | だいじょうぶですよ、きっと。あなた元気そうだし。すぐ帰れます。 |
女 | …元気そうだって、どうしてわかるの。見えてないんでしょ? |
男 | 見えなくたってわかるんです。肌の張りとかで…。 |
女 | 肌の張り? |
男 | いや、そうじゃなくて、えーと、声の張りとかでね。わかるんです。。 |
女 | 久しぶりなんです。知らない人とお話するの。だから、ちょっと緊張してるのかな。 |
男 | 半年ですか…。 |
女 | ええ、毎日3回お湯につかって、あとはボンヤリしてすごしてます。東のはずれにある離れの右から3本目の柱の左から2つ目の部屋「ミミズク」で。 |
男 | は? |
女 | ちょっとややこしいでしょ。もう一度言いましょうか? |
男 | いや。ええと、そろそろ行きます。山田が捜してるかも知れないし…ええと、タオルはどこいっちゃったのかなあ。。 |
女 | 脱衣場に新しいのが置いてあるわよ。 |
男 | いや、その脱衣場までがですね。 |
女 | 脱衣場までが? |
男 | だから。ちょっとタオルがないとまずいことになっちゃってて…。。 |
女 | え? |
男 | ええと、山田の話、しましょうか。山田の会社が解散になって、あいつ悲惨なことになってるって話…。 |
女 | 山田さんねぇ、あなたのお友達の? |
男 | ええ。 |
女 | じゃ、私そろそろ失礼します。これから東のはずれにある離れの右から3本目の柱の左から2つ目の部屋「ミミズク」で休みますから。 |
男 | あ、そうですか…。 |
「ジャブジャブ」と去ってゆく。 |
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男 | (ためいき)ハー。 |
女 | (遠くで)この温泉は男二人で来るところじゃないと思うの。 |
男 | (ひとり言)効果が出ない…?何の効果なんだろうか? |
(おしまい) |