第208話 (2000/03/24 ON AIR)
『春はあけぼの、お鍋はいかが?』

  

作:花田 明子

登場人物
高岡(男)
石川(女)

そこは高岡のアパートの前。
外に面した入り口。お風呂のないアパート。
夜の9時30分ちょうど。

始まりはドアのノック。
1回。「トントン」

ちょっとの間(中からは反応なし)

今度は「ブー」とブザー。

ちょっとの間(中からは反応なし)

三度目は大きなドアノック。「トントン……トントン」

と、ドアが開いた。

石川

こんばんは。

高岡 (ジョークとして)やあ。
石川

(笑いつつ)遅くなっちゃった。

高岡

いいよ。

買い物した大きな袋を持った石川、高岡のアパートに入る。

石川

おお、片付いてる

高岡

もちろんですよ。

石川

片付けたのか

高岡

当然ですよ、クリーンなイメージが売りですから。

石川

(笑いつつ)どういう意味よ。

高岡 

(はりきりつつ)さてさて、野菜でも切りますか。

石川

あ、いい。野菜はもう切ってきた。

高岡

え?

石川

会社の昼休みに、買いに行って昼休み中に給湯室でいろいろ。

高岡

それはそれは。(野菜をだしつつ)お、本当だ。

石川

だって急に残業って言われたからさ。とりあえず鍋の用意の短縮
を計らねばと、

高岡

ちょっと、ちょっと、何これ。

石川

え、何って?

高岡

これ…これ、何人分?

石川

えーっと…一応二人分なのですが……。

高岡 

これで…?

一瞬の間

石川

もしかして多い?

高岡

いや……うーん、いや頑張るよ。

石川

いや、頑張って食べるもんじゃないからさ。

高岡 

ああ、実はちょっとだけパンを食べたんだ

石川

ああ、そうだよね。だってもたないもんね。

高岡 

うん。鍋に備えてお腹にたまらないものと思ってさ。

石川 

うん。

高岡 

甘いパンを二つばかし…。

石川

……そっか……てっきり高岡さん、食べるんじゃないかと思って。

高岡 いや僕も全盛期はすごかったんだが……まぁもう34だからさ…。
石川

……じゃあ、まぁ野菜は調節しつつ。

高岡

そうだね……頑張るよ。。

石川

だから頑張らなくていいったら。

高岡

オーケーオーケー。ではでは、俺は何をしたらいい?

石川 えっと、コンロは?
高岡

えっと、コンロは?

石川

うん、、それと、

高岡

あ、鍋はちょっと小さいが用意した。これでいいだろ?

石川

あ、それなんだけどね。はい。

石川

え、持ってきたの?

石川 うん。鍋は真剣だから。
高岡

真剣って。

石川

だって昨日、電話で小さいのしかないけど…って言ってたから。

高岡 

石川。お前、こんなでかい鍋持って会社に行ってたの?

石川

うん。会社の女の子に見つかったら嫌だから、今日は8時前に出社した。

高岡

(感心しつつ)それは…ご苦労さまでした。

石川

何の、何の。だって鍋ですから。

高岡

おう、だって鍋だものな。

石川

高岡さん、鍋に水いれて。

高岡 

よしきた。まかしとけ。得意分野だ。

石川

(笑う)

高岡、鍋に水を入れている。
その横で、石川、豚肉を切ったり、帆立貝をパックから出している。

高岡

(水を入れつつ)めしがいるだろうと思ってさ。

石川

 (豚肉を切りつつ)うん。

高岡

これ買ったけどいらなさそうだな。

石川

あ、パックごはん。

高岡

うん。

石川

いや、炊飯器が壊れちゃってさ。

高岡 

あらら。

石川 

あ、でももしよかったら最期に雑炊つくろう。

高岡

え、キムチ鍋に雑炊?

石川

うん、おいしんだよ。卵いれてさ。

高岡

辛くないの?。

石川

と、思うでしょ?キャベツや野菜の甘さがぐんとでて、おいしんだな。

高岡

へーえ。キャベツか。白菜じゃなく?

石川

あ、白菜も入れる。それに、えのきに椎茸に豆腐に、豚肉に、ねぎに、
豚肉にそれと、

高岡

おいおい、それ、帆立じゃないか。

石川

うん、魚介も入れるとおいしいんだよ。

高岡

豪勢だな。

石川

一見ね。豚肉も100グラム120円のを300買ったんだけど、60円負けてもらった。

高岡

お、流石。

石川

任して下さい、キャップ。これから私のことを「買い物上手さん」と呼んで下さい。

高岡

うん。分かった。…でもちょっと長いな。

石川

あ、それとね、これこれ。

高岡

ん?

石川

そば。

高岡

あれ、それって中華ソバじゃん。

石川

そう。うどんもいいけど、これがおいしいの。

高岡

(その量に驚きつつ)2つも?

石川

あ……多ければ少しだけ入れようね。

高岡 

そうしよう。そうしよう。………で、「買い物上手さん」

石川

はい?

高岡  水を入れた鍋が用意できました。次は何を?
石川

は、次はじゃん、これです。

高岡 

お、「キムチ鍋の素」。

石川

うん。これを水3、「キムチ鍋の素」1ビン入れて下さい。

高岡

あらら、もう水入れちゃった。

石川 

……えーっと……申し訳ないのですが…。

高岡

了解です。計りなおします。

 

再び、高岡、キッチンの方へ来て、鍋に水を入れる。

石川

それと、キムチと……。

高岡 

(水を入れつつ)おう。。

石川

豆腐好き?

高岡

んん?

石川

豆腐、好き?そこそこ?あんまり?。

高岡 

私を誰だと思ってるんだ。

石川

何、それ。

高岡

もちろん、食べますよー豆腐。だって豆腐だろ?

石川

困った人だな。そうじゃなくて。

高岡 

何。

石川

豆腐、一丁は無理だよね。

高岡 

ああ……それは…ちょっと。

石川

うん。じゃあ半分だけにする。

 

石川、豆腐を切っている。

石川

豆腐を切っている。 そういうことなら、そういう風に聞いてよ。

石川

(笑いつつ)何で、分かるでしょ。

高岡

いや、豆腐にまつわるユーモアを言えって言われてるのかと 思ってさ。

石川

(笑いつつ)そんなわけないよ。

高岡

まあ、そうだが…。

石川

よし、準備、オーケー。

高岡  よしきた、こっちもオーケーだ。
石川 

キャップ。火を付けて下さい。。

高岡

分かりました。私、こんなにも重大な任務を「買い物上手さん」から頂

石川

分かったから、コンロに火を付けて下さいませ。

高岡

了解!

コンロに火が付いた。
ちょっとの間、火を見つめる二人。

高岡

何か、かけるか。

石川

あ、そうだね。

高岡

あ、そうだ。マーシーかけるか?君から頂いた真島昌利。

石川 

あ、えーっとね……いや別のでいいよ。

高岡

あ、そう?

石川 

うん、何か適当にかけて。。

高岡

オーケイ。

と、高岡、ドリフターズかなんかをかける。
(例えば「UNDER THE BOARDWALK」とか。

高岡

いい?

石川 

はい…。。

ちょっとの間。
お鍋がくつくつという音と音楽。

高岡 

あ、そうそう、ビール。

 と、高岡、冷蔵庫へビールを取りに行く。

石川

あ、よかった。言うの忘れてたから。

高岡

もちろんだよ。だって鍋だものな。えっと……グラス…グラス…。

石川

何かね。昨日、鍋にしようって電話で行ったの失敗したって思ってたんだよ。

高岡 

もどって来ながら)え、どうして。

500mlの缶ビールのプルトップの音。
「プシュ」
高岡、1つ目のグラスにビールを注いでいる。
石川

だってもう春だもんね。急に暖かくなっちゃたでしょ?だから。

高岡

ああ、何だそんなことか。ほい。

グラスを石川の前に置く音。

石川 

あ、ありがとう。

高岡

(2つ目のグラスに注ぎつつ)いや、でもいいんじゃないか?何か鍋って
ちょっと楽しいだろう?

石川

あ、そう?

高岡

うん。……いやうちさ、うちの家ね。

石川 

うん。

高岡

こういうことなかったんだな。

石川

こういうこと?

高岡

だから鍋とかな…。自営業だろ?

石川

ああ、印刷屋さん。

高岡 

うん。店が家と離れてたし、それに…なんかおやじもおふくろも忙しくてさ。
兄弟3人。おやじにおふくろ。揃って喰うことなかったんだよ。。

石川

ああ…。

高岡

だから…いや鍋には、何か憧れがあるんだよ。

石川

…そっか……。

一瞬の間。

高岡 

あれ、暗くなった?

石川 

ううん。

高岡

いや、うちは家族みんな仲いいよ。

石川

うん。

高岡

今度、紹介するな。

石川

え…?。

高岡

よーし。どうやら鍋も煮えてきましたぞ。食べますかな。今期最期の鍋。

石川 

はいな。。

高岡 

お、その前に。

石川

あ、うん。

二人、グラスを持った。

二人 かんぱーい。

グラスが触れあった。
鍋のふたがとられた。
すごい量の鍋。
高岡

おおう…しまったな、あの甘いパンさえ食べなければ……

石川

(笑う

音楽が部屋を包んだ。

おしまい