第206話 (2000/03/10 ON AIR) | ||
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『空はピーカン、天井知らず』 | 作:狩場 直史 |
地方の喫茶店の店内。午前11時前後。 |
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男 |
夢じゃ、食えませんよ。 |
女 |
(ナイフを動かしながら)冷めるよ早く食わんと。 |
女の、スパゲティーらしきモノを食す音。 |
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男 |
きのう高校の同期のやつと会ったけどさ、また言われたわ、
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と、店内の有線に突如ボリューム大のノイズ
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男 |
うお。びっくりした、(奥のマスターに向けて)頼むよもう。
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女 |
よくこうなるよ最近。 |
男 |
えそうなの。 |
女 |
接触悪いみたい。 |
男 |
よくここ来んの。 |
女 | |
まあね。どうしても、足向いちゃって。 |
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男 |
へええ。… |
女 |
何よ。 |
男 |
来ちゃうんだ。ここに。 |
食器の鳴る音が際立つ。 |
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男 |
朝からよく食うなあ。 |
女 |
(喰いながら)今に始まったことじゃない。 |
男 |
(女と同時に)ない、わな。 |
女 |
もう昼だって、お外は。 |
来客でもあったか、外の空気が入ってくる。 |
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男 |
晴れ…ですか。今日も、空は。 |
女 |
(突然)取り返しのつかないことしてみたくて。 |
男 |
ん? |
女 |
最近。したくて。取り返しのつかないこと。この前、3時間
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男 |
はあ。 |
女 |
案の定帰れなくなって。ゆっくり、倍の時間かけて帰った。
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男 |
あのなあ。 |
また有線にノイズが混入。 |
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男 |
まただ。…ま、いいけど…気をつけろよ。よく刺されなかった
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女 |
知ってんの。 |
男 |
有名だよ全国的に。1ヵ月で8人だろ刺されたの。 |
女 |
昨日1人増えた。 |
男 |
尊敬するわ。ほんとに。 |
女 |
へ。 |
男 |
人刺せるくらい、狂えるんだもんなあ。はっきりしてるよなあ。
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女 |
… |
男 |
もちっと気をつけろよ。言葉なんか、絶対通じないんだから。 |
女の、水を飲みくだす音。 |
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男 |
おおい。3杯目だよ。水。 |
女 |
渇くのよ。喉が。 |
男 |
喉が。 |
女 |
うん。(飲み干す) |
男 |
(わざとらしく)いやいや、ええ飲みっぷりですなあ。もう一杯
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女 |
こぼさないでよ。 |
男 |
いや。太陽がまぶしくて。 |
女 |
太陽があ? |
男 |
あれ。 |
女 |
男の目から涙が流れ出たらしい。 |
男 |
やだ。泣いてんの。 |
女 |
おかしいな。 |
男 |
(笑)可笑しいわ。太陽がきれいだ、びえーんって。夢で食えな
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女 |
一瞬の間。 |
男 |
・わはははは。(笑) |
女 |
そういや泣いたことないな。 |
男 |
え? |
女 |
うまく泣けたためしがない。最近。 |
男 |
一瞬の間。 |
女 |
・わはははは。(笑) |
男 |
人のこといえるか。 |
女 |
(笑)だって。 |
男 |
(笑)変わるものと、変わらんものがあるんだなあって。 |
女 |
なに? |
男 |
さっき、思ったの。 |
女 |
ぎゃははは。(笑)太陽見て。 |
男 |
昨日が最後のライブになるかもしれん。 |
女 |
え。 |
男 |
オレが、じゃないよ。うちのバンド。ガンちゃんで持ってるよう
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女 |
岩元君? |
男 |
そう、岩元ガンちゃん。どうふんばっても、力の差は歴然として
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女 |
うん。 |
男 |
で。ガンちゃんとうとうクルっちゃって。 |
女 |
あ。 |
男 |
あのときのやつの顔。忘れられない。オレ、こんなとき絶対説得
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女 |
でも昨日。 |
男 |
うん。本番直前にふらっとあらわれて。「唄えるか」としか聞け
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女 |
ああ。 |
男 |
いい演奏だった。おれが言うのもなんだけどな。 |
女 |
ううん。 |
男 |
一生ガンちゃんについて行こうと思った。おれもガンちゃんにな
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女 |
また出てるよ、涙。 |
男 |
たとえばこの喫茶店。 |
女 |
え。 |
男 |
俺もどうしようかっていうときは、ここにきちゃうんだよ。いつ
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まるで女に向けて言ってるかのよう。 |
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女 |
… |
男 |
見上げたら、空はまぶしくて。変わらんものが、確かにあって。
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女 |
… |
男 |
ああ、おれはガンちゃんにはなれんなあ、はっきり、そう思った。
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女 | … |
男 |
…いや。ここ笑うとこ笑うとこ。いやあ。そんなセンチメンタル
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、水を飲み干す音。 |
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女 |
狂えないじゃない。 |
男 |
え。 |
女 |
そんなこと言われたら。 |
男 |
なに。 |
女 |
いっそ青臭いことでも言ってくれたほうが、ふんぎりつくのに。
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有線のノイズが。 |
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女 |
この変わらない状態に耐えられなくなって。毎日、太陽まぶし
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男 |
うん。 |
女 |
「うん。」じゃない。 |
男 |
うん。 |
女 |
わたしも思いつめてるとしたら? |
男 |
え? |
女 |
狂うくらいに。 |
男 |
… |
女 |
あたしだから。 |
男 |
なに。 |
女 |
通り魔事件、あたしのしわざだったら。 |
男 |
ナイフのカチンと鳴る音、いすの擦り音。
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女 |
もしそうだとしたら?説得できるの? |
男 |
… |
女 |
しないの? |
男 |
…しないよ。 |
女 |
え? |
男 |
お前は、そこまでいかないよ。 |
女 |
そんなことない。 |
間 |
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女 |
なんてね。 |
男 |
え。 |
、男の前の食器を奪い取り、音もはっきり
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女 |
できるわけ、ないじゃない。こんな、別ればなしも、はっきり
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モグモグいってて聞きとりにくい。 |
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男 |
…こんなときになんだけど… |
女 |
…(黙々と食う) |
男 |
それ、オレのパフェ… |
女 |
…(黙々と食う) |
男 |
…まあ、パフェ頼む30男ってのも、なんだか、な… |
女 |
(食いながら)今に始まったことじゃない |
男 |
(女と同時に)ない、よなあ… |
店内にはまだ「今夜はブギー・バック」が流れている。 |
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女 |
なつかしいよねこの曲。 |
女の嗚咽(おえつ)が食器の音に交じって、かすかに
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男 |
嘘つき。うまく泣けてるじゃない。 |
上記の音少し大きくなる。 |
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男 |
お前は人、刺せないよ。お前も、オレもさ…いいかげんだから、さ… |
有線の曲はラップパートの3番の以下の歌詞
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“とにかくパーティーを続けよう |
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おわり。 |