第206話 (2000/03/10 ON AIR)
空はピーカン、天井知らず 作:狩場 直史



 地方の喫茶店の店内。午前11時前後。
 有線放送で昔の邦楽のBGMがかかってる。
 (ex.サザンオールスターズ1st『別れ話は最後に』)
 テーブルに向かい合って男と。

夢じゃ、食えませんよ。

(ナイフを動かしながら)冷めるよ早く食わんと。

 女の、スパゲティーらしきモノを食す音。

きのう高校の同期のやつと会ったけどさ、また言われたわ、
「好きなことやれていいよなあお前は」って。「夢があって
さあ」って。真顔で。あああ、どうにかしてそのへんの誤解
は解けないもんかねえ、

 と、店内の有線に突如ボリューム大のノイズ
 が混入し、消える。

うお。びっくりした、(奥のマスターに向けて)頼むよもう。
(向き直って)ここ思いでの場所なんだから。なあ。

よくこうなるよ最近。

えそうなの。

接触悪いみたい。

よくここ来んの。

まあね。どうしても、足向いちゃって。

へええ。…

何よ。

来ちゃうんだ。ここに。

 食器の鳴る音が際立つ。

朝からよく食うなあ。

(喰いながら)今に始まったことじゃない。

(女と同時に)ない、わな。

もう昼だって、お外は。

 来客でもあったか、外の空気が入ってくる。

晴れ…ですか。今日も、空は。

(突然)取り返しのつかないことしてみたくて。

ん?

最近。したくて。取り返しのつかないこと。この前、3時間
くらい歩いた。財布も持たずに。夜中。

はあ。

案の定帰れなくなって。ゆっくり、倍の時間かけて帰った。
仕事も休んで。その日のノルマ、パア。

あのなあ。

 また有線にノイズが混入。

まただ。…ま、いいけど…気をつけろよ。よく刺されなかった
な、通り魔に。

知ってんの。

有名だよ全国的に。1ヵ月で8人だろ刺されたの。

昨日1人増えた。

尊敬するわ。ほんとに。

へ。

人刺せるくらい、狂えるんだもんなあ。はっきりしてるよなあ。

もちっと気をつけろよ。言葉なんか、絶対通じないんだから。

 女の、水を飲みくだす音。

おおい。3杯目だよ。水。

渇くのよ。喉が。

喉が。

うん。(飲み干す)

(わざとらしく)いやいや、ええ飲みっぷりですなあ。もう一杯
いかが(注ぐ)。あれ。

こぼさないでよ。

いや。太陽がまぶしくて。

太陽があ?

あれ。

 男の目から涙が流れ出たらしい。
 同調するように有線が乱れる。

やだ。泣いてんの。

おかしいな。

(笑)可笑しいわ。太陽がきれいだ、びえーんって。夢で食えな
い言うてる30男が。

 一瞬の間。

・わはははは。(笑)

そういや泣いたことないな。

え?

うまく泣けたためしがない。最近。

 一瞬の間。

・わはははは。(笑)

人のこといえるか。

(笑)だって。

(笑)変わるものと、変わらんものがあるんだなあって。

なに?

さっき、思ったの。

ぎゃははは。(笑)太陽見て。

昨日が最後のライブになるかもしれん。

え。

オレが、じゃないよ。うちのバンド。ガンちゃんで持ってるよう
なもんだろ、おれらのバンド。

岩元君?

そう、岩元ガンちゃん。どうふんばっても、力の差は歴然として
るだろ、音楽の。だからガンちゃん、どんどん背負わなくてもい
いもん背負っちゃって、オレらも、オレらがしっかりしないとガ
ンちゃんダメになる、ってテンパっちゃって、悪循環。空気どん
どん悪くなってって。

うん。

で。ガンちゃんとうとうクルっちゃって。

あ。

あのときのやつの顔。忘れられない。オレ、こんなとき絶対説得
できると思ってたんだよ。あいつを。どうにもならないことって
あるんだなあ、って。思った。とても正気に戻せる状態じゃなか
った。

でも昨日。

うん。本番直前にふらっとあらわれて。「唄えるか」としか聞け
なくて。「ああ」って。結局フルでこなしやがって。

ああ。

いい演奏だった。おれが言うのもなんだけどな。

ううん。

一生ガンちゃんについて行こうと思った。おれもガンちゃんにな
ろうと思った。一緒に狂うべきなんだ、とまで思った。でもさ。

また出てるよ、涙。

たとえばこの喫茶店。

え。

俺もどうしようかっていうときは、ここにきちゃうんだよ。いつ
も。この喫茶店。変わらないこのテーブル。接触不良の有線放送。
(大声で)どうしてここじゃなきゃいけないのか!全然分からん。

 まるで女に向けて言ってるかのよう。
 有線の曲はいつの間にか「今夜はブギー・バック(
 smooserapversion)/スチャダ
 ラパーferturing小沢健二」に変わっている。

見上げたら、空はまぶしくて。変わらんものが、確かにあって。
そんなところばっかり、目がいって。

ああ、おれはガンちゃんにはなれんなあ、はっきり、そう思った。
狂うまで、おれは思いつめられんって。続けてしまうんだよ、あ
いつがいなくなっても。金にならないと分かってても、おれは。
だらだらと。

…いや。ここ笑うとこ笑うとこ。いやあ。そんなセンチメンタル
な気分になっちまって。

 、水を飲み干す音。

狂えないじゃない。

え。

そんなこと言われたら。

なに。

いっそ青臭いことでも言ってくれたほうが、ふんぎりつくのに。
「今の仕事やめろ。オレが食わせてやるから」とか絶対無理な
こと言ってくれたら、かえってすぐ別れられるのに。そんなこと
言わないって分かってるから、なおさら。

 有線のノイズが。

この変わらない状態に耐えられなくなって。毎日、太陽まぶし
くて。でも変わらないものはたしかにあって。

うん。

「うん。」じゃない。

うん。

わたしも思いつめてるとしたら?

え?

狂うくらいに。

あたしだから。

なに。

通り魔事件、あたしのしわざだったら。

 ナイフのカチンと鳴る音、いすの擦り音。
 はっきりとは分からないが、女がナイフを
 もって立ち上がったようだ。

もしそうだとしたら?説得できるの?

しないの?

…しないよ。

え?

お前は、そこまでいかないよ。

そんなことない。

 間

なんてね。

え。

 、男の前の食器を奪い取り、音もはっきり
 聞こえるような所作で、おおげさに食べはじめる。

できるわけ、ないじゃない。こんな、別ればなしも、はっきり
できないようなヒトにさ…

 モグモグいってて聞きとりにくい。

…こんなときになんだけど…

…(黙々と食う)

それ、オレのパフェ…

…(黙々と食う)

…まあ、パフェ頼む30男ってのも、なんだか、な…

(食いながら)今に始まったことじゃない

(女と同時に)ない、よなあ…

 店内にはまだ「今夜はブギー・バック」が流れている。

なつかしいよねこの曲。

 女の嗚咽(おえつ)が食器の音に交じって、かすかに
 聞こえる。間。

嘘つき。うまく泣けてるじゃない。

 上記の音少し大きくなる。

お前は人、刺せないよ。お前も、オレもさ…いいかげんだから、さ…

 有線の曲はラップパートの3番の以下の歌詞
 部(3分17秒)にさしかかる…

 “とにかくパーティーを続けよう
 これからもずっとずっとその先も
 このメンツこのやりかた
 この曲でROCKし続けるのさ…。”

                          おわり。