第118話(98/07/03 ON AIR) | ||
---|---|---|
『ミッシングリング』 | 作:三枝 希望 |
男 | ここ…。駐車場…。 |
---|---|
女 | 跡かたもないわね。本当に駐車場になったんだ。 |
男 | ここに四年も住んでいた。 |
女 | あたしは三年。 |
男 | そう?…。 |
女 | 違った? |
男 | あんた出ていってから半年位で取り壊しになったんじゃ ないかな。だから三年半だろ。 |
女 | あんた、なんて言い方やめてよ。それに忘れたわけじゃ ないわ。あなたのボロアパートに一緒にいたのが三年、後 の半年は荷物置いていただけだったじゃない。 |
男 | 俺にとっては三年半なんだ。 |
女 | 何よ、三年振りに会ってここに連れてきたのは恨み事言 うため?変わってないのね、未練たらしいとこ。 |
男 | あんたこそ、変わってないよ。そんな勝手なとこ。懐か しいから行ってみようっていったのはあんたのほうだろ。 |
女 | あんた、って言わないで。 |
男 | 嫌だ。 |
数人の子供が笑いながら走り去る。 |
|
女 | …アパートの裏でよく遊んでいたわね、ちっちゃい子が。 |
遠くから風鈴の音 | |
女 | 風鈴ね。あの風鈴よね。一年中、つるしっぱなしで冬の 木枯らしのときもなり続けていた。まだ吊っているのね。 どこの家かしら? |
男 | 風鈴をつきとめたいならどうぞ。俺は俺のことをするから。 |
女 | …別に…でも、アスファルトに被われていて、 |
男 | (少しは離れて)ここだと思うよ。 |
女 | …え?(男に近づく) |
男 | ここ、建蔽率とかってやつでアパートの敷地を全部は駐 車場にはできなかったんだろ。ちょうどアパートの裏手辺 りだ。ここだけ土がむき出しで、昔のままだ。 |
女 | 駐車場にするとき一度全部掘返しているんじゃないの。 ブルドーザーなんかでさ。 |
男 | 掘ってみなけりゃ分からないだろ。そこのつぶれた空き 缶かせよ。 |
男の空缶で地面を掘り返す音。 |
|
女 | ねえ、もういいよ。 |
地面を掘る音が続く。 |
|
女 | もういいってば。あなたに駅で偶然会って、顔見たら懐 かしくてちょっとからかってみたくなっただけなんだから |
男 | 指輪、返せって行ったのはおまえだろ。 |
女 | (笑う)おまえって言った。 |
男 | うるさい。 |
女 | 本当に埋めちゃったのね、あたしの忘れ物全部。まるで 女子中学生みたい。 |
男 | 指輪、おばあさんの形見なんだろ。 |
女 | 嘘に決まっているじゃない。 |
男、掘るのを止める。 | |
男 | 知っているよ。おまえの嘘くらい分かる |
女 | …そう。(離れたところで)ねえ、こっちの日陰にこない? |
男 | ああ。 |
女 | ここら辺りよね、部屋のあった所。座ってよ。 |
男 | ああ。(座る) |
女 | 汗、拭こうか。 |
男 | 寄るなよ、暑いだろ。 |
女 | あたし、暑いの好きだもん。汗、湧き水みたいに流しても平気だもん。 |
遠くで風鈴が鳴る。 |
|
女 | 暑いの好きだもん。 |
男 | 勝手だよ。俺、暑いの嫌なんだ。 |
女 | 女じゃあ、夜になるまでここにいよう。涼しくなるまで。 |
男 | なんでそんなこと言うの。 |
女 | 夜まで、ずっとここにいよう。どっちかが耐えられなく なったらオシマイ。 |
男 | そうしたいなら…いいよ、試してみよう。夜までね。 |
女 | …ねえ…ごめんね。 |
男 | 静かにしろよ。夜まで何も言うな。 |
女 | うん、涼しくなるまでね…。 |
遠くの風鈴の音が次第に大きくなり男と女を包む。 |