第63話(97/06/13 ON AIR) | ||
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『梅雨のあとさき』 | 作:松田 正隆 |
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―深夜。駅前のタクシー乗り場。 ドアが開き、一台の車に乗り込む女の客。 ドアが閉まる。 |
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運転手 | 「どちらまで」 |
女 | 「……とりあえずまっすぐ行って下さい。」 |
運転手 | 「……はい。」 |
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―発進するタクシー。…走行音。 |
運転手 | 「…雨、やんだみたいですよ…。」 |
女 | 「ああ…。」 |
女 | 「汽車、来ましたよ」 |
運転手 | 「…梅雨明けは、まだみたいやけど…。」 |
女 | 「そうですか。」 |
運転手 | 「…えっと…次の信号は…どうします?」 |
女 | 「…まっすぐで、かまいません…。」 |
運転手 | 「はい。」 |
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―走行音。 |
運転手 | 「梅田か、どっかで…飲んで来はったんですか?」 |
女 | 「いえ…」 |
運転手 | 「…今の終電で、帰って来はったんやないんですか?」 |
女 | 「違います…。」 |
運転手 | 「…そうですか…」 |
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―走行音。 |
運転手 | 「…あの…橋はどうします?渡りますか?」 |
女 | 「ええ…」 |
運転手 | 「はい…」 |
女 | 「渡って…すぐの道を左へまがってください。」 |
運転手 | 「はい。」 |
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―橋を渡り、車は方向指示機をだしつつ、左へまがる。走行音。 |
女 | 「駅には……彼を見送りに行ってたんです。 …一年前から転勤で東京に行ってるもんやから…。 昨日、今日と、休みでこっちにかえって来てたんやけど…。」 |
運転手 | 「…そうですか…。」 |
女 | 「……」 |
運転手 | 「じゃ、次の休みまで会えないんですね。」 |
女 | 「……」 |
運転手 | 「淋しいでしょう…」 |
女 | 「河にそって、まっすぐ走ってください…。」 |
運転手 | 「あ…はい…。」 |
女 | 「…まっすぐ…上流の方へ…」 |
運転手 | 「…はあ…」 |
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―走行音。 |
運転手 | 「…あの…。ここから先は…あんまり家もないとこなんですけ どね…」 |
女 | 「いいから…まっすぐ行ってください」 |
運転手 | 「…はあ…」 |
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―走行音はつづく。 |
運転手 | 「…ラジオでもつけましょか…」 |
女 | 「いえ…いいです。」 |
運転手 | 「そうですか…」 |
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―しばらく走行音。 |
女 | 「…彼…東京に女がいるみたいなんです…。」 |
運転手 | 「え?…ああ…。…女…」 |
女 | 「わかるんです…私…」 |
運転手 | 「…」 |
女 | 「…彼の顔見てたら…。…もう、私には気がないってことが…。 …でも、知らないふりしてやるんです…。そんなこと…全く 気づいてないふりを…。」 |
運転手 | 「考えすぎやないですか?」 |
女 | 「…違います…」 |
運転手 | 「すいません…」 |
女 | 「わかります…私には…」 |
運転手 | 「そうです…よね…。すいません。」 |
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―しばらく走行したら、ブレーキ。車は止まる。…。 |
運転手 | 「…あの…もうこれ以上無理なんですけど…行きどまりで…」 |
女 | 「…ライト…消してください…」 |
運転手 | 「はい?」 |
女 | 「消して下さい…ライト…。」 |
運転手 | 「はい」(と、消す) |
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―虫の音が聞こえる。 |
女 | 「…運転手さん…。」 |
運転手 | 「…はい…。」 |
女 | 「泣いてもいいですか?」 |
運転手 | 「あ…どうぞ…」 |
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―女のすすり泣きが聞こえてくる。運転手、仕方なく…。 すこし、タメイキをついてしまう…。と… |
運転手 | 「あ、…蛍や…。」 |
女 | 「…。」 |
運転手 | 「…蛍がいますよ…」 |
女 | 「…。」 |
運転手 | 「ほら…あそことそこに…。三匹いる。」 |
―しばらくして、また、女のすすり泣きが聞こえてくる。 無数の蛍が車のまわりで飛んでいた。 |