- ヒカル
- イルミネーションってなんですか。そう聞いて答えられない人はあまりいない。
ほとんどの人間は、「イルミネーションといえばこんなものだ」、と
すぐにイメージすることができるだろう。
んが一方で、イルミネーションデザイナーの知名度はめっぽう低い。
この夜を彩るありとあらゆるイルミネーションには当然、それをデザインした人間がいる。
ヘルメットのおっちゃんが適当に巻き付けたわけではないのだ。
- アカリ
- うわー……。キレイにできましたねー……。
- ヒカル
- 大掛かりなイルミネーションにおいては、電気工事や建築の知識も必要となる。
例えば、グラフィックデザイナーが「こんなイルミネーションにしたい」と絵を描いたところで、
それが実現できるシロモノかどうかはわからない。重さのこと、電圧のこと、
多岐にわたる知識と経験に支えられて初めて、イルミネーションは今ここに存在できる。
この魔法のように素晴らしい光景を生み出す、光と空間の魔術師。
それが、イルミネーションデザイナーだ。
- 遠くで電球の割れる音。
- アカリ
- あれ? ヒカルさん、ちょっといいですか。
- ヒカル
- どうかしたか、アカリ。
- アカリ
- あのレンガ壁の右側、ツタが登った先のところ、電球が切れていませんか。
- ヒカル
- レンガ壁の……、ああ、本当だな。
- アカリ
- チェックしに行きましょう。
- ヒカル
- ああ。……この町を取り囲むレンガの壁。そこら一帯に飾られたイルミネーションたち。
たった一つの電球が切れたところで、見た目は大きくは変わらないだろう。
とはいえ、計算し尽くして配置した光の粒たちだ。
それぞれ一つひとつが、この町のクリスマスを彩ることになる。
たった一つでも、欠けて欲しくはない。それにあそこは……。
- 消えた明かりに近づく二人。
- アカリ
- あちゃー、これ、電球が割れてしまっていますね。
- ヒカル
- 本当だ。どこかにぶつけたかな。予備はあったっけ?
- アカリ
- 手配することはできますけど。
でも、ここは配線の都合で、あっちまで結び付けてるじゃないですか。
交換するとなると、ここから向こうまでを総とっかえしなくちゃ。
- ヒカル
- たしかに。今は何時だ?
- アカリ
- 16時です。日没までに終わらせるのは、難しいかと。
- ヒカル
- ふうむ。
- アカリ
- あれ? あそこ……。
- ヒカル
- ん?
- アカリ
- なんか、女の子がこっちを見てますけど。おーい! あっ、逃げた。
- ヒカル
- ちょっとキミ、待ちなさい! アカリ、追え!
- アカリ
- はい!
- 女の子を追う二人。
- アカリ
- つ・か・ま・え・た!
- トモリ
- ごめんなさい! ごめんなさーい!
- アカリ
- 泣かないでよ、別にとって食べやしないから。
- ヒカル
- 余計に怖がらせることを言うなよ。……どうして逃げたの?
- トモリ
- だって、だってぇ……。
- アカリ
- 電球、割っちゃった?
- トモリ
- 二人が、ずっと頑張ってるのを見てて。完成するの、ずっと楽しみにしてて。
今日、はじめて電気がついたから、嬉しくて。
- アカリ
- うん。
- トモリ
- それで、高い所から見ようと思って、壁に登ったら……。
- ヒカル
- 手、見せて。……よかった、ケガはないね。どこも痛くない?
- トモリ
- うん。
- ヒカル
- 電球を割っちゃったことは許す。でも、危ないから、もうあんなところに登っちゃだめだよ。
- トモリ
- うん。
- アカリ
- ヒカルさん優しー。子どもに甘ーい。
- ヒカル
- バカ。こっちの責任でもあるんだ。実際、あの壁が一番登りやすい。
子どもが手を伸ばす可能性も考えるべきだった。
- アカリ
- たしかにそうでしたね。あたしも考えが及んでなかったです。すみません。
- トモリ
- あ、お父さーん!
- ヒカル
- お父さん?
- テルが近づく。
- テル
- トモリ、勝手に動き回ったらダメだろう。
- トモリ
- ごめんなさい。
- テル
- すみません、うちの子がなにか?
- アカリ
- 実は、イルミネーションの電球を一つ、割ってしまって。
- テル
- ええ! 申し訳ございません。
- ヒカル
- いえいえ。子どものやったことですから。
- テル
- 実は、トモリは今日が誕生日なんです。だからはしゃいでしまっていて。
- アカリ
- そうだったんですね。
- テル
- もちろん、弁償させていただきますので。
- ヒカル
- 結構ですよ。実は電球一つとはいっても、交換となるとあのあたり全て交換することになるんです。金額も作業も、結構大変なことになるので。
- アカリ
- もう日が落ちるので、時間もありませんしね。
- テル
- 本当に申し訳ない。
- ヒカル
- それに、誕生日ということなら、ちょうどあそこは……。
- テル
- 何か?
- ヒカル
- いえ、こっちの話です。……トモリちゃんっていうの?
- トモリ
- うん。お父さんはテルっていうの!
- テル
- はは。どうも。
- ヒカル
- トモリちゃんは、どうしてあそこに登ったのかな。
- アカリ
- え、一番登りやすいからじゃないんですか?
- トモリ
- えっとね、あそこから見るのが、一番綺麗だと思ったから!
- ヒカル
- 一番?
- トモリ
- あ、でもね、本当はもっと高い所から見てみたかった。
- テル
- 危ないからダメだぞ。
- トモリ
- はーい。
- ヒカル
- ……あそこから見ると一番綺麗に見えるようにデザインしたんだ。
一番登りやすいのも、俺があそこに登って夜を過ごすためだからな。
- アカリ
- あ、そうだったんですか。
- ヒカル
- お父さん。トモリちゃんは絵が上手ですか?
- テル
- 絵、ですか? 絵はそれほど……。ただ、積み木やブロック遊びが好きみたいで。
- ヒカル
- きっと、空間を認識する能力が高いんでしょう。
- テル
- トモリ、褒められてるぞ。
- トモリ
- そうなの?
- アカリ
- じゃあ将来はイルミネーションデザイナーかな?
- トモリ
- 違うもん! トモリはね、お父さんと同じ、サンタクロースになるんだもん!
- アカリ
- サンタクロース?
- テル
- はっはっは。
- ヒカル
- サンタクロースなんですか?
- テル
- まさか。トモリ、お父さんは、郵便局員だろ。
- トモリ
- なんでみんなに内緒にしてるの?
- テル
- トモリ。いい子にしないと、連れてってやらないぞ。
- トモリ
- え! やだ!
- テル
- なら、余計なことを言わないで静かにしていなさい。
- アカリ
- ふふ。面白い。
- ヒカル
- もしもお父さんが、サンタクロースなら、この東の空がオススメですよ。
- テル
- 東の空?
- ヒカル
- ええ、トモリちゃんが登った壁の、もっと向こうの、もっと高く。
そこから見えるこの街の明かりは、きっと格別です。
- アカリ
- そんなに高くからチェックしたんですか?
- ヒカル
- バカ。そんなことできるわけないだろ。計算だよ、計算。
- テル
- そうですか。郵便局員がそこまで行けるかはわかりませんが。
- ヒカル
- ふふふ。行けそうなら、ぜひ。
- アカリ
- あ、ヒカルさん、そろそろライトアップの準備を始めないと。
- テル
- トモリ。俺たちもそろそろ行くぞ。
- トモリ
- うん。
- ***
- ヒカル
- イルミネーションを見るのは、基本的に歩行者だ。
だから通常、地面から見たときが最も美しくなるように設計されている。
もちろん、この町の夜も。だけどせっかくのクリスマスだ。
もう一つの視点を意識して作るのも、ロマンがあっていいじゃないか。
- アカリ
- 東の空から見ると、どんなふうに見えるんですか?
- ヒカル
- そりゃ、東の空に行かなきゃわからんよ。
- アカリ
- もう、教えてくれたっていいのに。じゃあ、点灯します。3、2、1、ライトアップ!
- 街に明かりがともる。
人々の喜ぶ声がする。
- 町の人々
- うわー、キレー。
- 町の人々
- すごーい。
- 町の人々
- 見惚れちゃう。
- 町の人々
- 美しいなあ。
- 町の人々
- おい、東の空になにか飛んでないか?
- 町の人々
- 本当だ! あれはもしかして……。
- 町の人々
- サンタクロースだ!
- ***
- 夜空を飛ぶテルとトモリ。
- トモリ
- すごいすごい、お父さんすごーい!!
- テル
- しっかり掴まっていろよ、トモリ。
- トモリ
- うん。
- テル
- ええと、どこから見るのがオススメだったかな?
- トモリ
- ほら、もうすぐ。ここ! ほら、見て、お父さん!
- テル
- はっはっは、こりゃすごい。
- トモリ
- やっぱり、絶対そうだと思ったんだー! おいしそー!
- テル
- トモリ、上から見るとケーキになっているって気づいてたのか?
- トモリ
- そうだよ! あーあー。ロウソクのところ、消しちゃった。
ヒカルさん、アカリさん、本当にごめんなさい。
- テル
- そうだぞ。二人にもちゃんとプレゼントを送らないとな。だけど、トモリは今日が誕生日だ。
ちょうどロウソクに当たるあの電球を、消すにはふさわしい女の子だったかもな。
- トモリ
- ハッピーバースデー!
- テル
- ハッピーバースデー! さあ、今夜はまだまだ忙しい。飛ばすぞー!
- トモリ
- イエー!
- END