- 魔王の城の近くの森。
ゆうしゃとせんし。
- ゆうしゃ
- 一つね、提案なんだけれども
- せんし
- おう。なんだよ
- ゆうしゃ
- 提案なんだけどね、聞いてくれるかな?
- せんし
- おう。聞くよ。なんだよ
- ゆうしゃ
- あのね、提案っていうのは、つまり、そのね
- せんし
- なんだよ。なんだよ。早く言えよ
- ゆうしゃ
- 提案っていうのはね、つまり、あれなんだよね。だから、あの、あれっていうのは
- せんし
- おい、いい加減にしろよ。さっさと言えよ
- ゆうしゃ
- あの、あのね、ここら辺りで、冒険をやめにしないかっていう、
あの、まあ、そういうあれだ、提案なんだけどね
- せんし
- おい、ふざけるな。本気で言ってるのか、それは
- ゆうしゃ
- 本気っていうか、あれだよ。提案だよ、提案
- せんし
- だから、本気でその提案をしてるのかって聞いてるんだよ、俺は
- ゆうしゃ
- 本気の提案っていうか、ただ提案しただけじゃないか。そんな本気にならないでくれよ
- せんし
- 今頃になってそんなこと言ってくるなんて信じられない。
駄目だ、それは。絶対駄目だ。おーい、みんな来てくれ
- まほうつかいとそうりょ、合流する。
- まほう
- え、なに?
- そうりょ
- どうしたの?
- せんし
- 勇者がさ、冒険をやめたいだなんて言うんだ
- そうりょ
- え、本当なの? それは
- せんし
- 本当なんだよ。信じられないだろ
- ゆうしゃ
- おい、戦士。それじゃニュアンスが違うじゃないか
- まほう
- え、じゃあ、言ってないんだね?
- せんし
- さっき確かに言ったじゃないかよ
- ゆうしゃ
- 言ったのは言ったんだけど、やめたいとは言ってないよ。
やめるのはどうだろうかって提案しただけで
- せんし
- そうなんだよ。提案してきたんだよ。信じられないだろう
- まほう
- え、ここまで来て本当にそんなこと言ったの?
- せんし
- そうなんだよ。魔王の城までもう少しだっていうのによ
- まほう
- 信じられない
- ゆうしゃ
- ただの提案じゃないか。ただの提案で、みんなそんな本気にならないでくれよ
- まほう
- でも、やめたいっていう気持ちが少しでもあったから、そういう提案をしてきたわけだよね?
そういう気持ちが全然なかったら、そんなこと提案してこないよね
- ゆうしゃ
- まあ、あの、それは、まあ
- せんし
- おい、勇者、どうなんだよ
- ゆうしゃ
- やめたいっていう気持ちがないって言ったら、それはまあ、ウソになるけど
- まほう
- 信じられない。勇者の意気地なし
- せんし
- 臆病者。勇者のくせに臆病者。お前のどこが勇ましいんだ
- そうりょ
- 魔法使いも戦士も、勇者のことそんな風に悪く言うのやめなよ
- まほう
- でも、僧侶さ、そう言うけどさ、旅しながら、勇者、こんなこと思ってたんだよ
- そうりょ
- 勇者には勇者の考えがあるかもしれないじゃない。
私たちは、どんな苦労だって一緒に乗り越えてきた仲間でしょ。違う?
まず、勇者がどうしてそう思ったのか、真意を聞くのが先じゃないかな
- せんし
- そうかもしれないな。なあ、勇者、お前はどうして冒険をやめたいなんて思ったんだ?
- ゆうしゃ
- いや、だからね、ただの提案じゃないかよ。ただの提案。
だからね、みんなそんな本気にならないでくれよ。頼むよ
- そうりょ
- ねえ、勇者。勇者はそれでいいの?
- ゆうしゃ
- 僧侶
- そうりょ
- 私は勇者が本当はどう思ってるのか言ってほしい。
そうじゃないと、やめるにしても続けていくにしても、仲間として信頼できない
- ゆうしゃ
- 僧侶
- まほう
- 思ってることがあるなら言えばいいんじゃないかな。せっかくの機会なんだしさ
- ゆうしゃ
- 俺ね、俺ね、実は俺ね
- そうりょ
- うん
- せんし
- さっさと言えよ
- まほう
- 戦士、勇者がちゃんと本音を言えるまで待とうよ
- せんし
- わかったよ
- ゆうしゃ
- 俺ね、実はね、自信がないんだよね
- そうりょ
- 自信? 魔王を倒せるかどうかの?
- せんし
- なんだよ。そんなことか
- まほう
- そんなことって?
- せんし
- そんなの俺にだってねえよ。魔王に挑んだ結果、俺たちは敗れるかもしれない。
でも、でもな、やるんだよ。俺たちは勇者ご一行様なんだからさ、
魔王を倒して世界に平和を取り戻す。それが俺たち勇者ご一行様の使命じゃないか。
怖がってなんかいられねえんだよ
- ゆうしゃ
- そうじゃないよ
- せんし
- ん?
- そうりょ
- そうじゃないって?
- ゆうしゃ
- 怖いわけじゃないんだよ。自信がないんだよね、俺は
- まほう
- 怖いっていうのとはどう違うの? それは
- ゆうしゃ
- 俺は自信がないんだ
- まほう
- だからさ、どう自信がないのかって聞いてんのよ
- ゆうしゃ
- 俺ね、本当に勇者なのかなって思ってさ
- まほう
- え?
- せんし
- 突然なに言ってるんだよ
- そうりょ
- そうよ。勇者は勇者じゃない。そんな大前提、自信なくなるなんてことあるの?
- ゆうしゃ
- 例えばね、戦士は自分から進んで戦士になってるし、僧侶は代々僧侶の家系だし、
魔法使いは本当に魔法を使える。でもね、俺の勇者は違う。
勇者は、選ばれし者がなれるものだから、だから
- まほう
- 勇者は自分が選ばれし者かどうかって自信がないってこと?
- ゆうしゃ
- そうなんだよ
- せんし
- 馬鹿だな。俺は勇者が、本当の勇者だと思うぜ。俺が勇者を勇者に選んでやる
- まほう
- 私もそうよ。勇者が選ばれし者じゃなくても、本当の勇者だと思うわ。
私も勇者を勇者に推薦するわ
- ゆうしゃ
- いや、戦士と魔法使い、気持ちは嬉しいけどそれじゃ意味がないんだよ
- せんし
- なんでそんなこと言うんだよ。人の親切をコケにしやがって
- ゆうしゃ
- でも、俺が選ばれし者かどうかを、本当の勇者かどうかを選ぶのは君たちじゃないからさ、
君たちがそう思ってくれていてもしょうがないんだ
- まほう
- じゃあさ、誰に選ばれれば、勇者は本当の勇者なの?
- ゆうしゃ
- わからないよ。わからないけど、俺には本当の勇者に選ばれたっていう実感がないんだ
- そうりょ
- いいんじゃないかな。それだったらそれで、別に
- ゆうしゃ
- え?
- そうりょ
- 考えなくてもいいことだと思うんだけど、それは
- ゆうしゃ
- いや、一番大事なことだと思うよ
- そうりょ
- 誰から選ばれるのかわかんないんだけど、選ばれし者だっていう実感があったら
魔王を倒せるかっていったらそういうわけでもないし。
私のお父さんは冒険をしない方の僧侶だったんだけど、
自分は選ばれし者だ、自分は本当の勇者だって言いはっていた人たちが何人も何人も
弱いモンスターに倒されて私の教会に運ばれてきたのね。
本当にみんな選ばれし者だったのかどうかはわかんないんだけど、
少なくても本人たちとそのパーティは本気でそう信じてたみたい。
だからさ、私は勇者に本当の勇者っていう実感があるかどうかっていうのは
別に関係ないと思う
- せんし
- 問題は俺たちが勇者を本当の勇者だと信じられるかどうかだよな。
俺は勇者を本当の勇者だって信じてるぜ
- まほう
- さっきも言ったけど、私も勇者を本当の勇者だと思ってるわ
- ゆうしゃ
- ありがとう、戦士と魔法使い
- まほう
- ねえ、僧侶だってそう思うでしょ
- そうりょ
- 私も勇者は本当の勇者だって思ってるし、
本当は勇者にだって本当の勇者だってそう思っていてほしい。
でも、でもね、問題はそういうことじゃなくてね
- せんし
- じゃあ、なにが問題なんだよ
- そうりょ
- 結局ね、勇者に魔王を倒す意志があるのかどうかっていうのが問題だと思う
- せんし
- 確かにそうだな
- ゆうしゃ
- でも、俺は勇者だっていう自信がないんだよ
- そうりょ
- だから、それは関係ないと私は思う
- ゆうしゃ
- 関係あるんだって、それは
- まほう
- で、結局どうするの? 私たちの勇者は魔王を倒しに行くの? 行かないの?
- ゆうしゃ
- 今ね、若い勇者が率いているパーティが活躍しているだろう。知ってるか?
- せんし
- 知ってるが、ヤツ等はまだまだ冒険の途中じゃないか
- ゆうしゃ
- その若い勇者は自分を選ばれし者だって言い張っている。
本当に本当の勇者なのかどうかはわからない。
でも、自信を持って自分のことをそう思ってるみたいなんだ
- まほう
- それで?
- ゆうしゃ
- 提案なんだけどね
- せんし
- また提案か。提案ばっかりだな、勇者は
- ゆうしゃ
- 魔王を倒すのを彼等に託すっていうのはどうだろうか?
- せんし
- 冗談じゃない。俺は絶対反対だ。反対、反対、反対
- ゆうしゃ
- 聞いてくれ、戦士。彼等は強い。しかも若いんだぜ。
これからまだまだレベルが上がってますます強くなるだろう。
彼等なら確実に魔王を倒して世界に平和を取り戻せる
- せんし
- そうしたら俺たちはどうなる?
- ゆうしゃ
- 俺たちには経験がある。若い彼等をサポートしてやることができる
- せんし
- それじゃ意味がない
- まほう
- 意味がないって?
- せんし
- それじゃ意味がないんだよ、勇者。お前がこんなに腰抜け野郎だとは思わなかったぜ。
お前のどこが勇者なんだ
- そうりょ
- 戦士。そんなこと言っちゃ駄目だよ
- せんし
- 何度だって言ってやる。勇者の腰抜け野郎、勇者の腰抜け野郎、勇者の腰抜け野郎。
お前のどこが勇ましいんだ。意味がないんだよ、それじゃあ
- まほう
- ねえ、意味がないってなによ?
世界が平和になるんだから、意味がないってことないんじゃないかな
- せんし
- だからそれじゃ意味がないんだよ、俺たちの手で魔王を倒して世界に平和を取り戻さなくちゃ。
俺はね、息子と約束したんだよ。パパの力で世界を平和にしてみせるって。
それで、パパとママとお前の三人で楽しいクリスマスを迎えようって。
もし、勇者の提案を受け入れるんだとしたら、どっちの約束も叶えられなくなってしまう
- まほう
- あー。そういうことね
- せんし
- そうなんだよ。だから困るんだよ。なあ、勇者、考え直してくれよ
- ゆうしゃ
- いや、でも、俺のはね、あくまで提案なんだから。これからみんなで話し合えたらと思うんだけども
- せんし
- 俺は絶対反対だ。俺たちの手で魔王を倒して世界に平和を取り戻したい
- まほう
- 私は勇者の提案に賛成かな
- せんし
- 魔法使い
- まほう
- 正直なところ、私たちもう辛くない? 私たち、もともと冒険のデビューが遅かったんだって。
勇者も戦士も体力とか素早さとか、レベルアップのたびに衰えていくし、
ダンジョンの階段を上ったときとか、すぐ疲れたって言ったり、
イベントに対して面倒臭いって文句言ったり、
私や僧侶だって呪文を唱えるとき口がまわらなかったり、
せっかく覚えた呪文がとっさに出てこないことがあったり。
それにあれだ、僧侶がせっかく回復の呪文を唱えてくれても、
昔みたいにヒットポイントが回復しきらなくて疲れが残るようになったし。
私たち、魔王と戦えるほど若くないと思うんだよね。
だから、私たちが魔王に挑むよりも、世界の平和のためにできることが他にあると思うんだよね
- せんし
- ちょっと待ってくれよ。僧侶は? 僧侶はどう思ってるんだよ
- そうりょ
- 私も、私たちが魔王に挑んで、やっつけて、世界の平和を取り戻すっていうのは
あんまり現実的じゃないと思う
- せんし
- わかった。わかったよ。俺だけが、このパーティで魔王に挑もうと思ってたんだな。
しかし、このパーティで魔王を倒すのは諦めるよ
- ゆうしゃ
- 戦士
- せんし
- でも、でもな、世界の平和を俺は諦めていない。でも、一人では魔王を倒しには行けない。
しかし、みんなが笑顔で幸せに暮らせる世界に俺は貢献したいと思ってる。
だから、息子との約束を守るために勇者の提案にのる
- ゆうしゃ
- 世界に平和が訪れるように、俺たちで若い勇者たちをサポートしてやろうぜ
- 全員
- オー
- 終わり。