- クリスマスイブの夜。ここは女、村上の家。村上は眠りにつく寸前。
 今夜はとなりに男、加藤も眠りにつく寸前。
- 村上
- サンタクロース、来てくれるかな。
- 加藤
- 来てくれるよ、きっと。
- 村上
- 卓巳君のプレゼントじゃ、ダメなんだからね?
- 加藤
- わかってるよ。俺のプレゼントはまた別。明日の朝は、きっと、サンタクロースからの
 贈り物が、枕元に置いてあるよ。
- 村上
- ふふ。サンタさんなんて、初めてだなぁ……。おやすみ。
- 加藤
- おやすみ。
- 村上の寝息。窓の開く音。
 窓から部屋に入ってくる男、岸田。床のきしみ。衣擦れ。
 加藤、体を起こす。
 岸田、動きを止める。
- 加藤
- ……うおっ。
- 岸田
- うおっ。
- 加藤
- えっ。
- 岸田
- あっ。
- 加藤
- えっ。
- 岸田
- いや。
- 加藤
- ……え、ちょ、やば! やよい、起きて!
- 村上、めざめる。
- 村上
- なに?
- 加藤
- えっ、誰、なに? やばい!
- 岸田
- あっ、ちょお、待って、
- 加藤
- おい!
- 村上
- ……え、なに!? 誰?
- 加藤
- え、誰、こいつ? やばい!
- 岸田
- ちゃう、でかい声、やめて。
- 村上
- なに、誰!?
- 加藤
- わかんない、やばい!
- 岸田
- いや、ちょ、
- 村上
- 誰!?
- 加藤
- やばい! 誰こいつ!
- 村上
- なに、誰!?
- 加藤
- あ、逃げる、ちょっ!
- 加藤、逃げようとした岸田を捕まえる。
 暴れるたび、クリスマスツリーに身体があたり、鈴が鳴る。
- 加藤
- やばい、どうしよう! 怖い!
- 岸田
- …放せて!
- 村上
- 誰!? なに!?
- 加藤
- わかんない、やばい! ツリーが、クリスマスツリーが引っかかってる!
- 岸田
- 痛い、痛い! 痛い!
- 加藤
- やばい! マジ、怖い!
- 村上
- 卓巳くん!
- 加藤
- お前、なんだよ、お前!
- 村上
- なに、そいつ!?
- 加藤
- いや、わかんない!
- 村上
- なに!? 誰!?
- 加藤
- ちょ、やよい、警察、呼んで!
- 村上
- 警察?
- 加藤
- 警察、呼んで!
- 岸田
- 痛い、痛い! 放してて!
- 村上
- え、警察呼ぶ?
- 加藤
- お前、逃げんなよ!
- 岸田
- 逃げへんから、痛い痛い!
- 村上
- 警察、なんて呼ぶ?
- 加藤
- 警察、呼んで!
- 岸田
- 警察はあかんて!
- 村上
- なに? 強盗?
- 加藤
- わかんないけど!
- 村上
- なんて言ったらいい? 強盗?
- 加藤
- わかんない! お前、なに、強盗?
- 岸田
- 強盗ちゃうて。
- 加藤
- 強盗じゃないって!
- 村上
- じゃあなに?
- 加藤
- じゃあなんだよ、お前!
- 岸田
- ちゃう、痛いねん。
- 村上
- ストーカー?
- 加藤
- お前、ストーカー?
- 岸田
- ちゃうって。
- 加藤
- 違うって!
- 村上
- え、じゃあ、なに? 誰?
- 加藤
- なんなんだよ、お前!
- 村上
- 怖い!
- 岸田
- あの、放して。
- 加藤
- やよい、警察、早く!
- 村上
- どういう、わかんない、なんて言ったらいい? 不審者?
- 加藤
- 不審者、不審者!
- 村上
- 不審者?
- 加藤
- あの、住居の、あれだよ、不法の、
- 村上
- なに?
- 加藤
- 犯罪だから。すでに! 住居の、不法の!
- 村上
- うん。(携帯電話を手に取る)
- 加藤
- 呼んでいいから、警察!
- 村上
- あ、もしもし。あの、えっと、今、家に、
- 岸田
- サンタクロースやから、サンタクロースやから! サンタクロースやから!
- 加藤
- は!?
- 岸田
- サンタクロースやから!
- 村上
- サンタクロース?
- 加藤
- やばいって、こいつ。
- 岸田
- ちが、やばないて。
- 加藤
- マジ、やばい、怖いって。
- 村上
- あの、今、家に、サンタクロースが。
- 加藤
- やよい、不審者だって!
- 村上
- あの、どうしよう、ごめんなさい、またかけなおします。
- 加藤
- ええ!?
- 岸田
- 大丈夫。ちょお、あの、大丈夫やから。
- 村上
- ……サンタクロースなの?
- 岸田
- サンタクロースやねん。
- 加藤
- サンタクロースじゃないって!
- 岸田
- ちょっと、あの、落ち着いて。もう、俺、体に力入れてへんから。抵抗してへんから。
 一旦、ちょっと、放そう。
- 加藤
- ……放していい?
- 村上
- 卓巳君、こっち、こっち来たほうがいいよ。
- 加藤、岸田から離れ、村上のそばへ。
- 加藤
- 怖い、やばい、涙出てきた。
- 村上
- 大丈夫?
- 加藤
- やばい。俺、怖くて泣いちゃったの、小学生以来だよ。
- 村上
- 卓巳君、ごめん、電話切っちゃった。
- 加藤
- いや、ダメだよ、マジで。
- 村上
- だって。
- 岸田
- あの、大丈夫やから。
- 村上
- はい。
- 岸田
- サンタクロースやから、俺は。
- 加藤
- やばいって。
- 岸田
- ほっほっほ。
- 村上
- でも「ほっほっほ」って、言ってるよ。
- 加藤
- だからなんだとしか。
- 岸田
- あの、一旦、部屋の電気つけて。落ち着こう。みんなで一回落ち着こう。
- 村上
- 電気、つけるね?
- 加藤
- うん。
- パチンと電気がつく。
- 村上
- わ。
- 加藤
- ……うわ、やばいって。
- 岸田
- やばないて。
- 加藤
- マジ、成人男性じゃん。
- 岸田
- いや。
- 加藤
- いや、やばいって。成人男性じゃん。関西の。
- 村上
- あの、サンタクロースの、服は?
- 岸田
- サンタクロースの服は、あのー、デザインが変わってん。
- 村上
- デザインが変わったの?
- 加藤
- え?
- 村上
- どうして赤い服から、その、灰色の、スウェットみたいな服に変わったの?
- 加藤
- やよい?
- 岸田
- そのー…、動きやすさを重視して、あのー、軽快な、配布を、プレゼントの軽快な配布を
 行えるようにと。あとは、まあ、財政難もあったもんやから。
- 村上
- 財政難?
- 岸田
- その、スウェーデンの。
- 加藤
- いや、お前の財政難だろ? お前は、お前の財政難により、その毛玉だらけのスウェットを
 着てるんだろ?
- 岸田
- いや、スウェーデンの。
- 加藤
- お前のだろ。
- 岸田
- スウェーデンの。
- 加藤
- こいつ、空き巣だよ。
- 村上
- あなた、サンタクロースじゃないの?
- 加藤
- え、やよい、こいつがサンタクロースの可能性を追うの?
- 村上
- だって、サンタクロースなんて、はじめて会ったから。
- 加藤
- いや、
- 村上
- あたしの家、サンタクロースが来たことないの、卓巳君も知ってるでしょ?
 枕元にプレゼントが置いてあったこともない。あたしんち、貧乏だったし、そういうの、
 してくれない家庭だったから。
- 加藤
- うん。
- 村上
- だから、サンタクロースかもしれないんだったら、あたしは、少しでもその可能性を
 信じたいし、サンタクロースだったらいいなって、思ってるよ。
- 加藤
- おい。
- 岸田
- はい。
- 加藤
- お前、俺の彼女、こういう、いい子なんだよ。
- 岸田
- はい。
- 加藤
- 切ない背景を持つ、いい子なんだよ。
- 岸田
- うん。
- 加藤
- それでもお前、やるのか?
- 岸田
- え?
- 加藤
- サンタクロースでお前、やっていくんだな?
- 岸田
- はい。
- 村上
- 今日は、どうやってここに?
- 岸田
- 総武線で。
- 村上
- 総武線?
- 岸田
- いや。
- 加藤
- なんだお前。
- 岸田
- あのー、トナカイで。
- 村上
- 総武線って、電車?
- 岸田
- いや、総武線っていう、トナカイで。オスの総武線と、メスの井の頭線で。
 真っ赤なお鼻の。トナカイさん。いつもみんなの笑いもの。
- 加藤
- お前だよ。
- 村上
- トナカイはどこに?
- 岸田
- 今、表の駐車場に。
- 村上
- 見てもいいですか?
- 岸田
- あかんよ。
- 村上
- どうして?
- 岸田
- そんなん、姿を見られたらあかんっていうのが、あの、ルールやから。
 今ここでこうしているのも、あとでごっつ怒られるから。
- 村上
- 誰に怒られるの?
- 岸田
- あのー、スウェーデンに。
- 村上
- スウェーデンの、誰?
- 岸田
- スウェーデンや。
- 村上
- サンタさんは、子どもにプレゼントするんじゃないの?
- 岸田
- うん。
- 村上
- あたし、子どもじゃないけど。
- 岸田
- でも、ほら、さっき、その、家庭の事情で、な。プレゼントがもらえなかったと。
 それはあかんやないかと、スウェーデンで話になったんや。
- 加藤
- お前スウェーデン万能じゃねえぞ。
- 岸田
- せやから、こうしてプレゼントをお届けにあがった次第です。ほっほっほ。
- 村上
- え、でも、じゃあなんで子どもの頃は来てくれなかったんですか?
- 岸田
- なんですか?
- 村上
- 子どもの頃に、普通に、来てくれたらよかったじゃないですか。
- 岸田
- うーん。
- 加藤
- がんばれサンタ。
- 村上
- なんで子どもの頃に来てくれなかったんですか?
- 岸田
- いや、行ってたは行ってた思うけどね。
- 村上
- え?
- 岸田
- 行ってたは行ってたんちゃうかな、普通に。
- 村上
- プレゼントは?
- 岸田
- プレゼントも、まあ、置いてたは置いてたやろ。
- 村上
- え、でもあたし、見たことないよ。
- 岸田
- あれちゃいますかね。両親があれしてたんちゃいますかね。
- 加藤
- ええ?
- 岸田
- やっぱりこう、貧乏ってこともあって、ね。こっそり。
- 加藤
- ええ……?
- 村上
- そうなの?
- 岸田
- そうなんちゃいますかね。
- 加藤
- いやいや、やよいちゃん、違うよ。やよいちゃんのご両親、そんな人じゃないよ。
 こいつ、なんてこと言うんだよ。サンタクロースじゃないよ。
- 村上
- サンタクロースじゃないのかな。
- 加藤
- 残念だけど、こいつは、犯罪者だよ。
- 村上
- サンタクロースじゃ、ないんですか?
- 岸田
- まあ、サンタクロースやと思ってれば、サンタクロースなんちゃいますかね。そこはもう、
 信じる人を相手にやってることですから。そんなんもう、あれですよ。
 ガンガン来られても、ね。逆に、こっちかて、そこまでサンタクロースだってことを
 証明する義理もないというか。そこはもう、ほなさいならですわ。
- 加藤
- お前マジで最低だな。
- 村上
- 今日、プレゼントは?
- 岸田
- はい?
- 村上
- プレゼント、持ってきてくれたんじゃないの?
- 岸田
- まあ、はい。
- 村上
- どこ?
- 加藤
- いや、もう、手ぶらだもん。
- 岸田
- いや。
- 加藤
- ないんだろ? プレゼント。
- 岸田
- いや、ありますけどね。サンタクロースなんで。
- 加藤
- ねえだろ。
- 岸田
- いや、サンタクロースなんで、ありますけどね。
- 加藤
- どこにだよ。
- 岸田
- 今はちょっと、表のトナカイのとこに置いてきてもうたけど。
- 加藤
- なんで置いちゃってんだよ。じゃあ何しに入ってきたんだよ。手ぶらで。
 それはもうお前、サンタクロースだとしても怖えよ。
- 岸田
- ほな取ってくるがな。
- 加藤
- ダメだよ、お前逃げるだろ。
- 村上
- ……サンタクロースじゃないんだね。
- 村上、泣き始める。
- 加藤
- やよい。
- 村上
- ううん、大丈夫、卓巳君。そりゃそうだよね。だけど、サンタクロースだったら
 いいなって、思っちゃって。そんなわけないのにね。ごめんね。
- 加藤
- ……お前、ちょっとこっちに来い。
- 岸田
- え。
- 加藤、岸田に小声で、
- 加藤
- タンスの裏に、プレゼントがあるから。
- 岸田
- は?
- 加藤
- 俺が用意した、サンタクロースからのプレゼントだよ。
- 岸田
- え、くれんの?
- 加藤
- なんでだよ。
- 岸田
- 俺、空き巣やし。
- 加藤
- 犯罪者が!
- 岸田
- きよしこの夜に家おる思わんがな。
- 加藤
- 早くそれ取って、やよいに渡してやってくれ。
- 岸田、タンスの裏を探って、プレゼントを見つける。
- 岸田
- あった。
- 加藤
- 渡してやってくれ。見逃してやるから。
- 村上
- (鼻をすすっている)
- 岸田
- ほっほっほ。やよいちゃん。
- 村上
- え?
- 岸田
- ほっほっほ。プレゼントだよ。
- 村上
- ほんとに?
- 岸田
- ほっほっほ。驚かせてごめんねぇ。
- 加藤
- ほら、やよい、良かったな。サンタさん、来てくれたな。
- パトカーのサイレンが聞こえる。
- 加藤
- あ、警察だ。
- 岸田
- え、やば。
- 村上
- サンタさん、ありがとう。
- 岸田
- うん、ほな、サンタのおっちゃん帰るわ。
- 加藤
- ダメだよお前。
- 岸田
- なんでやねん、ええやろ!
- 加藤
- おい、逃げるなよ!
- 岸田
- いや、サンタクロースやったやんけ、なんやねん! 見逃してくれや!
- 岸田、窓から逃げる。ツリーの装飾が体に引っかかる。
- 岸田
- ああ、もう、鈴が身体にひっかかる!
- 加藤
- シャンシャンうるせえな!
- 岸田
- おりゃあ!
- 岸田、窓から飛び降り、シャンシャンと走り去る。
- 加藤
- あ、おまわりさん! あの人です! あの人、捕まえてください!
- 村上
- 卓巳君。あの人、サンタクロースじゃないの?
- 加藤
- あのー、おまわりさん! あの人、……サンタクロースなんで!
 あのサンタクロースを、捕まえてください!
- 鈴が遠くなっていく。
- END