- 人々が慌ただしく走り回る、師走―。ここはドッペルゲンガー警察署。
電話がけたたましく鳴る。
- ミクロン
- はい、こちらドッペルゲンガー警察署。
- 山田
- あの・・・。
- ミクロン
- どうしました?
- 山田
- 盗まれたんです・・・!
- ミクロン
- 盗まれた?金ですか、宝石ですか?
- 山田
- いいえ、心です。私の心を盗まれました・
- サイレンの音。
- ミクロン
- 2017年、12月。私の勤務するドッペルゲンガー警察署管内において、
重大事件が発生した。盗まれたものは、心。私は部下のゴッディー刑事と共に、被害者・山田の自宅へ、途中でドーナッツなどを買いながら急行した。
- 山田宅。
- ミクロン
- それで、盗まれたのはいつですか?
- ゴッディー
- ミクロン警部、ドーナッツ、どれにします?
- ミクロン
- ドーナッツは後だ。
- 山田
- 僕もいただいていいですか。
- ゴッディー
- ダメです。これは我々のポケットマネーで買ったものですから。
- ミクロン
- やれ。
- 山田
- ありがとうございます。
- ゴッディー
- いやだ!これは僕の金で買ったドーナッツなんだ!
- ミクロン
- ゴッディー刑事!
- ゴッディー
- いやだ!いやだああ!!!
- ミクロン
- わかったわかった。山田さん、ドーナッツはあなたにはやりません。
- 山田
- 食べたかったなあ。
- ミクロン
- それで、盗まれたのは、いつ?
- 山田
- 一週間前です。
- ミクロン
- 一週間前。
- 山田
- 僕が会社の帰りに、おしゃれな若者を呪いながら
梅田を歩いているときのことです。
ねえ、梅田にいる若者って、人生で一番楽しい時期を謳歌している
みたいで、常にむかつくんですが、警部さんはどうですか?
- ミクロン
- 特にむかつきませんな。で、心を盗まれたのは、どこ?
- ゴッディー
- 僕はわかりますよ。銃で撃ちたくなりますからね。
- 山田
- お仲間だ。
- ゴッディー
- ドーナッツ、食べてもいいですよ。
- 山田
- それでは。
- ミクロン
- こらこら二人。それで、盗まれたのは、どこ。
- 山田
- このシュガードーナッツのおいしさときたら。
- ゴッディー
- でしょう。
- 山田
- もう盗まれたことなど、どうでもよくなりますな。
- ミクロン
- 帰ろうか、ゴッディー刑事。
- 山田
- 待ってください。お話します。
- ミクロン
- そらきた。
- 山田
- ちょうど僕が観覧車に乗っていた時のことです。
- ミクロン
- 誰と乗っていたのですか?
- 山田
- 一人ですよ。悪いですか?!
- ゴッディー
- 悪くない!あなたは何も悪くない!警部、この人はもてないんですよ!
もてないやつが一人で観覧車に乗ってはいけないとでも言うんですか?
- ミクロン
- 決して言わない。もてないやつも観覧車に乗ればいい。
- ゴッディー
- ハッ。上から目線だ。
- ミクロン
- ゴッディー刑事・・・。先に帰るか?
- ゴッディー
- おとなしくしますから・・・。
- ミクロン
- それで?
- 山田
- (泣いている)もてないのは・・・僕のせいじゃない。
- ミクロン
- あっ、一粒の涙が。
- ゴッディー
- (もらい泣き)泣かないで。
- ミクロン
- お前までなんだ。(もらい泣き)うっ。
- 三人、泣く。
- ゴッディー
- 泣くなよ。
- 山田
- 刑事さんこそ。
- ミクロン
- なんで涙って出るんだろうな。
- 山田
- フー、スッキリした。涙を流すと、悩んでたことがどうでもよくなりますね。
- ミクロン
- 同感ですな。それで?
- 山田
- 私の乗っていた観覧車の隣に乗っていたのが、彼女だったんです。
- ミクロン
- ・・・どんな女だったんです?
- ゴッディー
- 当てていいですか?
- ミクロン
- ダメだ。
- 山田
- 美しいとしか言いようのない女です。
あの、えも言われぬ妖艶なまなざし・・・。
それ以来、私は、彼女のことばかり考えしまうのです。
仕事も手につかないし、食事もできない。
- ゴッディー
- ここにファミレスの領収書が。
- 山田
- いやまあ、ちょっとは食べますよ。
- ゴッディー
- ハンバーグランチ大盛りにフライドポテト大盛り、
マンゴーパフェの大盛りまで。
- 山田
- ああ。
- ミクロン
- ゴッディー刑事。ファミレスでどれだけ食べようと、個人の自由だ。
- ゴッディー
- そうだよなあ。
- ミクロン警部、ゴッディー警部、帰りのパトカーに乗っている。
- ゴッディー
- しかし妙な事件ですね。心を盗まれる、か。
- 電話がかかってくる。
- ミクロン
- はい。こちらミクロン警部。・・・何?わかった。(切る)
ゴッディー警部、そのまま吹田へ回ってくれないか。
- ゴッディー
- えっ?
- ミクロン
- 第二の被害者が出た。
- 第二の被害者・高井田の家。
- 高井田
- 田舎の母がね、電話でせっつくんですよ。
お前、いつ結婚するんだって・・・。それがつらくて・・・。
- ミクロン
- わかりますよ。それで、あなたがその女にあったのはいつです?
- 高井田
- あれは、母が金曜日に電話をかけてきた時だから・・・金曜ですね。
- ミクロン
- なるほど。
- ゴッディー
- 近所にお見合いババアでもいないですか?
見合いの成婚率って、すっごく高いんですよ。
- 高井田
- いやしかし、僕は結婚相手は自分で見つけたく。
- ゴッディー
- そのプライドいらなくないですか?
- ミクロン
- ゴッディー刑事。我々の仕事はこの人を結婚させることではない。
- ゴッディー
- そうだよなあ。
- ミクロン
- それで、場所は?
- 高井田
- 京橋です。大阪城公園の、お堀をずっと見ていたら、
ふいにいい匂いがして・・・。
彼女がいたんです。
- 帰りのパトカーの中。
- ゴッディー
- 第二の被害者か・・・。彼らのいう「彼女」とは、同じ人物ですかね。
- ミクロン
- だろうな。
(電話かかってくる)もしもし?何?第三の被害者が?わかった。
(電話がまたかかってくる)もしもし。何?第四の被害者が?
(また電話)もしもし。第五、第六、・・・第50の被害者まで出た?
- ゴッディー
- 第50?
- ミクロン
- 被害は拡大の一途をたどっているようだ。
- ゴッディー
- 被害者宅に事情聴取に行きますか?
- ミクロン
- もういいだろう。めんどくさいし・・・。
どうせみんな同じようなことしか言わんと思うし・・・。
それよりは、その女を見つける方が先決・・・
- その時、人々の、「ああ!」「なんて魅力的なんだ!」「なんてフェロモンだ!」「俺はもうダメだ。」などの声が聞こえてくる。
- ミクロン
- もしかして?
- 「付き合いたい!!」「彼女とは別れますから!」
- ミクロン
- どこだ?どこにいる?
- ゴッディー
- はっ!!あれを見てください、ミクロン警部!
- ミクロン
- どれだ!
- ゴッディー
- あの靴屋、歳末セールで90パーオフですって!
- ミクロン
- バカヤロウ!!
- フェロモン
- 坊やたち、私の後をついていらっしゃい!
- 坊やたち
- (口々に)待ってー!
- ミクロン
- あそこだ!追え!
- ゴッディー
- 靴が見たい・・・!
- ミクロン
- それは後だ!!
- ゴッディー
- 後にはできない・・・!靴がボロボロなんだ!!
- ミクロン
- ゴッディー刑事!!
- その時、ミス・フェロモンが二人の横を通り過ぎる。
- フェロモン
- ほほほ。こっちよ~。こっちよ~。
- ゴッディー
- なんて魅力だ!(叫び声を上げ、倒れる)
- ミクロン
- 待て!!
- ミクロン警部、ミス・フェロモンを追いかける!
- ミクロン
- なんて速いんだ!
- フェロモン
- まあ。なんてこと。この私の俊足についてこれる男がいたなんて。
- ミクロン
- おーーーー!!
- フェロモン
- あ、あ、追いつかれる!ああ、ああ!!
- ミクロン警部、ミス・フェロモンにタックル。二人、地面に滑り込む。
- フェロモン
- ずいぶん手荒な坊やね。
- ミクロン
- 俺は、こういうもんさ。(警察手帳を出す)
- フェロモン
- 警察?
- ミクロン
- あんた、ずいぶん心を盗んでいるね。
- フェロモン
- ふん。わざとやってるわけじゃないわ。
みんなが勝手に私にお熱になるだけよ!
- ゴッディー
- (追いついてきて)ミクロン警部。
- ミクロン
- ゴッディー刑事。
- ゴッディー
- どうしますこの女。(銃を出して)殺しますか。
- フェロモン
- ひいっ。
- ミクロン
- やめろ。この人は別に犯罪を犯しているわけじゃない。
- ゴッディー
- わかってましたよ。あなたがおかしいということがね。
- ミクロン
- えっ?
- ゴッディー
- よりにもよって、犯罪が多発する師走にこんな事件を追うなんて。
ていうか、これは事件でもなんでもない。単に彼女がもててるだけだ。
- ミクロン
- ぐうう。
- ゴッディー
- ミクロン警部。あなたの狙いは何です?
- ミクロン
- 俺は、恋ができないんだ・・・。
- ゴッディー
- ミクロン警部?
- ミクロン
- はは、笑えよ・・・。そういう体質なのさ。だからあんたを追ったのさ。
あんたなら、俺を恋に落とすことができるかもしれないと思ってね。
- フェロモン
- そうだったの。
- ゴッディー
- 警部・・・!恋のない人生なんて、モノクロ写真さ。
- ミクロン
- お嬢さん、俺の人生に色を付けてくれないか・・・。
- フェロモン
- わかったわ。私はね、生まれながらにフェロモンを自由自在に操れるの。はーっ!
- フェロモンが、あふれだす。
- ゴッディー
- なんてフェロモンだ!!あんたが一番好きだ・・・!!
- フェロモン
- どう?
- ミクロン
- えっ。何が。
- フェロモン・ゴッディー
- 効いてない!
- ミクロン
- ダメか・・・。
- フェロモン
- たまらない。こんな人、初めて・・・。
- ゴッディー
- えっ。
- ミクロン
- 雪だ・・・。
- フェロモン
- 腕、組んでいい?
- ミクロン
- どうぞ。
- ゴッディー
- 付き合っちゃうの?
- ミクロン
- せっかくだしな・・・。
- ゴッディー
- そして彼らは付き合い始めた。
- 数日後。
- 高井田
- こんにちは。
- ゴッディー
- あっ、あなたは。
- 高井田
- 僕の心を盗んだ彼女は、見つかりましたか。
- ゴッディー
- 見つかっておりません。
- フェロモン
- ミクロン警部、マカロンよ。あーん。
- ミクロン
- あーん。うーん、彼女って、いいものだなあ。
- 高井田
- ああっ!!
- ゴッディー
- いろいろあるから!人生っていろいろあるから!!
- 高井田
- ナイフ、ありますか?
- ゴッディー
- ありますよ。どうぞ。一体何に使う・・・
- ミクロン警部、刺される。
- ミクロン
- ああーっ!!
- ゴッディー
- ミクロン警部―!!!
- ミクロン
- こうして私は病院に搬送された。
もてる女と付き合うのは危険なことだと、今回の事件は教えてくれた。
刺されたときは死ぬかと思ったが、クリスマスには退院できるらしい。
こんなに軽症で済んだのも、天使が通ったからかもしれないな。
- おしまい。