- クリスマスイブの夜。ここはサンタクロース東京営業所。
電話が鳴る。
- サンタ
- はい、お電話メリークリスマス。こちらサンタクロースです。
はい、プレゼントの配達ですね。お子様へでしょうか。
はい、ええ、二人兄弟ですね。
商品は? あ、お手紙を書いてくださっている。なるほど。
お客様ファックスはお持ちでしょうか。あ、持ってない。
ああ、いえいえ、最近はお持ちでない家庭も多くございますから。
そうしましたらですね、お客様のお子様のお手紙をスキャンしていただいて、
PDFでお送りいただければ対応もさせていただきますし、
スマートフォンで撮影したものを添付していただいても結構でございます。
あ、もちろん、今読み上げていただいても大丈夫なんですけれども。
あ、そうですね、忙しい? ですよね。ええ、ええ。わかりました。
それではホームページのほうからメールをお送りいただけますので、
そちらからよろしくお願いいたします。
はい、いつもメリークリスマスです。はい、それでは失礼クリスマス。
- 電話を切る。
- サンタ
- ふう。参ったな。そろそろ配達に回り始めないと、間に合わない。
- ノックの音
- はるな
- ごめんください。サタンさんのお宅でしょうか。
- サンタ
- 女の子の声。参ったな、こんなときに。
はい、サンタですが。
- はるな
- サンタ? サタンじゃなくて?
- サンタ
- どうぞ、おあがりください。
- 扉の音
- はるな
- おじゃまします。
- サンタ
- 入ってきたのは、十代の女の子。高校生くらいだろうか。
どうぞ、おかけください。ちょっと今ばたばたしていましてね。
- 電話が鳴る
- サンタ
- ああ、すみません。はい、お電話メリークリスマス。こちらサンタクロースです。
はい、プレゼントの配達ですね。五年間交際なさっている恋人へ。
かしこまりました。
今回はプロポーズでしょうか。あ、違う。ああ、ええ、そうですね。
プロポーズならご自分でお選びになられますものね。失礼いたしました。
はい、ええ。カルティエの、かしこまりました。
それでは本日未明にはお届けに上がりますので、あ、直接?
お客様からお渡しになられなくて大丈夫ですか?
あ、なるほど、わたくしのほうから。
かしこまりました。こちら一般サンタのコスチュームでよろしいでしょうか。
そうですね、有料オプションとなりますが漆塗りのサンタコスチュームに変更することも可能ですが、あ、結構でございますか。かしこまりました。
そうしましたらですね、ご指定のフォームにご送付先のほうをお送りくださいますようよろしくメリークリスマス。はい、それでは、失礼クリスマス。
- はるな
- 忙しそうだね。
- サンタ
- ええ、そうですね。ごめんなさい。何か飲まれますか?
- はるな
- サタンさんに、お願いがあるの。
- サンタ
- あの、失礼ですが、わたくしはサンタでありまして。
もしや、お間違えになられているのではないでしょうか。
- はるな
- けんじくんに、毒を届けてほしいんです。
- サンタ
- ど、毒?
- はるな
- できれば、致死性の高くて、即効性のあるものを。
- サンタ
- あーっ…と。そちらおそらく確かにサタンのほうの案件かと思われますので、
ここを出て右に曲がってまっすぐ行った先に、サタンの営業所がございますので、
そちらのほうに行っていただければ。
- はるな
- でも、毒をプレゼントしたいだけだよ?
- サンタ
- 毒をプレゼント、というのは……。
- 電話が鳴る
- サンタ
- ああ、もう。すみません。
- はるな
- ねえ、ダメなの?
- サンタ
- ちょ、ちょっと待ってくださいね。
はい、お電話メリークリスマス。こちらサンタクロースです。
- けんじ
- あの、サンタクロースさんって、プレゼントを届けてくれるんですか。
- サンタ
- はい、プレゼントの配達ですね。承っておりますよ。ご自分へでしょうか。
- けんじ
- はい、そうです。
- はるな
- ねえ、聞いてる?
- サンタ
- ちょ、ちょっと待ってくださいって。
- けんじ
- 待つ?
- サンタ
- ああ、いえ、こちらの話です。
- けんじ
- プレゼントって、どんなものでも大丈夫なんですか。
- サンタ
- どんなものでもとおっしゃいますと。
- けんじ
- 例えば、人、とか。
- サンタ
- 人、というと、それは生きている、実際に存在する人物ということでしょうか。
- けんじ
- はい。
- サンタ
- あー、それはですね、どうでしょう。
- はるな
- ねえ、あたしの話、聞いてよ。
- はるな、電話を切る
- サンタ
- あ、ちょっと、困りますよ、お客さん!
- はるな
- 喧嘩したの、彼氏と。
- サンタ
- ああ、そうですか。しかし、それでも毒というのは。しかもこんな夜に。
- はるな
- わざわざここまで来たのに。
- サンタ
- ああ、もう、ちょっと待ってくださいね。
- サンタ、携帯電話をかける。
- はるな
- 携帯電話?
- サンタ
- サタンにつなぎますよ。こっちの電話は仕事で使いますから、携帯で。
ああ、もしもし。サタンですか。
いつもお世話になってクリスマス。サンタクロースです。
- サタン
- ああ? サンタ? なんなんだよ、こんな夜に。
- サンタ
- えーとですね、こちらに今、そちらのほうの営業所と間違えてきてしまった
お客様が来られているんですけれども。
- サタン
- 知らねーよ、バカ。うちが営業してるわけねえだろ、クリスマスイブだぞ、
今日は。仕事なんかやってねーっつーの。
- サンタ
- いや、それは承知なんですけれども。
- はるな
- ねえ、電話変わって。
- サンタ
- ちょっと、お電話、お客様と変わりますね。
- サタン
- バカヤロー、今俺は天使たちと七面鳥食べてて、忙しいんだよ。
- はるな
- もしもし、サタンさんですか。
- サタン
- ああ、なんだ、お前か。クリスマスイブの夜にサタンに仕事を頼みてーなんて、
すっとんきょうな奴は。しかも女かよ。
- はるな
- 毒を届けてほしいんです。
- サタン
- 毒だぁ?
- 電話が鳴る
- サンタ
- はい、お電話メリークリスマス。こちらサンタクロースです。
- けんじ
- あの、さっき電話が切れちゃったんですけど。
- サンタ
- ああ、先ほどの。大変失礼いたしました。
- はるな
- 彼氏と喧嘩してしまって。
- サタン
- けっ。単なる痴話げんかかよ。
- はるな
- 許せないんです!
- サタン
- 何があったんだよ。
- サンタ
- それで、プレゼントが、確か人とおっしゃいましたけども。
- けんじ
- その、彼女なんです。
- サンタ
- は? 彼女?
- けんじ
- 実は、彼女と喧嘩をしてしまいまして。
- はるな
- けんじくんったら、クリスマスイブの夜にまで仕事入れてて。
- サタン
- そいつもすっとんきょうだなぁ。こんな夜に働くなんて。
- はるな
- 悔しいから、職場に毒でも届けてやろうと思って。
- サタン
- そいつはいいが、てめーでやりな。俺んところは店じまいなんだ。
- サンタ
- 彼女をどちらに届ければよいと?
- けんじ
- 僕の職場です。仕事が忙しくて、彼女と会うことができなくて。
それで、すっごく怒らせてしまったんです。
- サンタ
- なるほど、彼女のお名前は?
- けんじ
- はるなです。
- はるな
- けんじくんに、毒を届けてください。
- けんじ
- はるなを、僕の所へ届けてください。
- サンタ
- しかしですねぇ。
- サタン
- こんな夜になぁ。おい、女、ちょっとサンタと代われ。
- はるな
- はい。
- サンタ
- はい、お電話代わりました。サンタです。
- サタン
- おめーよ、この女、けんじくんとやらのところに届けろ。
- サンタ
- えっ、毒じゃなくて?
- サタン
- こんな夜に毒の手配なんかやってられるかよ。
もともと好き同士なんだ。会えばなんとかなんだろ。
- サンタ
- しかし僕も、相当忙しくて。
- サタン
- 知らねーよ、バカ。エンジェルちゃん、お待たせー!
- エンジェルたち
- もーっ、こんなときに仕事の電話ぁ?
ダーリンったらぁ!
- サタン
- ごめんごめんっ、てへへへへ。
- サタン、電話を切る。
- サンタ
- あー、えーと、もしもし?
- けんじ
- はい。
- サンタ
- そうしましたらですね、はるなさんとやらを職場のほうへお届けに上がりますので、
- はるな
- え? あたし?
- サンタ
- え?
- はるな
- あたしをどこに届けるの?
- サンタ
- あれ、お客様、はるなとおっしゃる?
- はるな
- うん。
- サンタ
- えーと、毒を届けたいのは?
- はるな
- けんじくん。
- サンタ
- あ、もしもし。すみません、お客様のお名前をお願いいたします。
- けんじ
- けんじです。
- サンタ
- ああ…、そう。
- 鈴の音の音楽
- はるな
- わー、すごい! ソリって初めて乗った!
- サンタ
- お客様、寒くないですか?
- はるな
- うん。
- サンタ
- ちょっと何件か寄らせていただいてから、けんじ様の職場へ向かいますので。
- はるな
- プレゼント、届けるの?
- サンタ
- もちろんです。
- はるな
- みんな、自分で届ければいいのにねーっ。
- サンタ
- 忙しいんですよ、みなさん。もちろん、けんじくんも。
- はるな
- でも、クリスマスイブの夜だよ?
- サンタ
- 年末ですし、人によっちゃ、もっとも忙しい時期ですよ。
それに、はるなさんだって、毒を届けるのならご自分でなさったらいいのに。
- はるな
- 毒なんて、どこで買ったらいいのかわかんないし。
- サンタ
- どうするおつもりですか。けんじ様のもとへ着いたら。
- はるな
- うーん。とりあえず、毒舌かな。
- サンタ
- なるほど、毒舌。
- はるな
- バカヤロー、なんでこんな夜に仕事なんかしてんだーって!
- サンタ
- おっほっほ。いやぁ、笑えませんな。
- はるな
- サタンでさえ、今日は天使と遊んでんだぞーっ、って。
- サンタ
- みんなが幸せな日、その幸せは誰かが支えているものなんですよ。
サタンの相手をしているエンジェルだって、遊んでるわけじゃなく、
がっつり仕事なんですから。
- はるな
- ふうん。今夜はやっぱり、忙しいの?
- サンタ
- ええ、あと三百二十四件回らなきゃなりません。
- はるな
- うわー!
- サンタ
- きっとけんじ様も、今おおわらわなんでしょう。
- はるな
- ふーんだ!
- サンタ
- それじゃ、急ぎますよ! そーれっ!
- ソリはどんどん、加速していく
- END