- 冬の街角、男がたっている。
音楽
男の声はハツラツとしている。
くらさがない。
- 男
- どなたか、僕の手を握っていただけませんでしょうか。
- 女
- 冬の街角で、その男は、道行くすべての人に手を差し出していた。
- 男
- 僕の手を握っていただけませんか。
- 女
- 大通りの交差点にあるファーストフードの前に男はたっている。
私は店のなかから、その男の様子を見ている。、かれこれ一時間たつ。誰も男に近づかない。
- 男
- 僕と、あ、あ、(派手なくしゃみ)
- 男
- ふーーー
- 男少し肩を落として落ち込み、
- 男
- よし。・・・よし。
- 男、気合を入れ直している。自分に語りかけている。
- 男
- どなたか、僕と握手をしてくれませんか!!
- 大きな声だった!
女動揺してコーヒーなどをこぼしている。
- 女
- び、びっくりした。。。!
- 男
- おーーーーーーーい。
- 道行く人は誰も振り返らない。まるで何事もなかったかのように、店内の会話も途切れない。
- 女
- こんなに大きな声なのに、、、みんな、スルーがとても上手。
・・・それとも、もしかして、私にしか、見えないとか?いやいやそんなはずはない。
グレイとホワイトの冬の街を背景に、紺色の大きなコートと、黒いマフラーをした男の背中。
たちのぼる白い息もしっかりと見える。
- 男
- 僕の手を取ってくれませんか。
- 女
- あ、ひとりの子供が立ち止まった。黄色いコートを着た女の子だ。男をじっと見上げてる。
- 男
- ・・・やあ。
- ママ
- なにしてるの、いくわよ。
- 女の子
- ママ。
- ママ
- さあ、遅れるわ。
- 女の子
- あのね。
- ママ
- はやくなさい!
- 女
- ああ、連れて行かれた。女の子は何度も何度も男を振り返ってる。
- 男
- さようなら!気をつけて、道が凍ってるから。
- 女
- 女の子を見送る男の横顔。重ためのまぶたと大きな鼻。薄い唇。
- 男
- さようなら。
- 女
- 私、この人を知ってるわ。
お父さんだ。
- 男
- おーーーーーーい。
- 女
- しかも、若い頃の、若い頃のお父さんだ!
- 男
- おーーーーーい。
- 喧騒とポップな音楽が急になり始める。
さっきまでは暗かった。
- 女
- 私の頭のなかで、音楽がなり始める。
なんなの。どうして。
そこからは全てがスローモーション。手にもったコーヒーを思わず落として、
黒いミルククラウンが床にできる。スローモーション。
同時に食べかけたポテトフライが空を舞い、ハンバーガーのパンと肉と野菜が空中でぱかっと分解。
それもスローモーション。
- 男
- おーーーーい
- 女
- 立ち上がる私。まだ空間に舞ってるポテトフライ。パンと肉の距離がゆっくりと開いていく。
レタスが天使の羽みたいに空中で舞っている。
かたわらの、椅子に置いてた白いマフラーを首にひっかける。
わたし RPGの勇者みたい。
白いマフラーを後ろに長くはためかせたまま、自動ドアに向かってる。
- 男
- 僕の手を
- 女
- 父は、去年死んだ。
- 男
- とってくれませんか。
- 女
- 事故だった。
そのまま誰にも気づいてもらえず、明け方、道路の真ん中で、冷たくなって見つかった。
- 女
- 私は店を出て、父の前にたった。
- 男
- ・・・やあ。
- 女
- (ささやく心の声)やっぱりお父さんだ。
- 男
- こんにちは。
- 女
- (心の声)なんてキュートに笑うの!でも、この人、私のこと、わかるかしら。
- 男
- おじょうさん。
- 女
- (心の声)やっぱり、わからない?
- 男
- あのう
- 女
- (心の声)私のこと、わからない?
- 男
- 困りました。そう黙ってられると。
- 女
- (心の声)しまった!
(声に出した)こんにちは!
- 男
- 笑。やあ、こんにちは。
- 女
- 私のこと、わかりますか。
- 男
- あなたのこと。ええと、ごめんなさい。
- 女
- (心の声)わからないんだ。ちょっとまってなにこの状況。タイムスリップ?それとも幻想?
- 男
- 僕にわかるのは、-僕の目の前に、あなたがいるということだけ。それだけですが。
- 女
- また笑った!なんてキュート。父の笑顔そのままだわ。
- 男
- いま、僕は実験をしてるんです。
- 女
- えっ
- 男
- 実験をしてるんです。
こうして街頭にたって、見ず知らずの誰かが、僕の手を取ってくれたなら、僕のために、
手袋もとって、僕と握手してくれたなら、僕の人生は、この先まったくもって大丈夫になる。
- 女
- なにそれ!
- 男
- わははは!ですよね。
- 女
- ご、ごめんなさい。
- 男
- いや、いいんです。しごくまともな反応です。我ながらおかしなことをしてると思ってます。
- 女
- 私は思いっきり首を降った。だってそれはとても父らしかったから。
- 音楽、ピアノ系、過去へ帰っていく。
- 女
- 父は少し変わっていた。人の善良さをどこまでも信じてた。口癖は、いつもこう。
- 男
- (ささやく)とうこちゃん。
- 女
- わたしのなまえ。
- 男
- (ささやく)とうこちゃん。お父さんはね、信じているんだよ。
わるい心やいじわるな心は、宇宙の霧のもので、どこにでも漂っているけれど、
人の心の中からはやってこないんだ。
- 女
- じゃあどうして悲しい事件は起こるの。
- 男
- とうこちゃん。誰がなんと言ったって、君は信じちゃいけないよ。
その人のいじわるを。その人の、悲しい言葉を。
いまに、宇宙の霧がどこかへと飛んでゆくまで、君だけは、待っててあげるんだ。
- 女
- へんなお父さん。へんな、へんな、お父さん。あの日、誰も、助けてくれなかったじゃない。
- 雑踏が少しずつ戻ってくる。
- 男
- おじょうさん。おじょうさん。やれやれ、やっぱり、この実験は失敗でしょうかね。
- 女
- 目をあげれば、私と同い年くらいの、父が笑ってる。
・・・はい!
- 男
- ん?
- 女
- 握手!
- 男
- あ。
- 女
- 握手しましょ。実験してるんでしょ。
- 男
- それは、それはどうもありがとう。いいのかな。
- 女
- いい!
- 男
- そ、それじゃあ。
- 間。
- 女
- 私たちは手をつないだ。大きな手。かさかさとして、触れ合うとピリピリと皮膚に電気が通る。
この感じ。間違いない。これは父の手。ぎゅっと握り直す。こみあげてきて鼻が赤くなる。
- 男
- ・・・どうしよう。
- 女
- え?
- 男
- 握手してくれたの、あなたが初めてなもので、この後どうしたらいいかわかりません。
- 女
- この後?
- 男
- いやあ、そのう、このつないだ手を。
- 女
- ・・・
- 男
- いったい、いつまで・・・?
- 女
- 離し難いわ。
- 男
- え?
- 女
- なんでもない。でも離し難い。
- 男
- そうですか。いや、確かに僕も同じ気持ちです。あなたさえ嫌じゃなければ、僕は、ええ、喜んで。
- 女
- はい!
私と、若かりし父は、直立不動で手をつなぎあった。
ちょうど、「M」と同じシルエットで道を塞いでる。暖かな、父の手。
- 信号が変わる音。
- 女
- 信号がかわって、道の向こうのほうから人が渡ってくる。
- 男
- これはいけません。今に、みんながここにきます。
- おばあさん
- ちょっと邪魔だよ。
- 男
- すみません!
- 女
- いや!父とつないだ手を離したくなくて、そのまま腕を空へふりあげる。
どうぞ!おばあさん、ここ通って!
- おばあさん
- え?ここを?
- 女
- そう!
- おばあさん
- ええ?
- 女
- つないだ父と私の腕が、アーチになってる。
おばあさん、私たち、実験してるの。
- おばあさん
-
- 男
- え?
- 女
- 見ず知らずの私たちの間を、何人くぐってくれるのか
- おばあさん
- くぐったらどうなるんだい。
- 女
- どうなるか?そ、それは、、う、嬉しい!
- おばあさん
-
- 男
- 嬉しい?
- 女
- 私が、嬉しくなる!ただそれだけ!
- おばあさん
- 笑。じゃあ、くぐらせてもらおうかしら。
- 女
- もちろん!背の低いおばあさんが、そっと私と父のアーチをくぐった。
- おばあさん
- あら。
- 女
- えっ
- おばあさん
- 私もちょっと嬉しいわ。
- 女
- ど、どういたしまして!
頬にえくぼをのぞかせて、手をひらひらとふりながら、おばあさんは先をゆく。
- 男
- 君ね。
- 女
- 今度はマッチ棒みたいな細くて背の高い学生。
さ、あなたもくぐって。
- 学生
- えっ。は、はい。
- 女
- 体をまげてくぐってく。その次は、ちょっとかわいいショートカットの女子。
- 女学生
- 失礼しまーす。
- 女
- その次はサラリーマン。
- サラリー
- 舌打ち。
- 女
- 舌打ちされた。でも気にしない。ベビーカーを押した女の人が驚きながら潜っていく。
- 男
- おじょうさん。
- 私
- もう少しだけ!おねがい。
- 男
- でも、いくらなんでも、通行の邪魔でしょう。
- 私
- あなただって、大きな声だったくせに。
- 男
- 確かにそうだけど、でも僕は通行人の邪魔はしていません。壁に体をくっつけてたし、
- 私
- でも
- 女の子
- おかーさん、ここ潜ってもいい。
- 女
- あ、黄色いコートの子!
- ママ
- ええ??
- 男
- やあ!、さっきのおじょうちゃんじゃないですか。どうぞ潜って!トンネルだよ。
- 女の子
- わーい。
- ママ
- この子ったら。どうも、すみません。
- 男
- いえいえ!とっても嬉しそうだ。
- 女学生
- あのう。
- 女
- さっきのショートカットの女子が戻ってきた。
- 女学生
- 写真とってもいいですか。
- 男
- 写真?
- 女学生
- なんだか、素敵で。
- 女
- とって!
- 男
- えっ
- 女
- バシバシとってください。それで、私のアドレス、あとで教えるからそれに送ってください。
- 男
- ちょ、ちょ
- 女
- おねがい。私の人生がこの先まったくもって大丈夫になるように。
- 男
- え?
- 女
- あした、結婚式なの。
- 男
- えっ
- 女
- あした、私の結婚式なの。結婚するの。相手は、お父さんの知らない人。全然知らない人。
でもとっても優しい人。私より、五つも年下だけど、でもすごくしっかりしてるの。
きっとお父さんも気にいるわ。
- 男
- それは、、、おめでとう。
- 女
- ありがとう。写真、写真見る?
- 男
- いいえ。きっとあなたが選んだ人だから、素晴らしい男性なんでしょう。
- 女
- そう、そうなの。
- 男
- 笑。
- 女
- なあに。
- 男
- 僕、てっきり、恋が始まるかと思ってました。
- 女
- え?
- 男
- 君と恋が始まるかと思ってました。
- 女
- 私と。
- 男
- おかしいですよね。
- 愛しそうに笑っている。
- 女
- だめよ!
- 男
- そりゃそうです、君はあした結婚するんだもの。
- 女
- 違う!まだ出会ってないだけ。
今にもんのすごく優しくて、あなたのことを大好きな、そりゃもう大好きな人と、出会うから!
- 男
- そうですか!
- 女
- そうなの!
- 男
- じゃあ僕の人生、この先まったくもって大丈夫なんだ。
- 女
- そうよ。
- 男
- 実験は成功だ。
- 女
- そうよ!
- 男
- おめでとう。結婚おめでとう。
- 女
- ありがとう。・・・おとうさん。
- 男
- え?
- 女学生
- こっちむいてー!撮りますよー。
- ふたり
- はい!
- パシ!
- 私
- つないだ手をそのままに、私たちはしばらく、冬の道を歩いた。
やがて雪が降り出してくる。やわらかに舞い落ちる。それはまるでスローモーション。
暖かな父の手が、私の寒さを、どこまでも、どこまでも、溶かしていく。
どうかしばらくはこのままで。つないだ手を離さないで。
- END