- クリスマスイブの夜。あゆみとたくとが笑い合っている中、
- たくと
- あゆみ、お前、サンタクロースなんて未だに信じてるのかよ。
- あゆみ
- いるもん。サンタさんは、いるもん。
- たくと
- ばっかでー。サンタクロースなんて、現実にはいないんだよ。
- あゆみ
- いるもん!
- たくと
- いない。
- あゆみ
- いるもん!
- たくと
- いない。
- あゆみ
- あーん! ママー! お兄ちゃんがいじわるしてくるー!
- ママ
- コラ、たくと。サンタクロースは、本当にいるのよ。
- たくと
- へっ。ママもパパも、いつまでやってるんだか。とっくに気づいてるっつーの。
- パパ
- たくと。サンタクロースは、いるんだぞ。
- たくと
- はいはい。良かったな、あゆみ。じゃ、おやすみー。
- あゆみ
- べー、だ! お兄ちゃんなんて、大っ嫌い!
- ママ
- ほら、あゆみも。おやすみなさい。
- あゆみ
- うん。おやすみ。そう言ってあたしは、期待に胸を膨らませながらベッドに入った。今日はクリスマス・イブ。もちろん、待っているのはサンタクロース。
あたしは、眠った。むにゃむにゃむにゃ……。
- しゃんしゃんしゃんと鈴の音が聞こえる。
- ママ
- あら、あなた、来たみたいよ。
- パパ
- お、そうか。早いな。
- サンタ
- メリークリスマス! サンタクロースでーす。
- ママ
- はいはいはい。(扉を開ける)
- サンタ
- あ、奥さん、どうも。
- ママ
- いつもありがとうございます。
- サンタ
- いえいえ、えーっと、トナカイ、どこ停めさせてもらいましょ?
- ママ
- あ、あなた。
- パパ
- あ、じゃあこっちの駐車場に。
- サンタ
- どうも。
- パパ
- こっちです。はい、オーライ。オーライ。
- しゃんしゃんしゃん。
- パパ
- オーライ、オーライ。はい、ストップー。
- サンタ
- どうも、ありがとうございます。
- パパ
- いやー、今日も大荷物で。
- サンタ
- 毎年のことですからね。慣れたもんですよ。
えーと、桜木様のお宅は、枕元配達コースでよろしかったですかね。
- ママ
- ええ、お願いします。
- サンタ
- かしこまりました。(伝票のようなものを見ながら)あ、おやおや 、
お兄ちゃんのたくと君、もう十二歳ですか。
- ママ
- ええ、なんだかもうすっかりませちゃって。サンタクロースさんに頼むのも、
今年で最後になってしまうかもしれません。
- サンタ
- ありゃりゃー。
- パパ
- ま、娘はまだ信じ切っていますから。
- サンタ
- そりゃあ良かった。えー、っとそれじゃあ、たくと君が右の部屋で、
あゆみちゃんが左の部屋になりますかね。
- ママ
- ええ。
- サンタ
- オプションのチラ見せはどうなさいます?
- パパ
- チラ見せ?
- サンタ
- 枕元にプレゼントを置いたあと、
ちょっと物音を立てて後姿を見せるっていうサービスです。
- パパ
- ははあ。
- サンタ
- 結構、最近疑い始めたお子さんなんかには人気のサービスですよ。
- ママ
- あら、じゃあ、たくとの部屋、チラ見せお願いします。
- サンタ
- かしこまりました、チラ見せありで。
それじゃあえっと、商品の方だけ確認させてください。注文番号Aの11468、
『二人はパラボラ』のボラのフィギュアがあゆみちゃん、たくとくんが
注文番号Fの563、デザートイーグル50口径シルバーのエアガンですね。
- パパ
- うん、間違いないよな。
- ママ
- ええ、大丈夫です。
- サンタ
- ありがとうございます。それじゃお会計、8490円になります。
- パパ
- カードって使えましたっけ?
- サンタ
- すみません、現金でお願いします。ごめんなさい。
- パパ
- じゃあ、一万円からで。
- サンタ
- どうも、じゃあ、1510円のお返しです。
- ママ
- 大変でしょう、お釣り、持ち歩くのも。
- サンタ
- ええ、ほんとにねえ。なんとかしてくれって毎年会議にはなるんですけど。
- ママ
- あらー。
- サンタ
- それじゃ、上がらせて頂きます。
- パパ
- お願いします。
- サンタ、ゆっくり階段を上る。
たくとの部屋を開ける。たくと、ぐっすり眠っている。
- たくと
- すぴー。すぴー。サンタなんて、いないやい。むにゃむにゃ。
- サンタ
- ほっほっほ。
- サンタ、枕元に商品を置く。
- サンタ
- よいしょっと。……さて。おっと!
- サンタ、タンスに足をぶつける。
- たくと
- ん? なんだ……? 誰? 赤い服……? うーん…むにゃむにゃ……。
- サンタ
- ほっほっほ。
- サンタ、扉を閉め、あゆみの部屋へ。
- サンタ
- さて、次はあゆみちゃん。
- 扉をあける。
- サンタ
- ほっほっほ。ほ!?
- あゆみ
- おじさん、何してんの。
- サンタ
- あ、あ。
- あゆみ
- おじさん、誰? 何?
- サンタ
- ……ほっほっほ、サンタクロースだよ。
- あゆみ
- こんなのじゃない。
- サンタ
- え?
- あゆみ
- サンタクロースはこんなのじゃない!
- サンタ
- ちょ、ちょっと、あゆみちゃん。
- あゆみ
- あんたなんか、全然サンタクロースじゃない!
- サンタ
- あゆみちゃん!
- あゆみ
- 全部聴こえてたよ! 全部聴こえてたんだから!
- サンタ
- ちょっと、いや。
- あゆみ
- もっと、夢のある存在だと思ってたのに!
- サンタ
- 夢があるよ。サンタには夢があるよ。ほっほっほ。
- あゆみ
- ほっほっほとか、うるせえよ!
- サンタ
- いや、あの。
- あゆみ
- トナカイをオーライとか言って停めるなよ! トラックかよ!
- サンタ
- いや。
- あゆみ
- なんで普通に駐車場にトナカイが停まってんだよ! 原付かよ。
- サンタ
- いや、原付じゃないんだけど。
- あゆみ
- わかってるよ!
- サンタ
- あの。
- あゆみ
- なんだチラ見せサービスって! いかがわしい店かよ!
いかかがわしい店みたいな用語使ってんじゃねえよ!
- サンタ
- いや、これはいかがわしいとかじゃなくて、
- あゆみ
- 最悪なのが、一番最悪なのがもう、現金のやり取りしてんじゃねーよ!
頼むぜサンタクロース! 現金のやり取り、頼むぜサンタクロース!
- サンタ
- いや、うちも電子マネー取引の制度は設けたいんだけど、
- あゆみ
- 電子マネーとか頼むから一生言わないでくれ。
- パパとママ、階段を駆け上がってくる。
- パパ
- どうしましたか、あっ。
- ママ
- あゆみ。
- あゆみ
- パパ、ママ。
- パパ
- あゆみ、起きちゃったのか。
- あゆみ
- 起きるだろそりゃ。あんだけオーライオーライ言ってりゃ起きるだろ。
- ママ
- あゆみ、この人、本物のサンタクロースなのよ。
- あゆみ
- 本物?
- ママ
- そう、本物の、フィンランドの本店から異動してきた、
- あゆみ
- 本店から異動してきたとかマジでやめてよ、ママ!
- ママ
- あゆみ……。
- あゆみ
- 本物の概念が揺らぐよ、ママ。
- パパ
- あゆみ。
- サンタ
- あの…、プレゼントです。
- あゆみ
- とうとう手渡ししちゃったよ。
- あゆみ、プレゼントを開ける。
- あゆみ
- なにこれ。
- サンタ
- 『二人はパラボラ』の、ボラのフィギュアです。
- あゆみ
- あたしが欲しかったの、パラのほうなんだけど。
- サンタ
- え?
- あゆみ
- もう、ええ? ここ間違えたら絶対ダメでしょ。
大体、ボラな訳ないじゃん! 言葉の響きでわかるじゃん! もう、ああん!
- パパ
- ごめん、あゆみ。サンタさんは悪くない、それはパパのミスだから。
- ママ
- そうよ、あゆみ。ごめんね。サンタさんは悪くないの、パパの発注ミス。
- あゆみ
- 発注ミスとか……、勘弁してくれ。表現には気をつけてくれ……。
- パパ
- ごめんよ、あゆみ。
- ママ
- ごめんね。
- サンタ
- なんか、すみませんでした。
- あゆみ
- いいよ、もう、帰って。とりあえず、今までどうもありがとう。
- サンタ
- はい。じゃあ、あの、……帰ります。
- パパ
- ええ……。
- サンタ
- あ、あの、一応桜木さんのお宅はバレ保険には入ってますので、
もしあれでしたら、こちらに請求してください。
- ママ
- はい。
- あゆみ
- お前今、よくそういうやり取りができるな。
- サンタ
- 失礼します。
- しゃんしゃんしゃん。
- あゆみ
- クオリティが低い。
- パパ
- 悪かった、あゆみ。
- あゆみ
- 全体的に、仕事が雑なのよ。
- ママ
- ごめんね、あゆみ。
- あゆみ
- こんなのがサンタクロースだなんて、あたし、認めない。
- ママ
- そうよね。
- あゆみ
- あたしが作る。
- パパ
- え?
- あゆみ
- もっと、ハイクオリティで、サービスが行き届いた、
本物のサンタクロースをあたしが作る。もう夢見てなんかいられない。
夢なんて、こんなにくだらないものだったんだ。あたしが作ってやる。
夢よりも夢のある、最高の現実をあたしが作ってやる。
- パパ
- あゆみ。
- あゆみ
- パパ、今年のお年玉は百万円ちょうだい。
- パパ
- ええ?
- あゆみ
- それを資本金にして、もっと、すっごいちゃんとした、
最高のサンタクロース派遣会社をあたしが立ち上げる。
あんなところで寒さに震えるトナカイが生まれないように。それじゃ、おやすみ。
- あゆみ、扉を閉める。
- パパ
- ママ……、こんなことになるなんてな。
- ママ
- ええ……。でも、あゆみったら。
- パパ
- ん?
- ママ
- 立派に育ったと思わない?
- パパ
- そう、かなあ?
- あゆみ
- あたしはその夜、考えた。トナカイは駐車場には停めないようにしよう。
プレゼントは、カタログで注文させるんじゃなくて、
子どもからの手紙を直接届けてもらおう。チラ見せなんて持ってのほか、
絶対に見られないように、派遣スタッフには訓練を積んでもらう。
現金のやり取りは絶対にNG。大きな会社にスポンサーについてもらって、
家庭からお金をもらうような仕組みにはしないようにしよう……
そして、いつの間にか、朝になっていた。
- たくと
- おい! あゆみ! あゆみったら!
- あゆみ
- お兄ちゃん、どうしたの。
- たくと
- お前、昨日、見たか?
- あゆみ
- え?
- たくと
- サンタクロースだよ! 赤い服を着た! 俺、見ちゃったんだ!
ちらっと、見えちゃったんだ! すげえぜ! ほんとにいるんだ、サンタクロース!
- あゆみ
- ……そう。
- たくと
- おおーい! なんだよ、あゆみー! おおーい!!
- あゆみ
- ……チラ見せサービスはアリにしてもいいかもしれない。
- たくと
- は?
- あゆみ
- もちろん、名称は変更するとして。と、あたしは思った。
この物語は、あたしが夢を現実にするまでの物語。夢を現実に変える物語。
必ず、と、あたしは誓った。
- END