- 12月 23日。世界のどこかの場所で。
- ボス
- ジュニア、おい、ジュニア
- ジュニア
- 真っ赤なお鼻の……トナカイさん……
- ボス
- おい、ジュニア!
- ジュニア
- あー……ボス
- ボス
- 一年で一番忙しいこの時期にさぼって居眠りとは良い度胸じゃな
- ジュニア
- そりゃサンタのボスは、世界中の空を駆け回ってさぞかし楽しいでしょうけど、
こっちは延々デスクワークばっかり。眠くもなりますよ
- ボス
- お前さんがプレゼントをリストアップする、
わしがトナカイたちのひくソリにそれを乗せて配る。
世界中の子ども達に間違わずにプレゼントを配るための立派な仕事だろうが
- ジュニア
- まぁそりゃそうですけど……退屈すぎます。
いつになったらソリに乗せてもらえるんですか?
あ、ボスみたいに長いヒゲを蓄えたら俺もそれっぽく見えますかね
- ボス
- そんなことを言ってるうちはまだまだだな
- ジュニア
- そんなぁ
- ボス
- ほら
- ボスはジュニアに紙切れを渡す。
- ジュニア
- なんですかこれ……
- ボス
- まだ欲しいものを聞けていない子どもたちのリストだよ。
最後のひとり、お前さんが行って聞いて来い
- ジュニア
- え?だけどこの子って
- ボス
- ほら、さっさとせんとクリスマスになっちまうぞ
- ジュニア
- 分かりましたよ、えっと場所はっと……ったく人使いが荒いんだから
- ジュニアはコートを羽織り、扉を開ける。
- ジュニア
- 寒ぃ!あーあったかい毛皮のコートが欲しいなぁー(聞こえよがしに)
- ボス
- お前さんには毛糸のパンツに腹巻きで充分だよ。さぁ行って来い
- ジュニア
- サンタのクセにケチ!
- また別のどこかの場所で。
少年が一人バス停のベンチに座っている。
道の向こう側から明らかに酔っぱらった男がやってくる。男は少年の前でポケットから、
おもちゃの銃を落とす。少年はそれに気づき男に声をかける。
- 少年
- おじさん
- 男
- ああ?なんだてめぇ、なんか文句でもあんのか
- 少年
- 落としたよ
- 男
- ああ?おっといけねぇ
- 男は銃を慌てて拾う。
- 男
- おいガキ、だれにも言うんじゃねぇぞ
- 少年
- おもちゃのピストルなんかで何するの?
- 男
- へっ、おもちゃでも急に突きつけられりゃ大の大人でもビビるって。
俺はなぁ、今からこいつを使って、そこの店を襲ってやるのさ
- 少年
- そこの店って時計屋さん?
- 男
- そうさ。クリスマスプレゼントだかなんだか知らねぇけど浮かれた奴らから、
たんまり儲けてるはずの売上金を根こそぎ戴いてやるのさ
- 少年
- おじさん、泥棒なの?
- 男
- いいや。俺はな、ついこないだまで、そこの時計屋で働いてたんだよ。
それがよ、修理の腕がてんで上がらないもんだからって、
あのオヤジ、俺をクビにしやがって。こんちくしょー!
俺はな、確かに技術は足らないかもしれないけど、
客が持って来る時計ひとつひとつに愛情込めてやってたんだよ!それがよ!
- 時計屋から,一人の老女が出てくる。
- 老女
- あら、あんた。時計屋さんの
- 男
- あ?ああ、ばあさん
- 老女
- あんた、辞めちゃったんだってねぇ
- 男
- ん、いや、あの、辞めたっていうか
- 少年
- おばあさん、このおじさんの知り合いなの?
- 老女
- ああ、私はここの時計屋さんの常連でね。ほら、あんた、本当に腕が悪いもんだから、この私がしてる腕時計の修理だって何度も何度もやり直してもらって
- 男
- なんだと、この
- 老女
- でも毎回、文字盤を新品みたいにピカピカに磨いてくれてさ。丁寧に時間をかけて。
それを見て、いつかきっとあんたは良い修理屋になるって思ってたよ
- 男
- え……
- 老女
- まぁここのオヤジさんは厳しいとこあるし、なにがあったか知らないけど、
時計屋なんて他にもいっぱいあるんだからさ。やめんじゃないよ、あんた
- 男
- ……ああ、うん
- 少年
- おばあさんは今日も時計の修理に来たの?
- 老女
- ああ、そうだよ坊や。今日はおじいさんの時計の修理にね。
だいぶと昔、クリスマスプレゼントとして私があげた時計なんだけど、
ここ最近動かなくなってね。ほら、
私たちみたいな年寄り夫婦に新しい時計を買う余裕はないし、
できれば明後日のクリスマスには間に合わせて、
おじいさんにもう一度プレゼントしたかったんだけど、
型が古いし無理だって断られちまって。まぁ修理はたいしたお金にもなんないし、
この忙しい時期にやってくれる店なんてなかなかないだろうね
- 男
- ばあさん……その時計みせてくれないか
- 老女
- え?ああ、これだけど
- 男
- これならなんとか。なぁ、ばあさんこの時計、俺に直させてくれねぇか
- 老女
- あんた、直せるのかい?
- 男
- ああ、まぁ時間はかかるけど。丁度、俺、今、仕事もなんもないしさ。
クリスマスの朝にここまで取りに来てくれよ
- 老女
- まぁ、助かるよ!ありがとう!ありがとう!!
- 男
- まだ礼をいうには早いって、ばあさん
- 老女
- ああ、そうだ。お代を
- 男
- いらねぇよ。俺、もう時計屋じゃないし
- 老女
- だけど
- 男
- なんだ、その……クリスマスプレゼントってことで
- 老女
- 分かったわ。あ、じゃあせめてこれを
- 男
- なんだこれ
- 老女
- 私が作ったパイなんだけど。実は、店に寄ったついでに、
あんたにあげるつもりだったのよ。ささやかだけどクリスマスプレゼントよ
- 男
- ……ありがとう
- 老女
- じゃあ、また明後日ね。さようなら
- 老女は立ち去る。
バスが遠くからやってくる。
- 男
- なぁ……これやるよ。ほら、おもちゃのピストル。ただの水鉄砲だからさ。
ダチと遊ぶときにでも使え
- 少年
- 僕にくれるの?ありがとう
- 男
- おい、このバスに乗らないのかよ
- 少年
- ママを待ってるから
- 男
- そっか、気ぃつけて帰るんだぞ
- 少年
- うん、バイバイ
- バスは男を乗せて走り去る。
- 少年
- ……で、僕になにかご用ですか?
- 一部始終を見ていたジュニアが路地から出て来る。
- ジュニア
- いやーつい声をかけそびれてしまいまして
- 少年
- サンタの使いもこんなところまで来なきゃいけないなんて大変ですね
- ジュニア
- それはお互い様でしょう、神様の使いの天使さん
- 少年
- もし、あの男が悪さをしていたら神様に報告をして罰してもらうところでした
- ジュニア
- その必要はなくなりましたね
- 少年
- ええ
- ジュニア
- ところでサンタのボスから、
あなたの欲しいクリスマスプレゼントを聞いてくるように言われて来たんですけど
- 少年
- 僕は……もうこれをもらいましたから
- ジュニア
- おもちゃのピストル
- 少年
- はい
- ジュニア
- あ、でも聞いて来ないと俺がボスに怒られますよ
- 少年
- 分かりました。なら……
- その日の夜。
- ジュニア
- というわけで、はい、ボス
- ボス
- なるほど。おお、これはあったかい
- ジュニア
- 自分のプレゼントの分でサンタのボスに赤いマフラーをって。
やっぱり天使は言うことも違いますね。いいなぁ、俺もだれかプレゼントくれないかな
- ボス
- おい、ジュニア。そこの棚を開けてみろ
- ジュニア
- 棚……?
- ジュニアが棚を開けるとそこにはサンタの服が一式入っている。
- ジュニア
- これ……
- ボス
- 毛皮のコートじゃなくて悪かったな
- ジュニア
- サンタの服……俺の
- ボス
- 今日は早く寝とけ。明日の晩は世界中の空を駆け巡らんといかんからな
- ジュニア
- え?はい!
- そしてやってくるクリスマス・イブ。
トナカイと二人のサンタが空を駆け巡るシャンシャンという鈴の音が世界のどこかで聞こえる。
- END