- ナレーター
- 随分前のお話。この街にしゃべることができない孤独な少年がいました。
彼の名前はヒカルといいます。
ヒカルは今、とてもひとりぼっちです。かつてひとりぼっちではなかった分、
みんなとお話をする楽しさを知ってる分、余計につらいひとりぼっちなのです。
布団に入る時、ヒカルはいつも神様にお願いしてました。
どうぞ神さま、喋れない僕を馬鹿にしない友達をください。
- がたがたと音がする。
- ナレーター
- そんなある日の夜中のことです。台所から物音が。いったいこんな夜中に誰だろう?
ヒカルは気になって気になって眠れません。
とうとうヒカルは我慢できなくなり恐る恐る台所へ向かう事にしました。
台所から明かりが漏れています。覗いてみるとそれは冷蔵庫の明かりで人影が。
ヒカルは思います。そこにいるのはいったい誰?
- ちいちゃん
- 僕、ちぃちゃん。お腹が空いたの。
- ナレーター
- ヒカルはびっくりしました。そこに土で汚れた少年がいたことに。
ヒカルはとてもびっくりしました。ヒカルの心の声が少年に聞こえたことに。
- ちいちゃん
- でも僕、目が見えないから何がなんだかわからないの。
匂いでここに食べ物があることはわかるんだけど。
あのね、僕、お茶漬けが食べたいの。ねぇ。君。お茶漬け作れる?
- ナレーター
- ヒカルはどきどきしながらも冷蔵庫から冷たいご飯を取り出し、
レンジで温めました。そこへポットからお湯を注ぎ、お茶請けの素をふりかけます。
- ちいちゃん
- うわぁ。君、すごいねぇ。お茶漬け、出来たんだねぇ。匂いでわかるよ。
ねぇ。さっそくたべていい?
- ナレーター
- ヒカルはおいしそうにお茶漬けを食べるちぃちゃんをチラチラと眺めながら、
試しに心の中で問いかけてみました。ねぇちいちゃん。ちぃちゃんはどこからきたの?
- ちいちゃん
- 土の下だよ。僕、地底人なんだ。
- ナレーター
- やっぱり通じます。ちいちゃんには心の声が聞こえるのです。
- ちいちゃん
- 君、ずっとずっと心の中で思ってただろ?君を馬鹿にしない友達がほしいって。
僕はずっとずっと土の下でヒカルの声を聞いてたんだ。だからこうやって会いにきたの。
安心して。僕は目が見えないし、君の心の声を聞く事ができる。一緒に遊ぼう。
- ナレーター
- その日から、二人は友達になりました。ヒカルは相変わらず学校では一人ぼっちでしが、
ちぃちゃんと遊べる事を思うとその寂しさを我慢することができました。
ちぃちゃんは、毎晩ヒカルを連れて土の下を案内してくれます。
入り口はいつだって駅前のマンホールでした。
- ちいちゃん
- これは恐竜の化石、これはアンモナイト、これはお魚のおじいちゃん、
これはこれは・・・
- ナレーター
- マンホールの下の地底世界は大きな空洞でした。そこには街がありました。
ヒカルの住んでいる街と本当にそっくりです。
ただ違うのは、そこで暮らす人々が土で汚れているとい うことです。
それから図鑑でしかみたことない化石達が、
とてもとても大きな空洞の天井や壁に埋まっています。
ヒカルはすっかり地底世界に魅了されてしまいました。
- 教室。がやがやとした休み時間。
- まりこ
- ねぇ。何読んでるの?
- ナレーター
- 学校の休み時間、一人で図鑑を読んでいたヒカルに声をかけてきたのはまりこでした。
- まりこ
- ヒカル君ってそーいうのが好きなの?私にも見せてよ。
- そこへクラスメイトのソウタがやってくる。
- ソウタ
- まりこ、そいつに話しかけてもしょーがないよ。そいつ、もう喋らないから。
- まりこ
- え?そーなの?
- ソウタ
- な?ヒカル?おまえ、もうしゃべらねーよな?みんな知ってるんだぜ。
おまえが笑うと歯茎がみえること。なぁみんな知ってるよなー?
- 笑い声が聞こえる。
- まりこ
- なんで歯茎が見えたらいけないの?私はそんなの気にしない。
- ソウタ
- えー?でもすごい不細工なんだぜ。
- まりこ
- うるさいな。あっちいってよ。あんたも鼻毛が見えてすっごい不細工!!
- まりこがソウタをはたく音。
- ソウタ
- このやろう!!
- ナレーター
- 二人の喧嘩が始まる中、ヒカルは俯いていました。必死に泣きだすのを堪えていました。
だって歯茎のことをまりこにバラされてしまったのですから。
ヒカルはまりこの事が初めて見た時から好きだったのです。
その晩、ヒカルは地底人のちぃちゃんに打ち明けました。
歯茎のこと。まりこのこと。
- ちいちゃん
- 大丈夫。全部聞いてたよ。でも僕とは安心して遊んだらいいよ。
僕には君の声が聞こるし。
例え君が喋ったとしても、僕は目が見えないから君の歯茎だって見えないさ。
- ナレーター
- それからというもの、ヒカルは徐々に学校に行かなくなってきました。
彼にはちぃちゃんがいたからです。
- 玄関のチャイムが鳴る。
- 母親
- あら。こんにちは。えっと・・・
- まりこ
- はじめまして。ヒカル君のママ。私、まりこ。ヒカル君の友達です。
- 母親
- そうなの。こちらこそはじめまして。
- まりこ
- ヒカル君、いますか?この前学校に来た時に遊ぶ約束をしたの。
- 母親
- ええ?そうなの?ちょっと待ってね。
(二階へ向かって)ヒカル?ヒカル?まりこちゃんって子がきたわー。
- 間
- 母親
- ああ・・・ごめんなさい、あの子ちょっと今・・・
- まりこ
- (遮って)おじゃましまーす!
- まりこはドタドタと二階へ上がって行く。
- 母親
- あ、ちょっと!
- ドアが開く音。
- ナレーター
- ヒカルはまりこが部屋に入ってきてびっくりしました。
なぜならまりこに会いたくないと思う反面、
とても会いたかったから。まるで夢を見ているようです。
- まりこ
- 遊びにいこう。
- ナレーター
- まりこは嫌がるヒカルを無理矢理つれだして街の美術館に行きました。
そこでは「地底の不思議」という特別展示が行われていました。
その日から週末になるとまりこはヒカルを部屋から連れ出しました。
二人は徐々に仲良くなっていきます。ヒカルは相変わらず喋れませんでしたが、
二人の間に言葉はいらなかったのです。
そして冬がやってきました。クリスマスです。
- クリスマスの音。
- ナレーター
- その日はまりこの誕生日でもありました。何かをしてあげなきゃ。
そう考えたヒカルはある素敵なプレゼントを閃きまして、
すでにちぃちゃんに相談していました。
- ちいちゃん
- それは素敵なプレゼントだね。本当に本当に素敵なプレゼントだ。
- ナレーター
- 誰もいないクリスマスの夜の街、ヒカルとまりこが手をつないで走っています。
- 二人の走る音。
- ナレーター
- ヒカルのプレゼントとはそうです。地底世界の案内でした。
まりこにもその素敵な世界を見てほしかったのです。
- 足音が止まる。
- ナレーター
- あれ?おかしいな。確かにここに・・・あれ?・・・ない・・・マンホールが、ない・・・
- まりこ
- 本当にここなの?
- ナレーター
- 違うの。本当なんだ。僕は毎日毎日、ちぃちゃんとここにきてたんだよ。
- まりこ
- ・・・うん。信じる。
- ナレーター
- ・・・本当に?
- まりこ
- うん。
- ナレーター
- ・・・ごめんね。本当にあったんだ。
- まりこ
- いいよ。もうプレゼント、もらったし。
- まりこはヒカルの口に触る。
- まりこ
- なんだよー。全然歯茎なんて見えてないじゃん?
- ヒカル
- え?
- まりこ
- 初めて聞いた。ヒカルの声。
- ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
- 学校のチャイムが鳴る。
- 先生
- あのクリスマスからどれだけの時間が流れたのだろう。
僕は小学校の先生になっていた。
- 生徒達
- 先生、さよーなら。
- 先生
- 時折、昔の自分のような生徒が現れては卒業していった。
そのたびに僕はあの日のことを思い出す。
でもいつだって思い出すのはまりこの顔じゃなくて・・・
- ちいちゃん
- それは素敵なプレゼントだね。本当に本当に素敵なプレゼントだ。
- 先生
- ちぃちゃんはそういって、淋しそうに笑ったんだ。
- 終わり