ひとりのひとが冷たい氷でできた屋敷にやってくる。
そのひとが大広間の扉を開けると、そこにはスノークィーンがいる。
スノー
ようこそ、冬の屋敷へ
ひと
あなたは・・スノークィーン?
スノー
ええ、そうですよ。あなたは・・
ひと
僕は・・だれだっけ
スノー
では、あなたはそれを知るためにここに来たのですね
ひと
そうなんでしょうか。ただ、気がつくとあなたの前にいたのです
スノー
ここに訪れたみんな、だれしもがそういうのです
そのひとは、ふと上を見上げる。
ひと
・・とても大きな鏡ですね
スノー
これはあなたが今から始める試練ですよ
ひと
試練?
スノー
この鏡は欠けて地下にある七つの扉のなかに入り込んでしまったの。
それらを集めてパズルのピースのように当てはめるのです
ひと
鏡のパズル・・それは一体なんなのですか?
スノー
それは子どもの頃にだれもが一度は信じたもの。
だれもが一度は子どもだったからみんなが知っているものなのよ
スノークィーンに連れられて、そのひとは地下の階段を降りる。
スノー
さぁ、ここが第一の扉ですよ。奥へ奥へと進めば順番に扉があるわ
ひと
あなたは一緒には入らないのですか
スノー
安心しなさい。ココロの中にいつも私はいるのですから
そのひとは第一の扉をあける。
ひと
これは・・枯れた薔薇の庭だ。なんて醜いんだろう
スノー
それはあなたが美しいものを美しいと見る目を失ってしまったから
ひと
だけど真っ黒に枯れた薔薇がどうやったら美しくみえるというのですか?
スノー
目を閉じてご覧なさい
ひと
・・目を閉じても真っ暗なだけです
スノー
本当にそうでしょうか?もっとよく見て
ひと
・・あれは青い・・青い薔薇が見えます
スノー
青い薔薇は奇跡の象徴なのですよ
ひと
あっちにも、こっちにも。一面青い薔薇だ。なんて・・美しい
シャンっと音がしてパズルのピースが一つ、はまる音がする。
スノー
ひとつ目のピースを手にいれましたね。さぁその先の第二の扉へ
そのひとは第二の扉を開く。
ひと
この匂いは・・甘い
料理人
まぜて、まぜて、まぜて、甘い、甘い、甘い・・
ひと
あなたは?
料理人
冬の屋敷の料理人よ。甘いタルトはいかがかしら?
材料はお砂糖にお砂糖に、またお砂糖
ひと
それじゃあ甘過ぎないですか
料理人
だめよもっともっとも.っと甘くしなくっちゃ
ひと
だけど
料理人
だって愛は甘いものでしょ?
ひと
愛?
料理人
そうよ。タルトと愛は甘ければ甘いほど美味しいはずなんだから。
さぁどうぞ、召し上がれ
ひと
・・でも僕のお母さんが作ってくれるタルトは、
甘いだけじゃなくてちゃんとスパイスも入ってたよ
シャンっと音がして二つ目のピースがはまる。
スノー
さぁ、第三の扉をお開けなさい
そのひとは第三の扉を開ける。
ひと
オニユリとマツユキソウとヒヤシンスが咲いてる
スノー
彼女たちの声をお聞きなさい
ひと
オニユリはこう言っています『女達の歌をお聴きなさい。
もうすぐ炎で焼き尽くされて灰になるでしょう』・・
スノー
続けて
ひと
マツユキソウは言っています『シャボン玉が壊れたわ。ゆらゆら揺れるブランコと、
ふわふわとんでいく水の泡。これが私の歌なのね』・・
スノー
ヒヤシンスはなんと言っているの?
ひと
ヒヤシンスは『美しい娘たちの入っている三つのお棺は森の茂みから出て
湖の上を静かに滑っていきました』と言っています
スノー
三つの花の香りを嗅いでごらんなさい
ひと
この香りは・・とても哀しい
そのひとは哀しくなり一粒の涙を落とす。
スノー
今度は今あなたが流した一粒の涙の香りを嗅いでご覧なさい
ひと
とても・・優しい香りがします
シャンっと音がして三つ目のパズルのピースがはまる。
スノー
次は第四の扉ですよ
そのひとは第四の扉を開ける。鴉が飛んで来て、そのひとは驚く。
君はどこの鴉だい?
ひと
僕は鴉じゃないよ
俺は宮中鴉だよ
ひと
宮中鴉?
お城で飼われているのさ。空を自由に飛び回るのもいいけど、
台所のおこぼれを貰う方が人生楽だからね
ひと
そのお城にはだれが住んでいるの?
上手く説明出来るかな?君が鴉の言葉を話せたらもっと上手く伝えられるんだけどね。とにかくそのお城には世界中のあらゆる新聞を読んで、
それを綺麗に忘れてしまうくらいに賢い王女様がいるのさ
ひと
王子様はいないの?
だれもが王女様の前では言葉を失ってしまうから、だれも王子様にはなれないんだ
ひと
じゃあ君が王子様になったらどうかな?
俺が?
ひと
だって、君はすらすらと言葉を話せるじゃないか
そっか。そっか。でも君だって、今とても上手に喋れていたよ
ひと
え?
だって、君は思ったことをちゃんと俺に伝えてくれたじゃないか
鴉は飛んで行ってしまう。
シャンっと音がして四つ目のパズルのピースがはまる。
スノー
さぁ第五の扉を開きなさい
そのひとは第五の扉を開く。
時計の針の音がする。その数はどんどん増えていく。
ひと
時計だらけだ・・うるさい・・止まれ!止まれ!
そのひとは一生懸命あっちこっちを駆け回って、
沢山ある時計を止めようとするが止まらない。
スノー
あなたが急いでいては一向に止まりませんよ
ひと
だって時計が逃げるんだもの
スノー
それは当たり前。あなたが追いかけるからです
そのひとは立ち止まってゆっくりと何度か深呼吸をしてじっと待つ。
次第に時計の針の音はゆっくりになっていく。
シャンっと音がして五つ目のパズルのピースがはまる。
スノー
ここまでは順調ですね。第六の扉を開きなさい
そのひとは第六の扉を開く。
どこからともなくヒソヒソと、複数のささやき声が聞こえはじめる。
しかしその声はどれも言葉としては聞こえてこない。
ひと
いったい、僕になにを伝えようとしているの?
ヒソヒソは一層、強まるがやはり言葉としては聞こえて来ない。
スノー
よく聞こえる耳をあなたはまだ取り戻していないですからね
ひと
よく聞こえる耳?
スノー
今度は耳を閉じてご覧なさい
そのひとは耳を閉じる。耳が痛いほどの静寂が訪れる。
ふいにひとつの声が言葉になって聞こえる。
僕の名まえは・・
シャンっと音がしてまたひとつの扉が開く。
スノー
さぁいよいよ最後ですよ。第七の扉を開きなさい
そのひとは第七の扉を開く。
・・二百六十五。二百六十六。二百六十七。二百六十八。二百六十九。二百七十
ひと
あの、なにを数えてるんですか?
やぁ。二百七十一。私が今日朝起きてから歩いた数だ。
ベッドから起き上がり扉までが十四歩、廊下から階段までが百二十七歩、
十六段の階段を降りてここまでが九十七歩、そして今七歩歩いた
ひと
それじゃあ計算が合わないです。あと十歩はどこへ消えたんですか?
あぁ、そうそう。ティーポットを探しに隣の部屋へ入って五歩、見つからなくって
大広間の扉まで引返して五歩だったな。昨日からここに置きっぱなしだったようだ
男はティーポットからカップにお茶を注ぐ。
昨日から置いてあったはずのお茶はコポコポと湯気をたててカップに注がれる。
一。今日、一杯目の紅茶だ
ひと
なぜ、あらゆるものの数を数えているんですか?
それは勿論、秩序を保つ為だよ。君もいかがかな?
ひと
・・八万六千三百九十九
それはなんの数だい?
ひと
僕が生まれて来てから過ごした時間。ちょうどあと一時間と三十分で十年です
シャンっと音がして七つ目のパズルのピースがはまる。
気がつくと、そのひとはスノークィーンの待つ、大広間に戻っている。
鏡のパズルが完成され、キラキラと輝いている。
鏡のパズルには<永遠>と書かれている。
スノー
よく試練を乗り越えられましたね
ひと
・・永遠
スノー
そう、鏡のパズルは完成すれば永遠の文字になるのよ
ひと
それは子どもの頃にだれもが一度は信じたもの・・
あなたも昔は子どもだったのですか?
スノー
・・忘れてしまったわ。さぁ、もうあなたは自分が誰だかわかりましたね
ひと
はい。外で僕のトナカイが待ってる
スノー
じゃあお行きなさい。
ああそれと、よく似合っていますよ。その赤い帽子に赤いブーツ
そのひとは立ち去りかけるが、ふと思い出してポケットから小さな包みを取り出す。
ひと
・・そう。そうでした。
僕はあなたにこれを届けるつもりでこの冬の屋敷まで来たんです
スノー
これは・・クリスマスプレゼント?でも私は子どもではありませんよ
ひと
だれもが一度は子どもだったんでしょう?
スノー
・・ありがとう。中身はなにかしら
ひと
今度はあなたが試練に挑戦する番ですよ。その中に入っているものは・・
スノー
ええ。分かった気がするわ
ひと
メリークリスマス
スノー
メリークリスマス。最高のクリスマスプレゼントだわ
そのひとは帰っていく。
スノークィーンはプレゼントを手に握りしめ地下の階段を降りると、第一の扉の前に立つ。
END