- 大きなクリスマスツリーが飾られた広場。人々が行き交い賑わっている。
路上でパフォーマンスをする手品師の男もいる。
そこへひとりの女がやってくるとツリーを暫く見上げひとつ、ため息をつく。
ベンチに腰掛けていた老人が女に気づき声をかける。
- 老人
- おや、こんな時間に魔女に会えるとは珍しい
- 女
- あ、どうも今晩は
- 老人
- メリークリスマス。聖夜に浮かない顔をした女性は、もっと珍しい
- 女は少し笑う。
- 女
- イブでも仕事仕事で普段と変わらないですよ。
そちらこそ、こんな時間にここにいらっしゃるなんて珍しいじゃないですか
- 老人
- いやぁ、いてもたってもいられなくって。明日がいよいよ<10年後の今日>なんですよ。
ほら、前に話したでしょう
- 女
- あ・・ええ。そうでしたね<10年後の今日>
- 老人
- あいつと約束したんですよ。『10年後の今日に、またここで会おう』ってね。
10年前はここはなんもない広場でね。こんなに周りにビルが立ってひらけて、しかも
こんなにおっきなクリスマスツリーが飾られるようになるなんて思いもしなかった
- 女
- これ、この街で一番大きなツリーだそうですよ
- 老人
- あいつにも早く見せてやりたいなぁ
- 老人は小さなくしゃみをする。
- 老人
- あー今年の冬は一段と冷える。って毎年言ってるような気もしますがね
- 女
- 何時からここにいるんですか?もぅ、風邪でも引いたらどうするんです?
- 老人
- そうですねぇ。せっかく10年振りの再会だってのに、
風邪引いてあいつに移したら大変だ。明日に備えて帰って休むとしましょう
- 女
- あったかくして寝て下さいね
- 老人
- 女性なんだから、あなたも体を冷やしたらだめですよ
- 女
- はい
- 老人
- 魔女も風邪を引くのかな?じゃ、また
- 女
- おやすみなさい
- 老人は去り、再び女はツリーを見上げてため息をつく。
そこへ一部始終を聞いていたらしい手品師の男が声をかける。
- 男
- あなた、魔女なんですか?
- 女
- え?あ、まさか。いつも黒い服ばっかり着ているものだから、あのおじいさんが
- 男
- 良かった。本物の魔女がいたら僕はお手上げです
- 女
- あの、どういう意味ですか?
- 男
- 僕はタネも仕掛けもありきの手品師なんでね。
本当にタネも仕掛けもない魔女が現れたら商売上がったりだ
- 女
- ああ。よくここで路上パフォーマンスされてますよね
- 男
- 覚えてもらっていたとは光栄です。あなたも毎日ここを通りますよね。通勤路ってとこかな?
魔女なのにホウキじゃなくって徒歩なんですね
- 女
- 私、だめな魔女なんです
- 男
- だめとは?
- 女
- 魔法がつかえないんです
- 男
- 魔法がつかえない魔女。童話が書けそうだ
- 女
- おじいさんに会わせてあげたいのに<10年後の今日>
- 男
- まるであのご老人のお相手が来ないのを知っているような口ぶりですね
- 女
- 知ってるんです
- 男
- 魔女って予知もできるんですか
- 女
- まさか
- 男
- じゃあなんでそんな確信を持って言えるんです?
- 女
- いいわ。種明かしをしましょうか?あのおじいさんはね<10年後の今日>を、
少なくとも18回は繰り返しここで過ごしてるの。
そしてやっぱり明日も夜まで待ち続けきっとだれも来ない
- 男
- ・・なるほど。約束は覚えているのに、
相手が来なかったという事実は忘れて毎年同じ様にクリスマスの日にここで待っていると・・
そういうことですね。それを知ってるあなたは毎年辛かったでしょうね
- 女
- 毎朝ここで会うおじいさんが、クリスマスの夜に会ったときだけすっごく悲しそうなんですよね。
いつも笑顔の絶えないひとなのに
- 男
- 少なくとも18回っていうのは?
- 女
- 私が18の頃に今の会社に勤めだして、ここを通り始めたときから数えて18回
- 男
- じゃああのご老人はもしかするともっと以前から<10年後の今日>を繰り返して
- 女
- 戦争で離ればなれになったって言ってましたから
- 男
- 18回どころじゃない。もしかすればその倍以上ってことか
- 女
- 明日、ここを通るのが辛いです
- 男
- じゃあ・・魔法をつかってみたらどうでしょう
- 女
- もう冗談はやめましょう。ですから魔女なんていないんですって。私、魔女じゃないです
- 男
- じゃあ手品をやりましょう。先ほどの種明かしのお返しに僕から素敵な手品をお教えしますよ
- 女
- 手品?このタイミングでですか?
- 男
- まぁいいじゃないですか。
この広場にクリスマスツリーが飾られるようになったのって何年前からかご存知ですか?
- 女
- そうね・・4年前くらいじゃないかしら
- 男
- そう、ちょうど4年前にここは舗装し直されてクリスマスが近づくと真ん中にこのツリーが立つようになった。舗装されたときにツリーのこちら側とあちら側にそれぞれひとつずつベンチが置かれるようになりましたね
- 女
- ええ、それまではおじいさんはずっと植え込みのレンガに腰掛けていたけど、
4年前からいつもこのベンチに座る様になったわ
- 男
- ところでね、その丁度4年前のクリスマスからあちら側のベンチに
一人の年老いた黒い喪服のご夫人が座るようになったんです。
左手の薬指には指輪もはめているのに丸一日誰も迎えに来る様子もない。
ただじっとそこに座り、日が暮れると静かに立ち上がり帰って行く。
それがもう3年続けてクリスマスの日に繰り返されています
- 女
- その女性ってまさか
- 男
- これは僕の憶測ですよ。でも例えば、なにかのご事情で別の方とご結婚をされて、
しばらく忘れていたあのご老人との約束を旦那様が亡くなられたことをきっかけにふと思い出して、
ここに毎年やってきているとすれば
- 女
- でも・・もしそれが私達の勘違いだったとしたら?
その女性に会わせて、おじいさんを余計に落胆させることにはならないですか?
もしくはその女性が今年に限って来ないとか
- 男
- だからちょっとした仕掛けを
- 女
- どんな?
- 男
- 簡単ですよ。こちら側のベンチを30センチずらしておくんです
- 女
- ・・そっか、大きなクリスマスツリーが遮ってむこう側が見えなかっただけで
- 男
- ベンチをちょっとずらせば向こう側が見えるようになります
- 女
- やってみます。あの、ありがとう
- 男
- いいえ、私も明日が少し楽しみになってきました
- 女
- でも・・もしおじいさんが向こう側の女性に気がつかなかったら?
- 男
- 気づきますよ
- 女
- どうしてそう思うんです?手品師さんの仕掛けが完璧だから?
- 男
- いいえ。それは、何年も何十年もだれかを信じ続けることができたひとだけがなせる魔法です
- END