- N
- ここは、遠い宇宙の片隅です。
その片隅にロケットが一台やってきて
何の前触れもなく
爆発しました。
爆発音。
- N
- 今、宇宙の片隅に、薄汚れた冷蔵庫が一つ、浮かんでいます。
- 星
- おーい。おーい。
- 冷蔵庫
- (目が覚めて)・・・ん。
- 星
- 大丈夫ですか?生きてますか?
- 冷蔵庫
- ・・・ここは?
- 星
- ここは宇宙ですよ。さっき貴方をのせたロケットが爆発したんですよ。運がよかったですね。
- 冷蔵庫
- ロケットが爆発?
- 星
- はい。とても大きな爆発でした。
- 冷蔵庫
- ・・・そう。
- 星
- 大丈夫ですか?
- 冷蔵庫
- どうして僕がロケットに?
- 星
- さぁ。それはわかりませんけど。
- 冷蔵庫
- 君は誰?
- 星
- 私は星です。
- 冷蔵庫
- 僕は冷蔵庫。助けてくれてありがとう。お礼に何かあげるよ。
- 星
- お礼なんてそんな。
- 冷蔵庫
- そうだ。(カパッと冷凍室を開けて)アイスでも食べる?
- 星
- アイス。噂で聞いたことがあります。
- 冷蔵庫
- 冷たくて甘い、氷菓子さ。ちなみこれはアズキアイスだよ。
- 星
- (好奇心に駆られて)アズキアイスですか。
- 冷蔵庫
- 一緒に暮らしていた小さな女の子がいてね。その子がとても好きだったんだ。
遠慮しないで。ほら。
- 星
- それじゃあ失礼して・・・(カキっと音がして)冷たい!
- 冷蔵庫
- そりゃあアイスだもの。
- 星
- 嗚呼。口の中で徐々に溶けていく・・・これ、いけますね。
- 冷蔵庫
- もっと食べるかい?でも食べ過ぎるとお腹を壊すよ。
- 星
- いえいえこれ一本で十分です。それより、冷蔵庫さん、貴方これからどうするんですか?
- 冷蔵庫
- そうだ。早く家族のもとに帰らないと。僕がいないとみんな困ってしまうんだ。
僕はね。アイスだけじゃなくて、お肉とかお魚とかお野菜とか、色んなものを保存しなきゃいけないんだよ。そしてママが僕の中にため込んだ食材を使って、家族のためにとびきりおいしい晩ご飯を作るのさ。
- 星
- 貴方はみんなに必要とされているんですね。
- 冷蔵庫
- そう。僕はみんなに必要とされているんだよ。
- 星
- 幸せですね。
- 冷蔵庫
- うん。僕はとても幸せなんだ。ねぇお星さん。お家に帰りたいんだけど、どうすればいい?きっとあの子はアズキアイスがなくて泣いているはずだ。
- 星
- 残念ながら私は、ただの星なのでどうすることもできません。
- 冷蔵庫
- ここはよくロケットが通るの?
- 星
- いえ、ここをロケットを通ることはごく稀です。ロケットを待っていたら、あっという間に時間が過ぎてしまいますよ。
- 冷蔵庫
- それじゃあ困るよ!どうしよう。
- N
- 冷蔵庫が悩んでいると遠くから茶色いポンコツの回収機がやってきました。
- 回収機
- おまえ、そこで何をしている?
- 冷蔵庫
- 君は誰?
- 回収機
- 俺は回収機。宇宙のゴミを拾っているのさ。人間が簡単に宇宙に出れるようになって以来、みんな手当たり次第にゴミを捨てるからね。どこかの星なんざ、地球で処理しきれなくなったゴミでいっぱいだよ。
- 冷蔵庫
- ねぇ。回収機さん。お家に帰りたいんだけどどうしたらいい?
- 回収機
- 家に帰りたい?でもおまえ、ゴミじゃないか。
- 冷蔵庫
- 僕はゴミじゃない。冷蔵庫だ。
- 回収機
- おまえ、もしかして爆発したロケットに乗っていたやつか?
- 冷蔵庫
- え?何か知っているの?
- 回収機
- 知ってるも何も・・・
- 冷蔵庫
- とにかく僕をお家まで連れて行ってよ。ねぇ聞こえない?あの子の泣く声が。
アズキアイスが食べたいって泣いているんだよ。
- 回収機
- 聞こえないね。それに俺はここでゴミを拾うことしかできない。
- 冷蔵庫
- 僕は何かを冷やすことしかできないんだ。ねぇお願い。
- 回収機
- さようなら。
- 冷蔵庫
- ねぇ待ってよ。アズキアイスをあげるから!
- N
- 回収機は無情にも去ってしまいました。広大な宇宙空間の中、冷蔵庫は一人ぼっちです。
- 冷蔵庫
- おーい。おーい。誰か。誰かいませんか?僕を、僕をお家まで連れて行ってください。アズキアイスをあげますから。
- N
- するとそこへ火星人がテレポーテーションをしてやってきました。
- 火星人
- 呼んだ?
- 冷蔵庫
- 君は?
- 火星人
- あたしは火星人だよ。
- 冷蔵庫
- お願い。僕をお家まで連れて行って。あの子が泣いているんだ。
- 火星人
- 構わないよ。ちょうど人間を採取しに行こうと思ってたところさ。
- 冷蔵庫
- 本当に?ありがとう。
- 火星人
- あんたの家はどこにあるのよ?
- 冷蔵庫
- どこにあるって・・・あの地球の・・・あの辺さ!
- 火星人
- あの辺じゃわからないよ。覚えていないの?
- 冷蔵庫
- うん。なんだかいろんなことがボンヤリとしているんだ。ただはっきりとわかるのは、僕はお家に帰らなきゃいけないってことさ。
- 火星人
- ねぇ。あんたの頭の中を記憶を少しばかり覗いてもいいかな?そしたらあんたの家がどこにあるのかすぐわかると思うよ。
- 冷蔵庫
- もちろん構わないよ。
- 火星人
- それじゃあ失礼して・・・
- 火星人が冷蔵庫の頭の中を覗く音がする。
- 火星人
- 嗚呼。やっぱりあんたは家に帰らない方がいいよ。
- 冷蔵庫
- どうしてさ。
- 火星人
- どうしてもさ。
- 冷蔵庫
- おかしなこというじゃないか?どうして僕がお家に帰っては駄目なのさ?
- 火星人
- あたしにそんなことを言わせないでよ。
- 冷蔵庫
- いったい何があるっていうんだ。とにかく僕をお家に連れて行ってよ。あの子が僕を待っているんだ。
- 火星人
- しょうがない子だね。後悔しないって誓えるかい?
- 冷蔵庫
- もちろん。僕にはあの家しかないんだもの。
- N
- 火星人はしぶっていましたが、冷蔵庫の熱意に押されて、彼と一緒にテレポーテーションをすることにしたのです。
- テレポーテーションの音。
するとここは地球のどこかの街。
- 火星人
- ごめんよ。かなり探しただけど、見つからなかった。たぶんこの辺だと思うんだけれど。
- 冷蔵庫
- きっと合っているよ。なんとなく懐かしい感じがする。どうもありがとう。
アズキアイスをあげるよ。
- 火星人
- 頂くとしよう。
- N
- 火星人はアズキアイスを受け取るとテレポーテーションであっと言う間に消えてしまいました。するとそこへ一台のトラックがやってきました。
- トラック
- よう久しぶり。
- 冷蔵庫
- 誰?
- トラック
- 覚えていないかい?おまえを家に運んだあの時の・・・
- 冷蔵庫
- 嗚呼!
- トラック
- 思い出してくれたかい?
- 冷蔵庫
- もちろんさ。君、少し老けたんじゃないか。
- トラック
- 当り前さ。もうあれから20年も経つんだもの。
- 冷蔵庫
- え?20年?
- トラック
- ああ。たった20年で町も風景もすっかり変わってしまったね。
- 冷蔵庫
- 僕が宇宙を彷徨ってる間に、そんなに時間が経っていたの?
- トラック
- おまえ、何を言ってるんだ?
- 冷蔵庫
- 急がなきゃ!
- トラック
- 急ぐってどこへ?
- 冷蔵庫
- 決まってるだろ。僕のお家さ。
- トラック
- おいおい。おまえ、大丈夫か?今さらあそこに行ってどうするのさ?
- 冷蔵庫
- 決まってるじゃないか。僕がいないとみんなが困るんだ。それにあの子が泣いている。
- トラック
- 駄目だよ。やめておいたほうがいい。
- 冷蔵庫
- どうして?
- トラック
- なぁいい場所があるんだ。おまえのように行き場を失ったやつの溜まり場があるんだ。そこを案内してやるよ。
- 冷蔵庫
- 遠慮しておくよ。
- トラック
- おい。どうしてもいくのかい。
- 冷蔵庫
- あの子が僕を待っているんだ。
- N
- 冷蔵庫は、自分のお尻についているとても小さなキャスターを動かして、お家に帰ろうとしましたが、なかなか進むことができません。
- トラック
- おまえ、それじゃあ、いつになっても辿りつきやしないよ・・・
- 冷蔵庫
- 放っておいてくれ。
- トラック
- わかった!わかったよ・・・連れていく・・・連れていくから。
- 冷蔵庫
- 本当に!?
- トラック
- ああ。とても見ていられない。
- N
- トラックはしぶしぶ冷蔵庫を荷台に乗せて、冷蔵庫のいたお家へと走りだしました。
- 冷蔵庫
- 乗せてくれてありがとう。
- トラック
- なぁ?本当に行くのかい?今なら止めることもできるんだぜ?
- 冷蔵庫
- いいから僕をお家に連れていってくれ。
- トラックの止まる音。
- トラック
- 着いたよ。
- 冷蔵庫
- 着いたって・・・空き地じゃないか。
- トラック
- そう空き地だ。
- 冷蔵庫
- 僕のお家はどこ?
- トラック
- もうないよ・・・何年も前に取り壊しになったんだ。おまえの家族は引っ越してしまったんだよ。その時に、おまえはロケットで宇宙のリサイクル工場に送られたんだ。
- 冷蔵庫
- ・・・僕の家族は?
- トラック
- さぁね。行き先はわからないよ。こんなところにいても仕方がない。さぁ行こう。
- 冷蔵庫
- 僕はここにいる。
- トラック
- いてどうする?
- 冷蔵庫
- ここまで運んでくれてありがとう。アズキアイスをあげるよ。
- N
- トラックが去った後、冷蔵庫はそのまま、空き地で何年も何年も家族を待ち続けました。しかし家族は一向にやってきません。時が経つにつれて、冷蔵庫も徐々に徐々に衰えていきます。やがて冷蔵庫の命が尽きようとする時、冷蔵庫の前に一人の老婆がやってきました。
- 老婆
- ねぇあんた。私のことを覚えているかい?
- 冷蔵庫
- もちろん。ずっと待っていたんだ。
- 老婆
- 本当に?嬉しいね。
- 冷蔵庫
- 君も僕のことを覚えている?
- 老婆
- もちろん覚えているさ。あんたは私の家族だった。
- 冷蔵庫
- 君も僕の家族だった。
- 老婆
- 私は反対したんだ。あんたをリサイクルに出すなんて。
- 冷蔵庫
- 思い出した。君は僕のために小さな身体で泣いてくれたね。
- 老婆
- 嗚呼。何もかもとおい昔。夢のよう。ねぇどうしても食べたいものがあるんだ。
- 冷蔵庫
- わかってるよ。君のためにずっと冷やしておいたんだ。
- 老婆はアズキアイスを食べる。
カキッ!
- 老婆
- 冷たい・・・あたしはこれが大好きなんだ。
- 老婆はにっこり笑って・・・
- 終わり。