- テレビ局の楽屋
- 男
- 僕は、子役ブームの次は、シニアブームが来ると思ってるんですよ
バラエティーにはもう慣れました?
- 爺
- ええ、まあ(と、照れる)
- 男
- それは良かった。今日はよろしくお願いします
- 爺
- よろしくです
- 男
- 台本の方はもう(読みました?)
- 爺
- あー、ちょっとだけ、意味の分からないところは
- 男
- どの辺りでしょうか
- 爺
- 誤植ですかな
- 男
- 誤植?
- 爺
- 全体的に、パンジーが全部バンジーになっているような?
- 男
- いや、バンジーですけど
- 爺
- バンジー?
- 男
- バンジーです
- 爺
- 何ですの。バンジーて
- 男
- あの、落ちるやつ
- 爺
- 落ちるやつ?
- 男
- あれ? お伝えしましたよね? 相馬さんが、サンタの服を着て、バンジーをしながらメリークリスマスって叫ぶっていう…
- 爺
- ええ、その…えっ?
- 男
- え? 相馬さんはどういうことだと…(思っておられたんですか?)
- 爺
- パンジーの花びら蒔きながらメリークリスマス言うのかなと思っておったんですが
- 男
- ああ…ちょっと、違いますねえ
- 爺
- 違うみたいですねえ。何ですの。バンジーて
- 男
- 高い所からゴムをつけて飛び降りるやつです
- 爺
- え? 高い所から?
- 男
- 飛び降りる
- 爺
- 誰が?
- 男
- 相馬さんが
- 爺
- 高い所っちゅうのは…どんなくらいの?
- 男
- 50メートルくらいですね
- 爺
- 50メートル? から飛び降りる?
- 男
- もちろん、ゴムは付いてますけど
- 爺
- ゴムは付いている(全く想像出来ていない)
- 男
- 下まで落ちないように、ゴムが付いていますから、安全は安全です
- 爺
- え、その、ゴム?は…どこに付いてますの?
- 男
- あの、あとでテストしに行きますから。見てもらった方が早いですね
- 爺
- ああ、そうですか。すんません。
- ノックの音
- 男
- どうぞー
- ドアの開閉音
- 女
- 失礼します
- 男
- ああ、どうもー
- 女
- 今日はお世話になります
- 男
- バンジーのインストラクターをされている佐古田さんです
- 女
- 佐古田です
- 爺
- 相馬です
- 男
- 相馬さんは知ってるよね
- 女
- 実は、大ファンなんです
- 男
- 相馬さん(やったね)
- 爺
- いやあ(と、照れる)
- 女
- サンタの服、お似合いですね
- 爺
- いやあ、あんたも素敵やで。足、綺麗やなあ
- 女
- そんなことないですよー(と、照れる)
- 男
- あ、台本は? もう(読んだ?)
- 女
- あ、はい
- 男
- 内容大丈夫
- 女
- ええ
- 男
- いやあ、こっちはちょっと勘違いがあってね
- 女
- 勘違い?
- 男
- 相馬さん、バンジーご存知なくて
- 女
- そうなんですか!?
- 男
- 何か、写真ない?
- 女
- ああ、ちょっと待って下さい
- 女
- でも、格好いいですよねー。歳おいくつでしたっけ
- 爺
- 78です
- 女
- 78…全国のお年寄りの皆さん、絶対元気貰えますよね
- 男
- 今日の放送がね、シニアブームの先駆けになるような気がするんだよ
- 女
- 先駆け! !(格好いい!!)
- 爺
- 佐古田さん
- 女
- はい
- 爺
- バンジーをやってる"最中"ていうのは、どんな感じですの
- 女
- そうですねー「○▲□☆!!」って感じですかねえ ※好きな表現でお願いします
- 爺
- なんや、よう分からんけど、可愛い顔してえらいもんやで
- 女
- いやいや
- 爺
- 肌、真っ白やし。綺麗な顔してますなあ
- 女
- そんなことないですよ(と、嬉しい)あ、ありました(と、本を取り出す)
- 男
- 相馬さん、恋しちゃったんじゃないですかあ?
- 爺
- 私もまだまだ現役ですからな(と、笑いながら男同士でふざける)
- 男
- (笑いながら男同士でふざける)※お互いアドリブでお願いします
- 女
- (写真の載ってるページを開けて)これがバンジーです
- 爺
- …(笑いが一気に引く)
- 男
- …(爺の反応を窺う)
- 爺
- へえ…
- 女
- 安全対策はバッチリ出来てますから
- 爺
- なるほどね。コレ…なるほどね
- 男
- じゃあ、進行の確認をします。バンジーのコーナーが来たらスタジオと中継が繋がります。スタジオにはサプライズゲストが来てますので、相馬さんはサプライズゲストと中継で話していただきます。相馬さん、聞いてます?
- 爺
- はい?
- 男
- サプライズゲスト。相馬さんのよく知る方がスタジオに来られますので、中継で話していただきます。ちなみに、その方は、相馬さんがバンジーをやることを知りません
- 女
- へえ、楽しみ!
- 女
- うまく飛べたらご飯食べに行きませんか?
- 爺
- ああぁ、それはよろしいなあ
- 男
- クリスマスなのに予定ないの?
- 女
- そういうこと言わないで下さいよ~!
- 爺
- ああ、今のは、可愛そうですわあ(嬉しさ滲み出ている)
- 女
- 相馬さんこそ、奥さんいらっしゃるのに大丈夫なんですか?
- 爺
- アレはもう、よろしいねん
- 女
- もうよろしいって。ウケる
- 爺
- 今朝も喧嘩ですわ。しょーもないことで
- 男
- あ、そろそろ、行きましょうか。バンジーのテスト
- 女
- ああ、はい(爺に)え、どんな喧嘩したんですか?
- 爺
- 味噌汁の具が二日続けて同じや違うや、そんなことですわ
- 男
- あ、ちょっと待って下さい。誰か廊下で歌ってる…
- 女
- ホントだあ(と、笑う)
- ドアの開閉音
- 婆
- ♪(何か歌いながら)…あ、すんません、間違えました ※選曲はお任せします
- 男
- (小声で)ちょっと!
- 婆
- (小声で)すんません。あれ? 部屋どこやったかいな
- 男
- (小声で)何で出て来たんですか
- 婆
- (小声で)トイレや。ああ、主人と目合ってもうた
- 男
- (小声で)ああ、ダメですっダメですっ
- 婆
- (小声で)何て誤魔化そ
- 男
- (小声で)ああ、もう、戻って下さいっ
- 婆
- あれえ? あんた、こんなとこに来てもうたわあ
- 男
- ああ…
- 婆
- スーパー行こ思たらこんなとこ来てもうたわ(と、笑う)
- 爺
- アホちゃうか
- 婆
- アホて何やの! あんたが明日は豆腐がええ言うから今から買いに行くんやないの!サプライズでお揚げさんも入れてあげよ思て。サプライズゲストだけに
- 男
- 奥さん!! 言っちゃダメだわ。サプライズは
- 婆
- あ、ほんまや。うまいこと言うてもたから(と、笑う)
- 男
- 笑えないですわあ…
- 婆
- (爺に)バレたやないの! あんたココにおるから!
- 爺
- 違うやろ! 何でココに入って来たんや!
- 婆
- 相馬様て書いてあったからや! 無意識や! 入ったらコレや!
- 女
- 奥様も面白い方ですね
- 婆
- えっーと? どちらさん?
- 女
- バンジーのインストラクターの佐古田です
- 男
- 佐古田さん!! 言っちゃダメだわ。バンジーは
- 女
- あ、バンジーも内緒でしたっけ
- 男
- さっき言ってたでしょ?
- 女
- すみません
- 婆
- バンジーて、あの、落ちるやつか?
- 爺
- おまえ、知ってるんか!?
- 婆
- 当たり前やないの
- 男
- あの、そろそろ出発…
- 爺
- ああ、そうですわな
- 婆
- ちょっと待って? まさか、あんたがやるんちゃうやろな
- 爺
- それが、やるんやわ。すごいか?
- 婆
- それは、あかんよ? やめさせて下さい
- 女
- バンジーは安全ですから大丈夫です
- 婆
- この人は、脚立にも登れない人です
- 爺
- バンジーは平気や
- 婆
- 高さが違うやないの!
- 爺
- バンジーはゴムが付いとるから(適当)
- 女
- だから大丈夫ですよ(適当)
- 婆
- あんた、頭おかしくなったんちゃうか
- 男
- 早く出発しましょう
- 婆
- 私も行きます
- 男
- 奥さんはスタジオなんで
- 婆
- 主人の死を見届けさして下さい!
- 爺
- 縁起でもないこと言うなや!
- ドアの開閉音
バンジージャンプ台の上
強い風が吹いている
- 婆
- あんた、大丈夫やで。こんなん、絶対大丈夫
- 爺
- ああ
- 婆
- バッて飛んで、ビヨーンや。ゴム付いとるから
- 爺
- ちょっと、すんません
- 男
- はい?
- 爺
- 一人にさしてもらえます?
- 男
- 奥さん、下で見守りましょう
- 爺
- 佐古田さんはいて下さい
- 女
- もちろん
- 男
- ちなみに、飛ぶ前のコメントは考えて来て下さいました?
- 爺
- ええ。「花言葉は純愛。皆様の心に純愛をお届けします」
- 男
- それ、"パンジー"のやつですよね
- 爺
- そうですね
- 男
- 別のやつで
- 爺
- じゃあ…「もしも死んだら、私の臓器はプレゼント」サンタだけに
- 男
- ああ、別のやつで
- 爺
- 考えときます
- 男
- お願いします。奥さん、行きましょう
- 婆
- あんた!
- 爺
- 何や
- 婆
- あんたみたいなチキンも、今日だけは飛べるわ。クリスマスだけに
- 男
- それ、いただきましょう
- 鉄の階段を下りる足音
依然、強い風が吹いている
- 女
- 心の準備はいいですか
- 爺
- 佐古田さん
- 女
- はい
- 爺
- 一つお願いがありまして
- 女
- 何でしょう
- 爺
- 私が飛んだ瞬間、この花びらを蒔いてもらえますか
- 女
- これは?
- 爺
- 家内との結婚式で蒔いた花です
- 女
- サルビア…?
- 爺
- ああ、よう知ってはる
- 女
- 花言葉は…
- 爺
- 恋の情熱。私もまだまだ現役ですわ
- 女
- これを用意されてるってことは…奥さんがサプライズゲストだって気付いておられたんですか?
- 爺
- 何年連れ添ってる思てますの。最近の様子見とったらバレバレですわ。ほんまはパンジー蒔きながらこっそり蒔くつもりやったけど(と、苦笑して)ほな、行って来ます!
- お爺ちゃん、バンジージャンプ!!
空中に舞うサンタとサルビアの赤い花びら
- 爺
- メリークリスマッスアーッ!!
- お爺ちゃんの声が空に響く
バンジージャンプ台の下
- 男
- あ、何か、花びらが舞ってる…
- 婆
- もう(と、ため息が漏れて)…敵わんわ
- お婆ちゃんの瞳が赤く潤んで―
- 終