- 包装紙や箱など、色とりどりのラッピングを扱う雑貨店。
ひとりのおばあちゃんと孫のクミが店番をしている。
- おばあちゃん
- さぁ、今日はきっと午後から大忙しになるからね。クミちゃんもおばあちゃんのお手伝いしてちょうだい
- クミ
- どうして?どうして今日は忙しくなるの?
- おばあちゃん
- それはね、明日世界中のみーんなが大切な誰かにプレゼントをあげる日だからよ
- クミ
- クミも貰える?
- おばあちゃん
- 勿論、いい子にしてたらね。さぁさぁクミちゃん、これをそっちの棚に置いてちょうだい
- クミ
- わぁっ!可愛い箱!ピンクの水玉!
- おばあちゃん
- リボンは全色あるわね・・あらいやだ、今日のために仕入れといたメッセージカード、まだ出してなかったわ。年をとると忘れっぽくって
- クミ
- ねーねーおばあちゃん。どうしておばあちゃんのお店の箱の中身は全部からっぽなの?
- おばあちゃん
- それはこのお店にくる人が、思い思いのプレゼントを用意できるようによ。みんな空っぽの箱やまっさらな包装紙を買いにきて、それぞれの想いがこもったプレゼントを自由に包むの
- クミ
- でも中身がないより、あるほうがずーっといいのに。
- おばあちゃん
- そうね。でもそうじゃないこともたまにはあるのよ。さ、クミちゃん、このシールを棚に足しといてちょうだい
- クミ
- ねーねーおばあちゃん
- おばあちゃん
- はいはい、きこえてますよ
- クミ
- おばあちゃんは魔法使いなの?
- おばあちゃん
- え?
- クミ
- ママがいってたの。おばあちゃんは、その人に『あつらえた』ようにぴったりの包み紙を探す魔法使いなんだって・・『あつらえた』ってなぁに?
- おばあちゃん
- そう、ママが
- カランコロンという音がして、扉が開く。一人の年配の男性が入ってくる。
- おばあちゃん
- いらっしゃいませ
- クミ
- いらっしゃいませー
- 男
- あ・・どうも
- おばあちゃん
- 今日はずいぶんと冷えますね。なにか、お探しですか?
- 男
- いや、それがその
- おばあちゃん
- 奥様へのプレゼントの包装ですか?中身を仰って頂ければ、ぴったりのものを一緒にお選びしますよ。それに奥様の好きな音楽や服装を教えて頂ければ、きっと気に入られる形や色味をお探しできるかと
- 男
- はぁ、音楽や服装ですか・・
- おばあちゃん
- ええ、ラッピングというのは、中身がなにかという想像力をかき立ててくれる相乗効果があるんですよ。その方の普段の嗜好から、一目みて気に入って思わずワクワクするような包み紙を選ぶんです
- 男
- しかし、妻の趣味はお恥ずかしながら私にはよくわからなくて。来年定年をむかえるんですが、今迄ずっと仕事仕事で来てまして
- おばあちゃん
- お客様くらいの男性の方はみなさん、そうおっしゃりますよ。だけど、一緒に住んでいたら自然とヒントが隠されているものです。例えば奥様が買い替えたタオルやスリッパの色味は何色が多いなぁとかね
- 男
- タオルやスリッパ・・はて、何色だったかな
- おばあちゃん
- あらまぁ、じゃあ、差し支えなければプレゼントされる物を教えて下さいな。
先に箱なのか、包み紙なのか、それとも袋なのか形を決めちゃいましょう
- 男
- いや、それが・・
- おばあちゃん
- あら、お聞きしちゃまずかったかしら?
- 男
- いえ、そんなことはないんですが、その・・・・・・ないんです
- おばあちゃん
- ない?
- 男
- その、妻へのプレゼントなんて何年振りか・・何を買ったらいいかわからなくて。それで困って、とりあえずクリスマスらしい包み紙でもみたら何か思いつくかなと・・すみません
- おばあちゃん
- ・・そういうこと。でも、どうして今年はまた突然プレゼントを?
- 男
- 定年退職の前祝いも兼ねて、今年は久し振りに外食しようなんて言ってしまいまして。ほら、この向かいに赤い壁のイタリアン料理屋あるでしょ。
あそこは想い出のお店でね。初めて2人で食事した店なんです。
- おばあちゃん
- なるほどね
- 男
- ほら、店まで予約しといてプレゼントがなかったら格好がつかないというか。だからと言って妻のことはなにも分からない。昔は時、家でも酒を一緒に飲んだりして、話しをしたもんですが・・
- おばあちゃん
- わかりました。ではちょっとお待ち下さいね。
- 男
- あの・・わかったって何が
- おばあちゃん
- うーん、これかしら。いや、やっぱりこっちね。はい、お待たせしました。こちらでいかがでしょうか、お客様
- 男
- これは・・?
- おばあちゃん
- ワインを入れるのにぴったりの紙袋でしょ?なにをプレゼントしたらいいか分からないのでしたら、明日お食事に行かれる前にそれを持って奥様とお買い物に行かれてはどうでしょう?
- 男
- 妻と一緒にですか?
- おばあちゃん
- なにもサプライズだけがプレゼントじゃありませんよ。その紙袋は奥様を誘うきっかけに。色はあの赤い壁のお店に持って行って合う様に深緑にしてみました
- 男
- そうか・・長い間、買い物ひとつ一緒にしてなかったな
- おばあちゃん
- ワインのひとつでも買っておけば、定年後にまたお二人でゆっくり語らいながら飲めるじゃないですか
- 男
- そうですね。ありがとう。これ、いただきます
- おばあちゃん
- はい、かしこまりました
- 古めかしいレジのチーンと鳴る音。
- 男
- どうも、助かりました
- おばあちゃん
- 良いクリスマスを
- 男は紙袋を買い、店を出る。
- クミ
- 今のが『あつらえた』?
- おばあちゃん
- ん?ああ、そうだといいわね
- クミ
- 魔法使いなのにわかんないの?
- おばあちゃん
- だって、『あつらえた』ようにピッタリだったかどうかは、あのお客様が決めることでしょ。人の心はね、簡単にはわからないから面白いのよ
- クミ
- わからないのが面白いの?へーんなの
- カランコロンという音がして、また扉が開く。今度は一人の年配の女性が入ってくる。
- おばあちゃん
- いらっしゃいませ
- クミ
- いらっしゃいませー
- 女
- ・・こんにちは
- おばあちゃん
- なにか、お探しですか?
- 女
- いえ、それがその
- おばあちゃん
- 旦那様へのプレゼントの包装ですか?
- 女
- ええ、まぁ・・
- おばあちゃん
- どんなものを包むご予定ですか?旦那様のご趣味などを仰って頂ければ一緒にお探ししますよ
- 女
- 趣味・・さぁ、私にはよくわからなくて。夫は仕事一筋なものですから
- おばあちゃん
- ・・あらまぁ、このパターンはもしかして。ところで、そんなお仕事熱心な旦那様にどんなプレゼントを
- 女
- あの、それが、その・・・・・・・ないんです
- おばあちゃん
- やっぱり
- 女
- え?
- おばあちゃん
- いえ、こちらの話です
- 女
- その、主人へのプレゼントなんて何年振りか・・何を買ったらいいかわからなくて。それで困って、とりあえずクリスマスらしい包み紙でもみたら何か思いつくかなと・・すみません
- おばあちゃん
- ・・一応聞いておこうかしら。どうして今年はまた突然プレゼントを?
- 女
- 夫の定年退職の前祝いも兼ねて、今年は久し振りに外食しようって、あの人が珍しく誘ってくれたんです。なんだか年甲斐にもなくソワソワしてきてしまって。昔みたいにプレゼントのひとつくらい用意してみようかと
- おばあちゃん
- なるほどね。あの向かいの赤い壁のイタリアン料理屋さんで
- 女
- まぁ、どうしてわかったんですか?そうなんです。あそこは私達の想い出のお店で
- クミ
- あのね、きっとおばあちゃんは魔法使いだからわかったんだよ
- 女
- はぁ
- おばあちゃん
- わかりました。ではちょっとお待ち下さいね。
- 女
- あの・・わかったって何が
- おばあちゃん
- そうねーえーっと、やっぱりあれかしらね。はい、お待たせしました。
こちらでいかがでしょうか、お客様
- 女
- これは・・?
- おばあちゃん
- ワイングラスを2つ入れるのにぴったりの箱でしょ?なにをプレゼントしたらいいか分からないのでしたら、明日お食事に行かれる前にそれを持って旦那様とお買い物に行かれてはどうでしょう?
- 女
- 主人と一緒にですか?
- おばあちゃん
- その箱は旦那様を誘うきっかけに。色はえんじで良いかと思いますよ・・
あのお客様のマフラーと手袋もえんじ色だったしね
- 女
- 2人でお買い物なんて何年振りかしら
- おばあちゃん
- もしかして、旦那様が定年後に二人でゆっくりワインを飲みたくなってもグラスがなかったらはじまりませんからね
- 女
- そうですね。ありがとうございます。これ、いただきます
- おばあちゃん
- はい、かしこまりました
- またもや、古いレジの音がチーンと鳴る。
- 女
- 本当に魔法使いさんみたいね
- おばあちゃん
- あら、まぁ。それは褒め言葉ですか?
- 女
- こんなにわくわくするのは久し振りです。プレゼントって貰うのも嬉しいけど、考えるこの瞬間が一番楽しいですよね。すっかり忘れてたわ、こんな気持ち。なんだか初恋の時みたい。また、来ます。今度は主人と一緒に
- おばあちゃん
- 良いクリスマスを
- 女は箱を持って、店を出る。
- クミ
- ねーおばあちゃんは魔法使いなの?魔法使いじゃないの?
- おばあちゃん
- さぁ、どっちだろうね
- クミ
- えー自分のことなのにわからないの?へーんなの
- おばあちゃん
- 『へーんなの』(クミと同時に)
- また、扉の開く音。クミの母が帰ってくる。
- 母
- ああ、さむーいっ
- クミ
- あー!ママだー!
- 母
- ただいま、クミ
- おばあちゃん
- お帰りなさい
- 母
- 降って来たわよ、雪
- おばあちゃん
- あらまぁ。あったかいお茶でも入れましょうかね
- 母
- クミ、いい子にしてた?ごめんなさいね、こんな忙しい日に預けちゃって
- クミ
- クミ、ちゃんといい子にしてたよ。ねー、おばあちゃん
- おばあちゃん
- ねー。クミちゃんはちゃあんとお店も手伝ってくれたわよねー
- クミ
- うん!
- クミの母は、鞄から袋を取り出す。
- クミ
- あーそれ!オモチャ屋さんの袋だ
- 母
- あんた、そういうとこはめざといわね。誰に似たんだか
- クミ
- なに?なにが入ってるの?
- 母
- だめよ、これは明日のお楽しみ
- クミ
- えーケチー
- おばあちゃん
- じゃあ、おばあちゃんがとっておきのを選んであげようかね。こうやってあなたのプレゼントのラッピングを昔からよく選んであげてたものだわ
- クミ
- ママのプレゼント?
- おばあちゃん
- そうよー。マフラーを編んだけど渡せないってうじうじしてるもんだから、とっておきの包装紙を出してあげたこともあったわ
- 母
- ちょっとやめてよ、いつの話しよそれ
- クミ
- ねぇねぇ、だれにあげたの?
- おばあちゃん
- 決まってるでしょ。クミちゃんのパパよ
- 母
- もう、昔の話しはいいから
- クミ
- えーもっとききたいー
- 母
- あらそう、じゃあこれはいらないのね?
- クミ
- いーるー!
- おばあちゃん
- はいはい。じゃあ、ママからクミちゃんへのプレゼントのラッピングはこれね
- クミ
- あーピンクの水玉!
- 母
- こら、まだ中身入れてないんだから
- クミ
- ママ知らないの?中が入ってなくてもいいものはあるんだよ
- おばあちゃん
- あら、クミちゃんも分かるようになったのね
- クミ
- おばあちゃんはやっぱり魔法使いだね。ほら、クミに『あつらえた』みたい!」
- END