- 日帰りできる、関西近郊の山中。
三人の女が山頂を目指していた。
- 女一
- 『物語は、一通の間違いメールから始まる』
- メールの着信音。
- 女二
- すごーい、こんな山ん中やのにメール着信するんや。
- 女一
- うん、けっこう普通に着信するよ。
- 女三
- ああ、ヤダヤダ。日常を忘れたいのにこんな所まで日常がおっかけてくる。
- 女二
- でも、遭難しそうな時とか安心やないですか。
- 女一
- それが、受信はできるんだけど、発信はできなかったりするのよ。
- 女二
- それじゃ意味ないか。
- 女一
- 夏に槍(やり)に登った時、天候が悪くてさ。ナナエから「無事か?」ってメールが何度も届くんだけど、返信しようとしても無理だったのね。心配してるだろうなって気が気じゃなかったわ。
- 女三
- ほんま、あと一時間連絡がなかったら捜索願いだすつもりやったもん。
- 女一
- あぶないあぶない。
- 女二
- すごいなあ・・・槍ヶ岳、私もいつか登ってみたいなあ。
- 女一
- もう少し経験つめば行けるようになるよ、ユウナちゃん、なかなか体力あるし。
- 女二
- いやいや。先月初めて山登り連れてってもらったでしょ。その翌日から、めちゃ大変でしたよ。筋肉痛バリバリで、一週間くらいぎゃあぎゃあ言うてましたもん。
- 女三
- あんたな、翌日に筋肉痛きたんやったらまだエエほうやって。私なんか、三日くらいたって、身体がギシギシ痛みはじめて、風邪か?なんや悪い病気か?てさんざん心配して、あ、ひょっとしてこないだの山登りの筋肉痛か、て思い当たるんやから。
- 女二
- またまた。ナナエさんが一番、山歴は長いでしょ。
- 女三
- せやけど、そんなに毎週毎週どっかに登りに行けへんし。・・・昔はエリを山に連れて行ってあげてる立場やったけど、すっかり経験値も体力も追い抜かされてしもたな。
- 女一
- いえいえ。ナナエさんのセンスには一生かかってもかないません。
- 女二
- センス?
- 女一
- 山と一体になれるって言うのかな・・・地形や山並みで自分の位置がほぼ掴める。
- 女二
- へえ?
- 女三
- 山ん中で育ったからかな。
- 女一
- ちょっと、ここらで小休止しようか。
- 女二
- はーい。
- 女三
- あと三、四十分くらいで尾根道につく感じかな。
- 女一
- うん。コースタイム通りに来てるし、そんなもんかな。
- 女三
- ユウナちゃん、抹茶チョコ食べるか。
- 女二
- やったいただきます。私も、今日はおやつ持って来ましたよ。
- 女たちはリュックを降ろす。
女は、携帯を開き、さきほど届いたメールを読む。
- 男
- 『キョウコ、元気か?日本は寒いだろうね。ボクは先日、ジャングルトレッキングのツアー ってのに参加してきたよ。首長族の村に宿泊したりして。けっこう楽しい経験をした。
仕事ばかりでなにもせずにこの国を去るのが悔しくて、最後にエイっと遊んでみました。 さて、明後日のクリスマスイブ、いよいよ帰国します。荷物がけっこうあるので関空まで迎えに来てくれないか?一8時くらいに到着予定。お土産いっぱい買ったからお楽しみに。
コタロウより』
- 女一
- 誰だ、コタロウって・・・。
- 女三
- エリ。
- 女一
- ん?
- 女三
- チョコどうぞ。
- 女二
- ドライフルーツもどうぞ。
- 女一
- ありがと。
- 女三
- さっき来たメール?
- 女一
- 知らない人から。
- 女二
- え?
- 女一
- 関空まで迎えに来いって。
- 女二
- 読ませてもうていいですか?
- 女一
- どうぞ。
- 女二
- 『キョウコ、元気か?日本は寒いだろうね。』
- 女三
- キョウコて誰やねん。
- 女二
- 『ボクは、ジャングルトレッキングのツアーってのに参加してきたよ。首長族の村に宿泊したりして。けっこう楽しい経験をした。』
- 女三
- ジャングルツアーに行く言うたら、やっぱりエリの知り合いちゃうん?
- 女一
- いや、コタロウって人なんか、知らないし・・・。
- 女二
- 『明後日のクリスマスイブ、いよいよ帰国します。荷物がたくさんあるので関空まで迎えに来てくれないか?一8時くらいに到着予定。』
- 女三
- あらら。このままやったら待ちぼうけになってまうんちゃうん。
- 女二
- おっ、けっこう男前。
- 女一
- え?
- 女二
- 写真が添付されてたから。首長族の人と並んでVサインしてはる。
- 女三
- 見せて見せて・・・おお、コタロウ、けっこうイケメンやん。
- 女二
- やっぱり知らない人ですか?
- 女一
- うん。
- 女三
- この文面からして、彼女に向けて送ったメールやろ。けど、彼女にメール送るのに アドレス間違えたりはせんよな。
- 女一
- 手のこんだイタズラか?
- 女三
-
<あっ、エリ、最近メルアド変えたやん。/p>
- 女一
- うん、先週変えた。迷惑メールが多くて鬱陶しかったから。
- 女三
- って事は、そのメアドが、コタロウの彼女のメアドやったとか。
- 女二
- 久々に彼女にメール送ったら、彼女がメアドを変えてた、とか?
- 女三
- ありえるな。
- 女一
- でも、そんなに長い間連絡しなかったような文面じゃないけど・・・。
- 女二
- メール送ってみたらどうです?
- 女一
- え。
- 女三
- ほんまや。間違いですよって送ったりいな。
- 女一
- でもさ、
- 女二
- 関空で待ちぼうけになってもうたら可哀想ですよ。
- 女三
- 既にすれ違っちゃってる可能性も大いにあるけど。ふふッ、何かおもろいなぁ。
- 女一
- 何を期待してんだか。・・・取りあえずメールしとくか。
- 女二と三
- うん。
- 女一、メールを打つ。
- 女三
- すれ違ってしもてたら、エリ、付き合うたらエエねん。
- 女一
- は?なに馬鹿なこと言ってんの。
- 女三
- んじゃあ、私が行こか。
- 女二
- ナナエさん、旦那さん居るじゃないですか。
- 女三
- せやんな。
- 女二
- 私、けっこうコタロウの顔、タイプかも。
- 女三
- そういうユウナちゃんかて、できたんやろ彼氏。
- 女二
- 別れましたよ。
- 女三
- 何、もう別れたん?
- 女一
- 薬屋さんに勤めてるって人?
- 女二
- だって、すんごくたよんないし、優柔不断やし。
- 女三
- 先月、優しいんですよて、トロンとした目ぇで言うてなかった?
- 女二
- そやけど、何でも受け身なんです。デートどこ行くとか、なに食べるとか、チューするとかせえへんとかまで、ウチが決めなアカンて、どういうこと?お前、たまには自分で考えて行動せえや!てブチギレてしまいました。
- 女三
- キレれる前に、普通にアドバイスしてあげたらエエのに。
- 女二
- 私やっぱり、俺に付いて来い系の人が向いてる気がする。
- 女三
- 身勝手で、横暴で、考え方が骨董品みたいな男なんか耐えられへんて、つい二ヶ月くらい前に聞いた気がするけどな。
- 女二
- ともかく、明日はイブイブなんで、合コン行って彼氏みつけないと。
- 女一
- サイクル早いなぁ・・・。
- 女三
- 誰かさんみたいに、過去をずるずる引きずってても、エエこと一つもないから。
- 女一
- なあに?
- 女三
- 書けたんメール。
- 女一
- 「コタロウ様、私は小石川と申します。下記のメールが間違って私の所に届きました。もう一度アドレスを確かめて送り直された方がよろしいのではないでしょうか。」
- 女二
- 事務的すぎ。
- 女三
- 愛想なさすぎ。
- 女一
- 当たり前でしょ見ず知らずの人に送るんだから。
- 女三
- 見たやん写真。
- 女一
- せっかく山に来てるんだよ。メールはもう終わり。送信っと。
- 女二
- ええ~。
- 女一
- さて、行きますか。行けますか?
- 女三
- エリ、あんたも、明日ユウナちゃんと一緒に合コンに参加して彼氏作り。
- 女一
- なによ、いきなり。
- 女三
- ニシオカ君とは、そりゃあお似合いやったけど、三年もたつんやで。向こうは結婚して、もう子供までいてるんやから。
- 女二
- ニシオカ君?
- 女三
- エリと高校ん時から付き合っててな。絶対、二人は結婚するてみんな思てたのに、トンビに油揚げって感じで、するっと別の女が持って行きよってん。
- 女一
- ・・・ニシオカと会うたん?
- 女三
- 偶然な。・・・エリの事心配しとったで。
- 女一
- 別に心配してもらわなくても。
- 女三
- キツイこと言うようやけど、もうモトサヤはありえへんから。
- 女一
- そんなこと期待してない。
- 女三
- じゃなんで三年間も一人なん。
- 女一
- ・・・面倒っていうか、山さえあれば、別に、恋とかいらないかなって。
- 女二
- それはあきませんよ。
- 女三
- ユウナちゃんは、ユウナちゃんで問題やと思うけど。なんで長続きせえへんのかなぁ・・・。
- 女二
- はいー・・・・。
- 女一
- なんで恋しなくちゃならないわけ?気持ちなんてどうせ変わるし、ふりまわされるし、やっかいだし・・・たとえ今から結婚して、死ぬまで一緒にいたって、たかだか数十年だよ。それだって結局は死に別れるんだよ。山は変わらないもん、山はずっと山のままだもん。
- 女三
- じゃあ、なんであんたは一生懸命、山登るん?どうせ降りてくるんやから、山なんか登らんでエエんちゃうん。
- 女一
- それは、
- 女三
- 経験することが大事なんやろ。楽しいことも、辛いことも、自分の身体につもって、それが「私」を作っていくんちゃうん!
- 女一
- 『それから、山頂へ着くまでの数時間、私たちは無言で歩いた。
それは喧嘩の後の気まずさからというより、それぞれが自分の内側と対話するように歩いていたからだったと思う。
物想いから浮上したのは、山頂からの景色ではなく、メールの着信音が響いたからだった』
- メールの着信音。
- 男一
- 『小石川様、大変失礼いたしました。そして、わざわざご連絡いただきましてありがとうございます。当方、ジャングルツアーで携帯を紛失し、記憶を頼りにメールアドレスを入力しましたが、それがどうやら間違っていたようです。大変お恥ずかしいです。ご親切に感謝。小石川様にとってすばらしいクリスマスになりますように。それでは。』
- 女二と三
- おおお。
- 女一
- なるほどね、そういうことだったんだ。
- 女二
- で?何て返事するんです?
- 女一
- 返事なんて、送らなくていいでしょ。
- 女二
- 私、思ったんですけどね、
- 女一
- うん。
- 女二
- 恋って、するもんじゃないんですよ。落っこちちゃうもんなんですよ。
- 女三
- それは自己弁護かい?
- 女二
- はい。私、多分好きなんですよ、ストンと落っこちる、あの感覚が。
- 女三
- 今から下りやねんし、そんなん言うてたら、すってんころりんするでぇ。
- 女二
- 返事、今、ここで送りましょうよ!
- 女一
- え、なんで?
- 女二
- なんかこんな出会いもまた楽しいじゃないですか。私たちは、そこの三角点で写真撮って添付して送っちゃいましょう。
- 女三
- それ面白いやん。
- 女一
- ・・・でも彼女が居るんだよ。このコタロウさんには。
- 女二
- 運命の糸ってのはどこにどう繋がっているのかわかんないんですよ。
- 女一
- 返事は送らない。それでいいの。・・・さ、あそこの東屋で、お昼にしよう。
- メールの着信音。
- 女たち
- あ・・・。
- 男一
- 『小石川様。再びメールを差し上げてすみません。
もしもイブの日、なにもご予定がなければ、一緒に食事でもしませんか?
実は、キョウコにフラれてしまいました。あ、誤解なさらないでください。
キョウコはボクの妹です。日本を出発した時はまだ高校生でした。
いまや彼女ももう二十歳。その日は彼氏とデートするそうで・・・。
当方、数年ぶりの帰国でして、浦島太郎のような状況です。よかったら・・・。』
- 女三
- エリ、エリ?
- 女一
- ん?
- 女三
- どうしたん、ボーッとして。
- 女一
- いや・・・落ちちゃったかも・・・。
- 女二
- 私も。
- 女一
- え。
- 女二
- なーんてね。・・・撮りましょう写真。
- 終わってまた始まる
- 終わってまた始まる