- 都会の喧騒
横断歩道の音楽
電車の警笛
高架下に電車が通過する音が響く
- 男
- 23日屋?
- 23日屋
- いらっしゃい
- 男
- 23日屋って何ですか
- 23日屋
- どうぞ、お座りなさい
- 男
- 何ですか、23日屋って
- 23日屋
- まあ、お座りなさい
- 男
- あの、すみません。23日屋って何なんですか
- 23日屋
- 今日だけやってるお店
- 男
- お店?(通行人に)あ、すみません
- 23日屋
- ほら、そこ邪魔になるから、どうぞ
- 男
- あ、はい。何か売ってるんですか?
- 23日屋
- 靴脱がなくていいから
- 男
- あ、いいんですか。え、コレ、いいんですか
- 23日屋
- 私はね、毎年、12月23日になると、ココでお店を開くんだ。
お店って言ってもね、お話を聞くだけ。言わば…早く座ってくれるかな? 首痛い
- 男
- お金、要ります?
- 23日屋
- いらないいらない
- 男
- 占いか何かですか?
- 23日屋
- 23日屋
- 男
- それが分かんないんだけど…(と、座る)
- 23日屋
- 12月23日。今日はね、みんなが魔法にかかっている日だ。不安や希望が、普段の100倍にも膨れ上がる、不思議な日。でもね、明日・明後日・明々後日…26日になってごらん。あんなに寂しかった気持ち、あんなに楽しかった気持ち、急にどこかへ消えてしまう。あなたが今抱えている不安はね、いつまでも続くもんじゃないんだよ
- 男
- あの、おじさんは、僕に彼女がいなくて、寂しがってると思ってるんでしょ。そうじゃないんです。僕は、ここ数ヶ月、ずっと23日なんです。昨日も23日。明日・明後日・明々後日も、きっと、23日なんですよ
- 23日屋
- 話、聞かせてもらってもいいかな
- 男
- ええ。アレは、3年前のちょうど今頃でした。僕は、その時同棲していた彼女とペットショップに行ったんです
- 犬や猫の鳴き声
- 男
- そこで、たくさんの犬や猫に紛れて、楽しそうに鳴いている、一匹の、オペラに出会ったんです
- 23日屋
- オペラ?
- 犬や猫の鳴き声に混じって、聞こえて来るパ、パ、パという鳴き声(魔笛の『パ・パ・パ』のリズムで)
- 男
- すみません、コレは何ですか?
- 店員
- オペラです
- 女
- 珍しいですね
- 店員
- ええ。なかなか出会えないですよ
- 男
- コレは何の音ですか? パッパ、パッパ
- 店員
- あ、コレは、オペラの鳴き声です。
- 男
- あ、コレ、鳴き声…?
- 女
- (笑う)
- 男
- (笑う)
- 女
- あの、ココに書いてある“フェルマータ クレシェンドも得意だよ”って…何ですか?
- 店員
- ああ、お見せしましょうか?はい、オペラ、オペラ!(と、手を叩く)
- 鳴き止むオペラ
- 店員
- オペラ…フェルマータ クレッションド!
- ココ一番の発声をするオペラ
周りの犬猫が騒ぎ始める
- 女
- ちょっと…
- 男
- すげえ。コレ、すげえ
- 女
- (笑って)みんなびっくりしてんだけど
- 男
- うん、こうなるよ。コレは。コレは、こうなる
- 店員
- (犬猫に)はいはいはい、大丈夫よー。怖くないよー
- 女
- コレ、夜にフェルマータ クレッションドされたら近所迷惑だよねえ
- 男
- コレ、飼おっかな
- 女
- え!?
- 男
- コレは、出会ってしまったかもしれない
- 女
- マジで言ってる?
- 男
- (オペラに)オペラ、うちに来るか? どう? うちに来る?
- 女
- ちょ、何か、オペラのおなか、膨らんで来てるんだけど
- 男
- (オペラに)どうした? うちに来たいか?
- オペラ、有名なオペラを唄い始める
- 男
- おお…
- 女
- (笑って)唄ってる、唄ってる
- 男
- (感嘆のため息)
- 女
- (興奮気味に)店員さん、店員さん、コレ、唄ってるんですけど!
- 男
- オペラ…
- オペラ、有名なオペラを唄っている
男はその時の感動を23日屋に語る
- 男
- 僕は完璧にハマってしまいました
- 23日屋
- ハハハ
- 男
- それで、飼うことにしたんです
- 23日屋
- そうかい
- 男
- でも、いざ飼ってみると、ワイン代にお金はかかるし、付きっ切りで面倒みないと行けなくて、そのうち、同棲していた彼女からは、オペラが出て行くか、私が出て行くかどっちかだあーって言われてしまって…
- 23日屋
- おお…ホホホ
- 男
- それで、彼女が出て行きました
- 23日屋
- はあ…あなたは、オペラをお選びになった
- 男
- オペラとの毎日は、とても充実していました
- 23日屋
- うん
- 男
- でも、世話をするのは結構大変で、給料はワイン代に消えて行くし、友達との飲み会も断る日々で、ちょっとくじけそうになったりもしたんですけど、まあ、一緒に唄ったり、踊ったりするのはホント楽しくて、ずっとずっと毎日一緒にいたんです
- 23日屋
- 素敵な人生だ
- 男
- でも
- 23日屋
- でも?
- 男
- 気付いた時には、お金も友達も失っていました
- オペラの歌声が電車の警笛にかき消される
高架下に電車が通過する音が響く
- 女
- それで? その彼は、それからどうしたんですか?
- 23日屋
- オペラを、ペットショップに返したらしいね
- 女
- え…
- 23日屋
- 残念だなあ。私はね、23日に腐っちゃ勿体無いと思うんだ。ほら、イブイブって言うだろ? クリスマスの前の前の日。もうそこまで来ているからこそ、全世界の人間に魔法がかかる日。だから、あなたも、一人ぼっちじゃないから
- 女
- はいイテテテ
- 23日屋
- ハハハ、足、痺れたか。話しかけてくれてありがとうね
- 女
- あの、最後に一つ、聞いていいですか?
- 23日屋
- どうぞ
- 女
- その、オペラに夢中になって彼女を捨てたっていう彼、どう思います?
- 23日屋
- どう思う…
- 女
- 酷くないですか? 男って何でそんな生き物なのか理解出来ないんですけど
- 23日屋
- うん、私が彼に言ったのはね…オペラも生き物だけど、彼女も生き物だ。どっちかを捨てるなんてことはやっちゃいけない。どっちも大切にしなさいって。まあ、彼の場合は、どっちを選ぶ?って聞いた彼女もよくないな、ハハ
- 女
- すみません
- 23日屋
- あ、いやいや、あなたのことじゃない
- 女
- ありがとうございます。おじさんと話せてよかった…
- 23日屋
- お役に立てたかな?
- 女
- はい。
- 電車の警笛(オペラの声で表現)
高架下に電車が通過する音が響く(オペラの声で表現)
都会の喧騒
横断歩道の音楽(オペラの声で表現)
ペットショップのドアが開く音(チリンチリン)
- 店員
- いらっしゃいませ~
- 女
- こんばんは
- 店員
- あ、お客様…(見覚えがある)
- 女
- あの…
- 男
- 葉子
- 女
- …幸平
- 男
- 何してんの。元気?
- 女
- 元気
- 男
- え、今日は何?
- 女
- え?
- 男
- 何しに来たの
- 女
- そちらこそ
- 男
- いや、俺は…まあ、実はあれから、葉子出て行ってから、オペラ飼えなくなって…
引き取ってもらったんだ
- 女
- へえ、そんなのアリなんだ
- 店員
- ホントはダメなんですけど、特別
- 男
- すみませんでした
- 女
- それで、会いに来たの?
- 男
- 少し離れてたら、会いたくなって
- 女
- そっか。私も少し離れてたら、会いたくなって
- 男
- え?
- 女
- で、オペラは?
- 男
- 奥にいる
- 店員
- 会います?
- 女
- 会います!
- 男
- (移動しながら)え、何で、オペラがココにいるって分かったの
- 女
- それぐらい分かるし
- 男
- どういうこと?
- 女
- (着いて)うわあっ、オペラだ~! 久しぶり~!
- 男
- それは、俺なら挫折しているだろうってこと?
- 女
- で、どうするの?
- 男
- え?
- 女
- 連れて帰るの? オペラ
- 男
- ああ、うん、連れて帰ろうかな
- 女
- じゃあ、私も連れて帰って(店員に)とか言って、ウソウソ。ウソ(と笑って)恥ずかし、何言ってんのこの女って、今思いましたでしょ
- 店員
- 思いました…とか言って(と、笑う)
- 女
- (笑って)冗談ですから、ええ
- 男
- オペラ、また3人で暮らすか?
- 女
- 3人で暮らすとかそんな家族みたいな言い方やめてくれる?
- オペラ「お父さん~お父さん~」と叫ぶ(歌曲『魔王』より)
- 男
- よし、じゃあ、二人とも帰るぞ(店員に)あの、長い間お世話になりました
- 店員
- いえいえ。あの…
- 男
- はい
- 店員
- これからは大切にしてあげて下さい。誰にでも手に入るものではないですから
- 男
- …はい
- オペラ、クリスマスソングを唄う
都会の雑踏
電車の警笛
高架下にトナカイが通過する音が響く(シャンシャンシャン…)
- 女
- トナカイ!
- 男
- え?
- 女
- 今、トナカイが通った
- 男
- (笑う)
- 女
- (笑って)いや、ホントに
- 男
- 俺も聞こえた
- 女
- でしょ?
- 男
- もうサンタクロースが降りて来ているのかもしれないね
…オペラ、ありがとな
- 女
- (オペラに)メリークリスマス
- 二人は帰り際、お互いこっそり高架下を確認した
そこにはもう23日屋はいなかった
ひょっとすると、今のトナカイに乗って…
- 終