- むっち、むっち。
何かを食べる音がする。
むっち、むっち。
- むっち
- ままぁ、おなか、すいたんだなぁ。
- むっち、むっち。
- むっち
- ままぁ、小腹が、すいたよぉ。
- むっち、むっち。
- むっち
- ままぁ。もっと、もっと、なにか食べたいよぉぉぉぉ。
- むっち、むっち。
- むっち
- …ままぁ?
- ふう、と溜息。
- 執事
- むっち様…
- むっち
- ヒツジ。ままは?
- 執事
- ヒツジじゃありません。
- むっち
- ままは?
- 執事
- お忘れですか?
- むっち
- なにを?
- 執事
- むっち様、あまりにもお腹が空いて、つい先日母上を食べられてしまわれたじゃありませんか。
- むっち
- む?そだった?
- 執事
- まだお腹いっぱいになりませんか。
- むっち
- む。
- 執事
- 困りましたねぇ。もっとお腹に貯まるものが、なにかあればいいのに。
- むっち
- 青い、草は、おいしかった、んだな。
- 執事
- 何言ってるんですか。食って食って食い漁って、見て御覧なさい。地上にはもうほとんど草なんてないじゃないですか。
- むっち
- 年輪いっぱいの木でもいいよぅ。
- 執事
- きぃ!?どこにありますかそんなもん。ばっきばっき口にほおりこんで食べたくせに。
- むっち
- どうぶつでもいいな…
- 執事
- やめてください。今どんな動物でも、もう絶滅危惧種指定になってますから。
- むっち
- じゃ、むっち、なに食べればいいの?
- 執事
- ダイエットなさいな。
- むっち
- だい…?
- 執事
- あのですね、欲望のままに、食べたいものを食べたい時に口にほおばっていたら、世界のバランスが崩れていく一方です。分かりますか?ワカンネェだろうなぁ。
- むっち
- むっち、わかるよ。
- 執事
- 分かってるならそんな巨漢にはならないはずです。
- むっち
- むっち、わかる。お腹いっぱいじゃないのは、わかる。
- 執事
- ホントに。何をこれ以上食べれば満たされるのか。
- むっち
- あ。
- 執事
- はい?
- むっち
- あっちのほうで大砲がうなってる。あれ食べようか?
- 執事
- やめてください。争いを食べたあとは必ずリバウンドして文明を食べてしまうでしょう?もうぺんぺん草さえ生えませんよ。
- むっち
- む。嫁と姑の戦争はまずかった、んだな。
- 執事
- 今まで食べた中で、何がおいしかったですか?
- むっち
- む。
- 執事
- む?
- むっち
- 夢(む)。
- 執事
- む…あぁ、夢ですね。
- むっち
- でもねぇ、ここんところ、あくむが多くて、むっちそれは食べたくない、んだ。
- 執事
- そりゃあ、むっち様がここまで食い荒らすから。心がすさむんです。
- むっち
- たのしいのは、食べても食べても、へらないから好きなだけ食べていいんだよって、まま、言ってた、のにな。
- 執事
- 楽しいにも、底があるんじゃないですか?
- むっち
- なくなったら、また楽しいつくればいい、思うよ?
- 執事
- エネルギー不足じゃないんですかね。
- むっち
- おなかすいたぁぁぁ。
- ゴゴゴゴゴゴゴゴ、むっちが大きな口をあけるから。
風が起こって、執事が吸い込まれそうになる。
- 執事
- わ、っかり、ましたぁ!じゃ、こう、ね、ふあぁっと、綿アメみたいな、こう、やわらかぁい、あまぁい、いい感じのものを探しましょう。だからぁ、むっち様、それまでは、お口、チャーック!
- ぴたりと、むっちは口を閉じる。
- むっち
- む。
- 執事
- …下をごらんくださいませぇ。下へ参りまぁす。
- ゆっくりと、ゆっくりと、
下へ、下へ、下へ、下がる。
空の風の音、
雲の移動、
飛行機の音、
高層ビルのチカチカ、
屋上のザワメキ、
下へ降りるほどに、
人間の生活が聞こえ出す。
地上に流れている
ジングルベル。
- 母
- いい加減にして!
- 娘
- こっちが言いたい…
- 母
- あのね、理子ちゃんの家とか、レイちゃんの家とか、比べられても仕方ないし、それ言われたらお母さんだって、正直、イライライするわけ。
- 娘
- ていうかイライラしない日あるの?
- 母
- 嫌味とかやめて。ほんっとにイラつくから。
- 娘
- 今年はクリスマスケーキってあるの?って聞いただけじゃん。
- 母
- どうせないんでしょう?ってニュアンスが含まれてたじゃないの。
- 娘
- 被害妄想…
- 母
- 含まれてた!左の唇、クイってあがってたじゃない。あんたバカにする時、いつもその口の形になるのよ、知ってるんだからね。私、母親よ!?
- 娘
- ね。落ち着いたら?
- 母
- どうして、そう、冷たい目が出来るの?
- 娘
- 不安定な母親を持ったらそうなるんだと思う。
- 母
- 嫌味はやめてって言ってるでしょう!
- 娘
- お母さんは、偉いと思うよ。
- 母
- …え?
- 娘
- 私を養ってさ。働いてさ。頑張ってさ。彼氏もつくってさ。少なくとも家にご飯らしきものがあるし、ほおっておかれても、もう一人でどうにか出来る年齢になったし。でも、手はまだイタイでしょ?頑張ってるから、それもしょうがないよね。
- 母
- やめなさい!
- 娘
- 手、また痛むよ?
- 母親は財布からお金を出して、
- 母
- …明日、買ってきなさい。
- 娘
- 仕事行くの?
- 母
- 当たり前でしょ。抜けてきただけなんだから。あんなメールよこすから。
- 娘
- たかがケーキなのに。疲れすぎじゃない?休めば?
- 母
- 休めないから疲れるんでしょ!?
- バンと、扉が閉まる。
- 娘
- …1000円でどんなケーキ買えっていうんだろ?
- キンコン、と玄関のベル。
- 娘
- …はぁい?
- がちゃりと開いたドアの向こう側に、むっちと執事。
- 執事
- 突然お邪魔いたしますが。
- 娘
- イブは明日だけど?
- 執事
- え、それはもう重々承知で。
- 娘
- なんかのイベント?余興?うちは頼んでないから。
- 執事
- いえ、お願いでして。
- 娘
- は?
- 執事
- 一軒一軒尋ねてまわっております。どうか、
- 娘
- はぁ。
- 執事
- こう、ふわぁっとした、いい感じのものを、
- むっち
- むぅ。まずい…
- 娘
- は!?
- 執事
- まずい、ですか?むっち様。
- むっち
- この家、まずい…
- 娘
- この、マシュマロみたいな物体は、着ぐるみ?
- 執事
- あ、お気になさらず。
- むっち
- この家、まずい。
- 執事
- 空気が、淀んでますか、喚起しますか。
- 娘
- へぇ、分かるんだ。
- 執事
- は?
- 娘
- 悪い空気のね、たまり場みたい。
- 執事
- 実はですね、こちらむっち様。
- 娘
- む!?
- 執事
- え、無。無でございます。無い、虚無のむっち様。お腹を空かして、このままでは世界を全て食べてしまっても満たされないのです。ですから、こう、いい感じのものをですね、ご提供いただきたく。
- 娘
- なにそのいい感じのものって。
- 執事
- 出来れば、こう、楽しいー、みたいな?
- 娘
- ごめんね。家にはないみたい。淀んでるし。
- むっち
- お腹…いたい…
- 娘
- 食あたりはじまったんじゃない?
- 執事
- これは、なんと言っていいやら、失礼なことを。
- 娘
- うちイガイのところに行けば?たぶん楽しいの詰め合わせだと思うけど。
- 執事
- そうなんですか?
- 娘
- 明日になったらもっと楽しいんじゃないかな。
- 執事
- 明日?
- 娘
- イブでしょ?
- 執事
- それは楽しいものですか?
- むっち
- だって町が浮かれて3センチくらい宙に浮いてるじゃない。
- 執事
- 初耳ですね。
- 娘
- むっち、それ食べる。イブ食べる。
- 執事
- 明日だそうですよ。
- 娘
- それって、食べたらなくなっちゃうの?
- 執事
- いえ、だいたい楽しいは食べても減らないもんなんです。ただ、
- 娘
- ただ?
- 執事
- 最近は、楽しいも減ってきて。むっち様が食べると、新しく楽しいが生まれてこなくなってきているので、ま、食糧難ですね。
- 娘
- そうか。なくなっちゃうかもしれないのか…
- 執事
- あ、イブがなくなったら困るんですか、やはり。
- 娘
- あたしは、困らないけど。
- むっち
- むっち、イブ食べる。こまっても、食べる。お腹すいたぁ。
- 執事
- あ、明日までお待ちください。暴走禁止ですよ。
- 娘
- あ…
- 執事
- どうもお騒がせを、失礼、
- 娘
- あの、食べると、カレンダーから24日消えちゃうんですか?
- 執事
- さ。それは食べてみないことには、分かりかねますね。ありえるかもしれませんが。
- 娘
- そうか。
- 執事
- ?
- 娘
- あのね、あたしはいいんだけど。友達とか楽しみにしてるから。食べられると、やっぱり困るかな。23日とんで25日になるのは。
- 執事
- でもねぇ、世界食べられちゃったらもともこもないですので。
- 娘
- 甘くて、ふあぁ?
- むっち
- それ。
- 娘
- 食べても食べても、減らない?
- むっち
- それ。
- 執事
- お心当たりが、おありで?
- 娘
- …うん。まぁね。あたし一人の楽しみなんだけどね。
- 町には、ジングルベル。
どうやら、食べられずにすんだ証拠。
光輝くネオン。
誰も知らない救世主がいる。
そんな下の世界を見ながら、
やっぱりむっち、むっち、何かを食べる音がする。
- 執事
- 彼女がくれたものは、ええ、そりゃあ、豊富な食材でした。食べても食べてもなくならない。
- むっち、むっち。
- 執事
- ほら、むっち様のお口にまたほおりこまれました。なくなりかけたら、また下へ行ってもらってくるんです。はい。ええ、彼女がくださったものですか?それは、なんと言いましょうか。彼女が想像をめぐらせて作った、101の物語です。
- むっち、むっち、想像は絶えることがない
- おしまい