- そこは病院の一室。
時刻は夕飯と消灯のちょうど真ん中付近。
- 男1
- バナナぁ?
- 男2
- はい。
- 男1
- バナナってなんだよ。
- 男2
- タケゾノさん知らないんだ。バナナは白血球を増やすから怪我にいいんだよ。
- 男1
- 知るかボケ。
- 男2
- じゃあ、覚えておきましょー。
- 男1
- こんなもん肴にして酒が飲めるか。
- 男2
- お酒は体に負担をかけるでしょ、だからちょっとでも負担を軽減しなきゃと思って。
- 男1
- じゃ、飲むな。
- 男2
- え。
- 男1
- お前は、バナナ食って寝ろ。
- 男2
- そんなぁ・・・。
- 男3
- なになに、なにモメてんの?
- 男1
- なんもしゃべんなよ。
- 男3
- 今晩飲むんやろ。・・・そのクリスマスパーティ、ボクも混ぜて欲しいな。
- 男2
- 聞こえてたみたい。
- 男3
- あたりまえやん。このベッドを仕切ってんのは、ただのカーテンでっせ、まる聞こえやっちゅうねん。
- 男1
- オギノさん面会の人が来て、談話室に行ってたはずでしょ。
- 男3
- おう。
- 男1
- やだなあ、忍び足で戻ってくるなんて。
- 男3
- そんなんするかいな。自分らの声が大きすぎやねん。
- 男2
- あ、あの面会に来た人、オギノさんの奥さんですか。
- 男3
- まあ、ね。
- 男2
- すげえ・・・。
- 男1
- なに?
- 男2
- いや、かなりの美人。
- 男1
- マジ?
- 男3
- 一応、ボクと結婚するまで、飛行機乗ってたしな。
- 男2
- 客室乗務員ってやつ。
- 男3
- そうそ。
- 男2
- 奥さんに、後輩とか、紹介してもらえないですかね。
- 男3
- いや、それはどやろ。
- 男2
- 後輩が無理なら、同僚でも。
- 男1
- 俺も俺も。次、奥さんいつ来るんですか。
- 男3
- ええと、いつかなぁ。
- 男2
- タケゾノさん、オギノさんも仲間に入れましょ。
- 男1
- え。
- 男2
- いいじゃない。ね。
- 男3
- せやせや。自分らなにをコソコソもくろんでんのん。
- 男2
- 幻の酒ですよ。
- 男3
- なんかワクワクする響き。
- 男1
- お前口軽すぎ。
- 男2
- いや、でも客室乗務員さんとお友達になれるかもしれないんだし。
- 男3
- どんなんなん幻の酒って、もったいぶらんと教えてーや。
- 男2
- 洒落になんないくらいのプレミアもんらしいんですよ。
- 男1
- いいですか、ここにこの酒があると知れた途端、全国からバイヤーが押し寄せて大変なことになる。
- 男3
- 俺はな「ダイヤモンドのオギちゃん」て言われてんねや。
- 男1
- は?
- 男3
- それほど口がカタイっちゅうことや。
- 男1
- 絶対嘘だ。
- 男2
- 僕は「アサリのナカちゃん」て言われてます。
- 男3
- お湯をかけたら、口開きよるってか。
- 男2
- へい。
- 男1
- やっぱ誰にも言うんじゃなかった。
- 男2
- なに言ってんですか。動けないタケゾノさんに代わって、
バナナを買ってきてあげたでしょ。
- 男1
- だから、こんな貴重な酒の肴がバナナって、ありえねーだろ。
- 男2
- じゃあ、もっかい行ってきますよ。
- 男1
- スーパー、もう閉店した。
- 男2
- 駅前のコンビニに、
- 男1
- 先週ツブレタ。・・・お前なんか豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ。
- 男2
- 豆腐の角に頭をぶつけたって死にませんよーだ。
- 男1
- ふぬぬぬぬ(憤懣やるかたない感じ)・・・。
- 男3
- タケちゃんのその気持ち、わかる。最初からボクに相談してくれたらよかったのに。
- 男1
- タケちゃんて。
- 男3
- ボク、この病院の裏手の居酒屋のマスターと顔見知りやから、美味しい肴用意したる、任せとき。
- 男1
- ほ、ほんとに?
- 男3
- ひらめのこぶじめとか。
- 男1と2
- おお。
- 男3
- 厚揚げ焼いたんに生姜の擦ったんのせて、おしょうゆをひと回し。
- 男1と2
- うんうん。
- 男3
- えいひれ。
- 男1と2
- いいねえ。
- 男3
- きのこのホウバ味噌焼き、ってなもんもあるで。
- 男1と2
- 素敵、しびれちゃう!!
- 男3
- な、せやから、その日本酒の顔、拝ましてんか。
- 男1
- (ベッドの脇の冷蔵庫へ手を伸ばし)・・・伝説の米「鶴の舞(ツルノマイ)」を復活させ、これまた幻の名水を仕込み水に使用。そうして出来上がった純米大吟醸を、贅沢にも三年も熟成させ、蔵出しした「鶴の誉れ(ツルノホマレ)」。世に出たその数なんと、
- 男3
- なんと?
- 男1
- 10本。
- 男3
- たった10本。
- 男1
- ここに1/10(10分の1)って手書きで入ってるでしょ。10本中の1番目に瓶詰めされたって証拠です。これが正真正銘、幻の酒「鶴の誉れ」です。
- 男2
- すげえ!!
- 男1
- その芳醇な味と、馥郁(ふくいく)たる香りは、一口味わえば10年寿命が延びると言われている。
- 男3
- 後光が差したある。
- そこへナースの女1が入ってくる。
- 女1
- モリさーん、お呼びになりました~?
- 男1
- ゲ、
- 男2
- やばい、
- 男3
- シッ、
- 女1
- 何やってんですか三人そろって。
- 男1
- えと、あれだよ。
- 男3
- そう、あれあれ。
- 女1
- あれって?
- 男2
- 実は、
- 男1と3
- おい~!!
- 女1
- イブだからって、三人でどっかに飲みにいったりしちゃダメですよ。
- 男3
- まさか、ボクら入院中やし。
- 女1
- オギノさん、時々、病院の裏の小平治で飲んでるでしょ。
- 男3
- 人違いやろ。
- 女1
- 今日は開いてないですよ。
- 男1
- え?
- 男3
- 店開いてないん?
- 女1
- ってやっぱり行くつもりだったんだ。
- 男1
- どうなの!?
- 女1
- (その剣幕に一瞬たじろぎ)えと、開けない。マスター、私と食事に行くから。
- 男1
- へ?
- 女1
- 小平治のマスターと私、付き合ってるから。
- 男3
- それで情報が漏れてたんか・・・。
- 男1
- カオルちゃん、彼氏、居たんだ。
- 女1
- そりゃ私だって、
- 男2
- 清純派で売りだし中だったのに。
- 女1
- 誰も何も売りだしたりしてません。
- 男3
- なあ、モリのじいさんがお呼びやったんちゃうん。
- 女1
- ほんとだ。モリさーんごめんねー。
- と女はモリさんのベッドへ。
- 男1
- ああ、ここに居たい理由が、今夜一つ消えていった。
- 男2
- いいじゃないですか。僕らのには、飛行機の天使が舞い降りてきますから。ねオギノさーん。
- 男3
- そのことやねんけどな。
- 男1
- ほんっと、本気ですから。セッティングしてくださいよ。
- 男3
- これ、見てくれ。
- 男1
- なんですか。
- 男2
- 離婚、届け。
- 男1
- 奥さんのサイン入り。
- 男3
- ボクが悪いねや。仕事や言うて嘘ついて、いや、実際取引先の人らと一緒やったんやけどもな。内緒で南国リゾートしに行ったわけや。んでジェットスキーに乗ってて転倒したん。大丈夫や思てたんやけど、あんまり痛あて、日本帰ってきて検査したら、アバラが三本も折れてて、即入院ちゅうことになって・・・。
- 男2
- じゃあ奥さん、これを渡しに?
- 男3
- めっさ怒っとった。許してもらえるんかわからん・・・。
- 男2
- 友達紹介しろなんて言えるわけないか。
- 男1
- あーあ。
- 男3
- すまんな。
- 男2
- しょうがないです。今夜は三人で、(小声で)いい酒に癒されましょう。
- 男1
- 今夜は無理だって。
- 男2
- え?
- 男3
- せやな肴も手に入らへんし。
- 男2
- だめだめ。ボク明日、退院しちゃうんですよ。
- 男1
- へえ。
- 男2
- 今夜が最後なんです。病院最後の、夜。
- 男1
- 知るか。バナナなんか買ってきたお前が悪い。
- 男2
- そんなぁ・・・。
- シャーっ!と勢い良く、女1の手によって間仕切りカーテンが開く。
- 女1
- 今夜、マスターに頼んで小平治を開けてもらいましょう。
- 男3
- カオルちゃん、今、なんて言うた?
- 女1
- 話は全てモリさんから聞いたわ。
- 男1
- 全て?
- 女1
- もの凄く貴重なお酒を隠し持ってるそうね。
- 男2
- モリさん、今アゴを固定してるから喋れないでしょ。
- 女1
- 筆談で。
- 男3
- 全部、聞かれてたんか。
- 女1
- 壁に耳あり、隣に爺さんありじゃ、って。
- 男2
- あらららら。
- 女1
- 消灯後、皆でこっそり行きましょ。小平治で、美味しい肴を作ってもらうから。
- 男1
- 皆って何人?
- 男2
- ボク、タケゾノさん、オギノさん、カオルちゃん、モリさんで、五人。
- 女1
- 小平治のマスター入れて、六人。
- 男1
- これ720mlしかないんだよ。
- 女1
- 一人、100ml以上は飲める。
- 男1
- そんなちょっとしか飲めないの・・・。
- 男3
- カオルちゃん、そんな酒好きやったっけ?
- 女1
- いい酒は体で覚えるしかない。これマスターの口癖。私、あの人に追い付きたい。
追い付いて、一緒にお店を手伝いたい。
- 男2
- 私は、その酒を飲んで、寿命を少しでも延ばしたい。タケゾノさんよろしゅうたのんます。
- 男1
- え?
- 男2
- ってモリさんが、書いてます。
- 男1
- モリさーん、例えですよ、それくらい美味いって例えですから。
- 男3
- 例えかしらんけど、そんな貴重なもん、ちょっとでも御相伴にあずかれたら、こっから先の人生、なんかイケそうな気がするやん。
- 男2
- 俺も同感です。
- 男1
- ・・・この酒は、怪我をした僕を、なんとか元気付けたいって、プレゼントしてくれたもんなのに。
- 男3
- その怪我を負わせた人からの見舞ちゅうことなんか?
- 男2
- 怪我の代償?
- 男1
- いや、この怪我はアスレチックで一人で転んでやっちゃって。その時、助けてくれた人が、ここの酒蔵の人だったんです。
- 女1
- それなら、やっぱりみんなで分かち合わないと。
- 男2
- そうそう。
- 男3
- ぱあっと行こうや、ぱあっと。
- 男1
- そう、ですね。そうしましょうか。つうかそうする他ないっていうか。
- 女1
- あれ・・・。
- 男2
- なんです?
- 女1
- ドアの外。なんか人だかりがしてない?
- 終わってまた始まる