- 風が強い。
バタバタ。洗濯物が吹き飛ばされそう。はためいて。
小さな家に、小さなエンガワ。
だけど、快適じゃない。最適じゃない。
風はいつも吹いている。
ゴウゴウと。
パン、と、洗濯物を広げた。
- 洗濯女
- 今日、何日ダ?
- 昼寝男
- んー?いつから数えて?
- 洗濯女
- この間洗濯シタ日から数えて。
- 昼寝男
- 3日目じゃない?
- 洗濯女
- じゃあ、3日前のその前に洗濯シタ日から数えたら?
- 昼寝男
- えぇ?3日前の、前?
- 洗濯女
- ソう。
- 昼寝男
- ちょっと待って、俺ちゃんと書いてるんだよ、
- 風が強い。
- 洗濯女
- わぁおぉう!
- 一枚の洗濯モノが、
- 洗濯女
- あもうやだ!トンデッチャッタ!
- 昼寝男
- こんな日に洗濯なんかするから。
- 洗濯女
- こんな日!?こんな風の強い日にってコト?毎日こんな日だロ!
- 昼寝男
- いやまそうなんだけど、
- 洗濯女
- 走って、走ってトって、ねぇ、早く!
- 昼寝男
- ええ!?どこ?
- 昼寝男は面倒くさそうに、だけど下駄をカロコロ。
一応庭には出てくれたみたい。
- 洗濯女
- 向こうノ、ほら、
- 昼寝男
- ああ!風に舞ってるあれ!
- 洗濯女
- ソウ、
- 昼寝男
- 俺のパンツじゃん!
- ゴウっとさらに強風。
- 洗濯女
- あ~ぁもうダメだ、家入って窓しめヨ。
- 昼寝男
- 俺のパンツは!?
- 洗濯女
- あきらめナ。
- 昼寝男
- あれオキニなのに!?
- 洗濯女
- 誰に見せるつもりカ!?
- 昼寝男
- 勝負パンツじゃないよ、オキニなの。
- 洗濯女
- 誰に勝負挑むつもりカ!?
- 昼寝男
- 違うって、それにもう勝負しなくてお前いるし、
- 洗濯女
- ・・・なんか。
- 昼寝男
- え、いや、だから、もおなんだよぉ。
- 洗濯女
- もう手間ヒマかけないっていうコト?
- 昼寝男
- さっきのちょっと照れた俺のしぐさでイイ感じの雰囲気が分からないのか!
- 洗濯女
- もうイイ窓閉める!
- ガラガラ、ピシャン
窓を閉めたから風の音は少し遠く聞こえる。
- 昼寝男
- あー・・・どんだけ洗濯物風に飛ばされんだよもお。
- 洗濯女
- あ。
- 昼寝男
- あ。
- 洗濯女
- 今ごろ気がついたヨ。…部屋干しすりゃ解決すんダ。
- 昼寝男
- 6日目か。
- 洗濯女
- アイ?
- 昼寝男
- 前の前の洗濯した日から数えて、今日は6日目だ。
- 洗濯女
- じゃ前の前の前の洗濯シタ日から数えて何日?
- 昼寝男
- まえの、ま、8日目だな。
- 洗濯女
- じゃ、強風吹き荒れるようになってから何日目?
- 昼寝男
- そんな前から書きとめてないって。
- 洗濯女
- ソうか。
- 昼寝男
- 一番はじめのハリケーンが、あれきっと夏くらいじゃなかったっけ?
- 洗濯女
- 秋くらいだったっケ?
- 昼寝男
- いや、夏だよ。だってお前、
- 洗濯女
- アイ?
- 昼寝男
- 飛ばされてきたお前、ノースリーブ着てたもん。
- 洗濯女
- そうだっケ?
- 昼寝男
- あの白いノースリーブがさ、なんかマブシクテ。俺不謹慎だけどハリケーンに感謝したもんね。あんな出会い、運命だろ。飛ばされてきたお前が庭の木に引っかかってたんだから。
- 洗濯女
- いや、ホントはノースリの上に薄手のカーディガン着てたけど飛ばされたんじゃなかったけナ?
- 昼寝男
- え、普通ノースリの上に上着とか着るの?
- 洗濯女
- アンサンブルっつーのヨ。
- 昼寝男
- それって秋物?
- 洗濯女
- 真夏じゃないわナ。
- 昼寝男
- じゃ、やっぱ秋?
- 洗濯女
- クーラーきついところだったら真夏でも薄手のカーディガンは羽織るカ…
- 昼寝男
- じゃ真夏の可能性もないこともない?
- 洗濯女
- んー、2、3ヶ月前?
- 昼寝男
- もっと前?
- 洗濯女
- カレンダーも飛ばさチャッタし、
- 昼寝男
- 何ヶ月たったんだろな。
- 洗濯女
- テレビザーザーいうだけダシ。
- 昼寝男
- 素朴な質問してもいい?
- 洗濯女
- アイ?
- 昼寝男
- 今日は、何月何日なんだろうな?
- 洗濯女
- 寒いから冬だと思うヨ。
- 昼寝男
- 1月くらい?
- 洗濯女
- 1月ってこんな寒さ?
- 昼寝男
- どうだっけ?
- ゴォウと、大きな風の音。
同時にドーンと音がして、ピンポーンと玄関のチャイム。騒がしい。
- 昼寝男
- 誰か来た?
- 洗濯女
- 昨日注文した野菜の宅配はコンナ早くに着かないヨ。
- 昼寝男
- なんか風で飛ばされてぶつかっただけかな。
- 洗濯女
- かナ。
- ピンポンピンポンと連打するチャイム。
「すいませーん開けてくださーい耳寄りな情報ですからぁ」
と、風に混じりながら聞こえる男の声。
- 昼寝男
- なんか言ってるよね。
- 洗濯女
- 人の声っポイ?
- 「すいませーんもうあとちょっとで飛ばされちゃいますからー」
- 昼寝男
- なんか言ってるやっぱり。
- 洗濯女
- はアい今開けま、
- ガチャリと玄関を開けると、強風。
バタバタと、セールスマンが風になびいている。
- セールス
- どうもどうもどうも手かしてください。もうつかまってるの限界でぇぇぇ。
- 洗濯女
- アナターひっぱってぇぇ。
- 昼寝男
- うわ一段とすごい風だこれ、
- セールスの男は玄関のドアノブをしっかりつかみ、セールスの男の腕を洗濯女がつかみ、洗濯女の腰を昼寝男がしっかりつかんでいる。
- セールス
- あのーわたくしこういうものでしてああ!
- ゴウっと風。
- セールス
- 名刺が!
- 昼寝男
- ドア閉めてから渡せばいいのに。
- セールス
- そうかぁ!
- 洗濯女
- なんのゴ用事ですかぁ?
- セールス
- ああ、あのですね、わたしくしこういうものでしてああ!
- ゴウっと風。
- セールス
- 名刺が!
- 昼寝男
- だから!ドア閉めてから!
- 洗濯女
- だけど、
- セールス
- 今日は他にはない商品を、
- 洗濯女
- 押し売りだったらどうするカ?
- セールス
- ご紹介したくー、
- 洗濯女
- へんな勧誘トカ。
- セールス
- お勧めなんですー。
- 昼寝男
- それは話聞いてみないと分からないだろ?
- 洗濯女
- ダケド家に入れたらもう断れないヨ。
- セールス
- こちらを見ていただければああ!
- ゴウっと風。
- セールス
- カレンダーが!
- 昼寝男
- カレンダー!?ちょっ、引っ張るぞ!
- ぐん、と昼寝男は力強く引っ張った。
つられて洗濯女もセールスも玄関になだれ込む。
- 洗濯女
- ええ!?
- セールス
- ああ、
- 昼寝男
- ドア、ドア閉めて!
- セールス
- あはい!
- ガチャリ。風の音は少し遠くで聞こえる。
3人とも、少しだけ疲れている。風のせいで。
- セールス
- いやぁ、すごい風でしたね。
- 昼寝男
- あんた今カレンダーって言ったよね?
- セールス
- えはい。すぐれた商品でして、
- 洗濯女
- うち裕福ジャナイのヨ。
- セールス
- お求めやすいお値段でございまして。デジタル式のカレンダーです。こちらセットしていただきますと、
- ピ、とスタートボタンを押した。
- セールス
- 今日の日付が出ます。そして、
- ピピと反応するカレンダー。
そして、ジングルベルが流れる。
- 洗濯女
- これ…
- セールス
- 優れているのはこれでございます。
- 次に赤鼻のトナカイが流れる。
- セールス
- 年間の行事をすべてこちらのカレンダーが知らせてくれるんです。
- 次に聖者が町にやってくるが流れる。
- 昼寝男
- 今日、
- セールス
- え。本日は、イブですから。
- 洗濯女
- すっかり知らなかタヨ。
- セールス
- こんな世界ですから。
- ゴウ、と強風。
- 昼寝男
- ウソみたいな世界になっちゃったからねぇ、忘れてた。イブか。
- セールス
- でも、あるじゃないですか。
- 昼寝男
- え?
- セールス
- お花見とか、ひな祭りとか、海開きとか、お月見とか、あったじゃないですか。そういうの。
- 昼寝男
- いくら?
- セールス
- お買い上げありがとうございます!
- 洗濯女
- 裕福じゃないっつってんだロ!
- 昼寝男
- いいから、あはいはい、この金額ね。
- セールス
- 現金払いでよろしくどうぞ。
- 昼寝男
- いち、に、さん、し、ご、
- 洗濯女
- そんなにするのカ!
- 昼寝男
- 領収書。
- セールス
- はいはい確かにありがとうございます。
- 洗濯女
- 勝手にセイカツヒ使うナ!
- セールス
- それではわたくしとっとと帰りますので。
- 洗濯女
- ちょっと!
- セールス
- 1年間の保証書付ですから。
- 洗濯女
- エセだったらどうするカ!?
- セールス
- お買い上げありがとうございましたあああああああああああああ
- ガチャリとドアを開けると強風。セールスは風に飛ばされるようにして去る。
バタンと玄関のドアが閉まる。風の音は遠く。
- 洗濯女
- 米買うお金だったヨ。
- 昼寝男
- いいじゃん。
- 洗濯女
- よくナイよくナイよくナイよくナイヨ。お腹ヘルヨ!
- 昼寝男
- だって、味気ないだろ。
- 洗濯女
- アイ?
- 昼寝男
- イブなのに風の音しかしないのは。
- カレンダーはピと音を立てると、今度はアベマリアが流れる。
- 昼寝男
- せっかくのイブなのに。ハラはまぁ減るけど、
- アベマリアはゆったり流れる。
- 昼寝男
- こういうの、あったほうが裕福じゃない?
- アベマリアはゆったり流れる。
- 洗濯女
- 勝負パンツ…
- 昼寝男
- え?
- 洗濯女
- こういう日に使うんだロ?
- 昼寝男
- だから、もう勝負しなくても、
- 洗濯女
- いいんだケドね。確かニ。
- 昼寝男
- 珈琲でも飲まない?
- 洗濯女
- いいヨ。
- 風の音しかしない世界で、アベマリアがゆったりと流れる。
- おしまい