- 男一
- 「クリスマスイブは、俺の厄日だ」
- 携帯の呼び出し音。
- 男一
- もしもし。
- 女一
- もしもしシゲル、今夜こっちに帰れない?
- 男一
- え、なんで。
- 女一
- エビセンが・・・。
- 男一
- エビセンがどうしたの?
- 女一
- もう年だから仕方ないのかな。覚悟しておいてくださいって先生に言われて。
- 男一
- どんな感じなの。
- 女一
- 昨日からごはんも食べないのよ。あんたの顔見ればちょっとは元気出るかと思ってさ。
- 男一
- ・・・今日は無理だよ。
- 女一
- え。
- 男一
- イブだよ。
- 女一
- 彼女できたんだ。
- 男一
- できてねー。違うって、イブだよ、イブ。
- 女一
- あ。
- 男一
- 俺が帰ったら、それこそエビセン・・・。
- 女一
- あ、そりゃマズイわ。
- 男一
- 最初から言ってんじゃん。
- 女一
- あんた一人で大丈夫?医者とか近所にあるの?
- 男一
- ある。
- 女一
- じゃあ、なんかあったらすぐ電話してよ。
- 男一
- おう。
- 男一
- 「それは六年前のクリスマスイブからはじまった。俺は十三歳。家族で買い物にでかける途中、車が追突。十四歳、チキンにあたり入院。十五歳、下校途中、自転車のブレーキがきかなくなりドブ川へダイビング。十六歳、初めてできた彼女に誘われ教会へ。十字架が倒れ、ハリツケのイエスに頭突きを喰らい気絶。十七歳、何が起こるのか恐ろしく、一人あてもなく街を彷徨い、マンホールに落ち骨折。十八歳、部屋にひきこもってみる。庭の木が倒れてきて半壊。・・・そして十九歳、大学に入った俺は、実家を離れ一人暮らし。何をしても、どこに居てもどーせ災難はふりかかってくる。もう半ばあきらめの境地。せめて他人を巻き込むまいと、一人ぼっちの聖夜をきめこむ。」
- 部屋の鍵を開け、中に入るシゲル。
- 男一
- ただいま・・・。
- 女二
- おかえりぃ。
- 男一
- ・・・誰。
- 女二
- 小雪にゃ。
- 男一
- 「にゃ」って・・・。
- 女二
- 小雪はにゃ。
- 男一
- いや、あの、俺はキミのこと知らないし。
- 女二
- 私はよーく知ってるにゃ。
- 男一
- ゼミの子?
- 女二
- セミは好きにゃ。
- 男一
- いや、セミじゃなくて・・・。
- 女二
- 味はしないけど、ジイジイ震えて面白いにゃ。うふうふ。
- 男一
- キミ、何なの。
- 女二
- 小雪は、もうすぐ二十歳にゃ。
- 男一
- どうやって入ったの?
- 女二
- あたしに入れない場所はないにゃ。
- 男一
- 泥棒か?
- 女二
- ちっがーう。夢、叶えてあげに来たにゃ。
- 男一
- へ。
- 女二
- シゲルちゃんの最後のクリスマスにゃ。
- 男一
- 最後?
- 女二
- シゲルちゃんの命は今夜で終わりにゃ。
- 男一
- ・・・なんで?
- 女二
- そういう運命にゃ。
- 男一
- ふざけんなって。
- 女二
- 六年前のクリスマスイブ、覚えてるにゃ?
- 男一
- 六年前・・・。
- 女二
- 小雪は、シゲルちゃんに看取られて死んだ猫にゃ。
- 男一
- 「あの追突事故の原因は猫だった。父さんは急ブレーキをかけ、一瞬まにあったかに見えたが、後続車に追突され、その真白な猫は中空を飛んだ・・・。」
- 女二
- 小雪、あともうちょっとで二十歳になるとこだったにゃ。
- 男一
- キミが、あん時の猫だって言いたいわけ?
- 女二
- そうにゃ。
- 男一
- まさか。
- 女二
- あたし、毎年シゲルちゃんのピンチを救ってきたにゃ。
- 男一
- とか言って、俺をダマそうとかしてんじゃねーの?誰か居る?
あ、ウチコシだろ?もういいぞ、出てこいよ。
- 女二
- 誰も居ないにゃ。なんで信じてくれないにゃ!
- 男一
- んなもん信じられるわけねーだろ。
- 女二
- 食中毒になった時、早く病院へ行けってささやいたのはあたしにゃ。
- 男一
- そんなささやき聞こえたっけな。
- 女二
- 怪我しないように、どぶ川へ誘導したのもあたしにゃ。
- 男一
- どぶ川よりマシな場所あったんじゃないの?
- 女二
- 十字架が倒れる前、必死で危ないって教えたにゃ。
- 男一
- そう言われてみれば、一瞬早く気がついたんだよな・・・。
- 女二
- だから、頭を手でかばう時間ができたにゃ。
- 男一
- つまりキミは、イブに起こった災難から俺を守ってくれていた。そういうこと?
- 女二
- そうにゃ。小雪はシゲルちゃんを守る天使にゃ。
- 男一
- じゃあ今夜死ぬってなに?
- 女二
- 仕方がないにゃ。
- 男一
- なんで仕方がないんだよ、天使なんだろ。
- 女二
- シゲル、どんなイブを望む?
- 男一
- 質問に答えてねーし、呼び捨てになってるし。
- 女二
- だって・・・災難の度合いは軽くできても、寿命は手出しできないにゃ。
- 男一
- そういうもんなんだ。
- 女二
- そうにゃ。
- 男一
- そっか。
- 女二
- リアクション薄いにゃ。
- 男一
- いまいちピンとこないっつうか・・・。
- 女二
- シゲルはどんな風に今夜のイブを過ごしたい?
- 男一
- どんな風って言われても・・・。
- 女二
- 彼女と過ごしてみたかったとか。
- 男一
- ああ、確かに。
- 女二
- どんなのどんなの?
- 男一
- 普通に。
- 女二
- 普通っていっても、色々あるにゃ。
- 男一
- ほのぼのっていうか、心穏やかにっていうか、
- 女二
- いまいち抽象的にゃ。
- 男一
- そっか、最後か、本当に最後なの?
- 女二
- 残念ながら。
- 男一
- ああ、なんか悔しい。
- 女二
- だんだん実感わいてきたにゃ。
- 男一
- 彼女もできなかったし、学校も卒業できなかったし、ウチコシにニ千円貸したままだし、二十歳になったら父さんと酒飲もうって約束してたし・・・。
- 女二
- そういう後悔は三途の川を渡る時にすればいいにゃ。
- 男一
- 全然、話違うんだけど、なんで、猫耳にメイド服なの?
- 女二
- それは・・・研究したにゃ。
- 男一
- なにを。
- 女二
- そこにあった雑誌で、シゲルの好みのタイプを。
- 男一
- げ・・・。言っとくけど、俺のじゃないから。
- 女二
- 誰のにゃ?
- 男一
- ウチコシの。ウチコシってのは、
- 女二
- シゲルのお友達、映画オタクにゃ。
- 男一
- なんでもよくご存知で。
- 女二
- 気に入らないなら、着替える。どんな服が好きにゃ?
- 男一
- いい、いい。それでいい。
- 女二
- それじゃあ、今からどうするにゃ?
- 男一
- 俺・・・帰る。
- 女二
- え?
- 男一
- 実家に。
- 女二
- どーしてにゃあ。
- 男一
- 俺の飼ってた犬が、もうヤバいらしくて。
- 女二
- 十三歳のクリスマスに、飼うことを許された柴犬のエビセン。
- 男一
- そんなことまで知ってるの?
- 女二
- 宿敵にゃ。
- 男一
- 宿敵?
- 女二
- えーと、だって今夜は小雪と過ごして欲しいんだもん。
- 男一
- お気持ちだけいただきます。
- 女二
- 小雪、美味しいご飯作るにゃ、ケーキも焼くにゃ、二人でプレゼント交換するにゃ。これ、ほのぼのにゃ?心おだやかにゃ?
- 男一
- 小雪ちゃん、
- 女二
- はいにゃ。
- 男一
- 正直、ゆらぐ。こんなカワイイ子がこの部屋くるなんて初めてだし、最後の夜くらい、いい思いしてーって思うけど。
- 女二
- けど?
- 男一
- 最後まで責任もって飼うって約束したのに、実家に置いてきちゃったんだ。このアパートじゃ飼えなくって・・・。
- 女二
- 小雪よりエビセンが大事か?ウルウル(涙目)。
- 男一
- ええっと。
- 女二
- ウルトラ、ウルウル。
- 男一
- ・・・ごめんな。
- 男二
- うわん、うわん、シゲル様はなんて優しいご主人様なんだわん。
- 男一
- なんだお前?
- 男二
- シゲル様、このエビセンがきたからにはもう大丈夫だわん。
- 男一
- エビセン、お前が?
- 男二
- はい、シゲル様の愛犬エビセンだわん。
- 男一
- なんでエビセンは執事の格好なわけ。
- 男二
- そ、それは・・・、お使えする者だから、です。
- 女二
- 小雪、この人こわーい。
- 男一
- だよねー。
- 男二
- こら、ご主人様から離れろ!
- 女二
- いやにゃ。
- 男二
- シゲル様、そいつは化け猫ですぞ。
- 男一
- 化け猫?
- 女二
- ちがう、小雪は天使にゃ。
- 男一
- だよねー。
- 男二
- そいつ「小雪、もうすぐ二十歳にゃ」とか言いませんでしたか?
- 男一
- 言ってたけど。
- 男二
- 二十年近く生きた猫っつうのは、人間で言うなら百歳近い婆さんですよ。
- 男一
- あ、そっか・・・。
- 男二
- その化け猫は、事故で死んだのを逆恨みして、毎年、毎年、シゲル様に災いを招いてたわん。
- 男一
- 俺を守ってたって言ってたよ。
- 男二
- 真っ赤な嘘です。シゲル様をこの化け猫から守ってきたのは、この不肖、エビセンなんでございますわん。
- 男一
- 小雪ちゃん、そうなの?
- 女二
- ふぅううう~。(怒っている)
- 男一
- ものすごーく怒ってんだけど。
- 男二
- さあ本性を現せ、妖怪め。
- 男一
- あのさ、俺、今夜が人生最後の夜らしいんだ、だから、こう、穏やかに話し合うことってできるかな。
- 男二
- シゲル様、この短剣を化け猫の胸につきたて、呪いを解くのです。
- 男一
- え・・・。
- 男二
- 今夜を人生最後の日にしようとしてるのは、そいつですよ。
- 女二
- ほんと、キャンキャン煩い犬だこと・・・十九年生かしてやったろ。私が生きた分だけは待ってやったじゃないか。シゲル、おとなしく命を渡せ。
- 男一
- ちょっと待って、小雪ちゃん轢いたのって、父さんなんだよ。
- 女二
- じゃあ、父親の命でもいいぞ。
- 男一
- ああ、それは困る、俺でいい、恨むなら俺を恨んでくれ。
- 女二
- そう言った、あん時も・・・。私に向かって、手を合わせ、恨むなら俺を恨んでいいから、そう言ったんだ。
- 男一
- そんな風に祈ったかもしれない。
- 女二
- ふん、その場限りの戯言だったんだろ。
- 男一
- いや・・・ごめん。
- 女二
- 人間なんてだいっきらいだ。・・・おまえらは我々のことを気分屋だとか言うが、人間はどうだい、機嫌の悪いときは当たりちらし、かまって欲しい時はべたついた声を出して呼びつける。お大尽のような過保護な暮らしをさせておいて、飽きたらポイだ。・・悔しい・・・私がなにをしたと言うのだ。
- 男二
- さ、早く、短剣を突き刺して。
- 男一
- 無理だよ・・・。
- 男二
- こいつはシゲル様の幸福なイブを奪ったんですよ。
- 男一
- 二度も殺すことなんかできない・・・。
- 女二
- ・・・うらめしい、憎い、人間が憎い・・・。
- 男一
- もう、好きにしていいから。
- 短剣を捨てるシゲル。
- ジジジと電圧が上がり、パリンとガラスの弾ける音。
- 男一と男二
- うわあ。
- 飛び掛る猫の声。
- 男二
- 電球が割れたぞ。
- 男一
- 小雪ちゃん?
- 男二
- ストップ、ストップ。ウチコシ、ちょいヤバイって。シゲルさんだっけ。
- 男一
- はい?
- 男二
- サイトウは?
- 男一
- サイトウ?
- 男二
- あ、えと小雪ちゃん。
- 男一
- あ、俺がキャッチしてます。
- 男二
- あのね・・・芝居だから。
- 男一
- なんとなーくわかってました。
- 男二
- え、そうなの?
- 男一
- エビセンさんの襟に、服の値札ついてたし。
- 男二
- あらら、シクったなぁ。
- 男一
- なんですかコレは。
- 男二
- ウチコシ初監督作品「憑き物落とし」っつう、隠し撮りの映画?
- 女二
- シゲル。
- 男一
- はい?
- 女二
- あんたみたいな人間に、もっと早く出会ってたら良かった。
- 男二
- サイトウ、もういいって、
- 男一
- シィ(男二に静かにの意)。
- 女二
- エビセンがうらやましい。
- 男一
- 成仏しろよ。
- 女二
- ・・・・やーだね。
- 男一
- 「仕掛け人のウチコシは、押入れで眠りこけており、隠し撮り映画は幻の名作となった。十九のイブ、これといった災難は起こらずに終わった。サイトウさんがつけたものではないらしい胸に刻まれた引っかき傷のことは誰にも内緒にしておこう。」な、エビセン。
- 終わってまた始まる