- マユコの部屋の扉がノックされる。
- マユコ
- はい?
- 夫のタモツが入ってきた。
- タモツ
- ちょっと話せないか。
- マユコ
- 今でないとダメ?
- タモツ
- 少しでいいんだ。
- マユコ
- 今夜中にこの企画書をまとめなきゃなんないのよ。
- タモツ
- もう少し仕事の調整うまくやれよ。このまんまじゃ体壊しちまうぞ。
- マユコ
- 仕様がないじゃない、年末で、何もかもスケジュールが前倒しになってんだから。
- タモツ
- チコ、しょげてたぞ。
- マユコ
- え?
- タモツ
- どうしてあんなこと言ったんだ。
- マユコ
- あんな事って?
- タモツ
- サンタクロースは居ないって。
- マユコ
- 聞かれたから本当の事を言ったのよ。
- タモツ
- なんだよそれ。
- マユコ
- クラスのお友達から聞いたんだって。
- タモツ
- それならそれで、ちゃんとした伝え方ってもんがあるだろ。
- マユコ
- ちゃーんと目を見て、お話ししました。
- タモツ
- そういう問題じゃない。
- マユコ
- いずれは知ることなのよ。早いか遅いかでしょ。
- タモツ
- 俺に何の相談もしないで、自分だけの勝手な判断でそんなことを言うなんて
ヒドイじゃないか。
- マユコ
- だから、私も最初はサンタさんは居るわよって言ったのよ。でもあの子しつこくって。サンタさん見た事あるの?だとか、カギがかかったお家にどうやって入ってくるの?だとか、どうして私が欲しいものがわかるの?だとか、次から次に答えられないような質問ばっかりしてくるんだもん。
- タモツ
- 面倒だから、居ないって言っちゃったってわけか。
- マユコ
- いいじゃない。今年から、あの子は、私たちに感謝するのよ。
サンタクロースにじゃなくってね。
- タモツ
- 良くない、全然良くないよ。そういう伝え方はして欲しくなかった。
- マユコ
- じゃ、どうすりゃ良かったのよ。
- タモツ
- サンタクロースは居るよ。俺はそう思ってる。
- マユコ
- ・・・あなた、頭大丈夫?
- タモツ
- 明瞭だよ、この上なくクリアさ。
- マユコ
- 赤い服着たおじいちゃんが、世界中の子供にプレゼント配って回ってるって信じてるわけ、心の底から、真剣に?
- タモツ
- 何て言うか、サンタクロースの存在がもたらすものってのを俺は信じてるんだ。つまり、俺たちがあの子にプレゼントを買い与えるってんじゃ意味がないんだ。なんて言うかな・・・
- マユコ
- もういいって。私、今それどころじゃないんだってば。あなたから、母さんは嘘ついてたんだとか何とか言えばいいじゃない。
- タモツ
- ああ、そう・・・俺、決めたよ。チコを連れてサンタクロースの住む街まで会いに行く。
- マユコ
- 何バカな事言ってんのよ。
- タモツ
- バカは君だよ。仕事でも何でも、好きなだけやってろよ。
- マユコ
- そんな・・・ねえ、ちょっと!・・・イッ、テテテ(ズキンと頭痛)・・・。
- タモツは去っていく。
- 母さん
- 大丈夫?
- マユコ
- ・・・目の奥がなんか、ズキズキして・・・あれ、母さん・・・。
- 母さん
- 仕事しすぎよ。
- マユコ
- そうねえ、パソコンで眼ぇ酷使してるし。肩もパンパンだし。
- 母さん
- じゃなくって、タモツさん、チコを連れて家出しちゃったじゃない。
- マユコ
- 家出じゃなくて、旅行よ。
- 母さん
- どこに行ったの?
- マユコ
- 知らないよ。
- 母さん
- タモツさんは、あんたにもったいないくらいステキな人ねえ。
- マユコ
- どこがよ。何がよ。何言ってんだか、全然わけがわかんないわよ。
- 母さん
- ね、あんたを、ディズニーランドに連れて行った時のこと覚えてる?
- マユコ
- 何よ急に。
- 母さん
- あんた一度も笑わなかった。最後まで一緒に写真も撮らなかったわよね。
でもあんたは、そういうのが受け入れられない子だったのよね。
- マユコ
- 楽しそうにしてる父さんや母さんの方が変だったよ。
- 母さん
- つまり、そういう事よ。
- マユコ
- どういう事よ。
- 母さん
- 人生には、夢見たり、信じたり、想像したり、そんなフワフワした綿菓子みたいな部分が必要なのよ。
- マユコ
- 綿菓子を奪った張本人に言われたくない。
- 母さん
- 私?
- マユコ
- デイズニーランドが楽しめなかったのはさ・・・、
- 母さん
- 何。
- マユコ
- 母さんと父さんが、家族ごっこしてたのを知ってたからよ、たまらなくヤだったのよ、怖かったのよ、毎晩イガミ合って、ののしりあって。
- 母さん
- 最後に、楽しい思い出を作りたかったのよ。
- マユコ
- 勝手にいい思い出にしないでよ。・・・母さん出てってから、私、サンタさんに祈った、プレゼントは要りません、どうか母さんが帰ってきますようにって。でも、プレゼントもなけりゃ、母さんも戻らなかった。私、その時から何かにすがるのやめた。
- 母さん
- ごめんねマユコをそんな風にしちゃって・・・。
- マユコ
- ね、母さん、体が透けてるよ。
- 母さん
- あらあら、そろそろ時間ね。
- マユコ
- 時間て?
- 母さん
- でも、あんたの事、ずっと見守ってる、マユコのそばに、私は居るよ。
- マユコ
- ね、どういうこと?
- 母さん
- それじゃあね。
- マユコ
- 母さん、ねえ、母さん。
- マユコが目覚めた場所、そこは、病室であった。
- タモツ
- マユ、マユコ・・・。
- マユコ
- え・・・。
- タモツ
- 目が覚めた?
- マユコ
- あれ・・・タモツさん・・・いつ戻って来たの?
- タモツ
- ずっとそばに居たよ。
- マユコ
- チコ連れて、サンタの国に行くって・・・。
- タモツ
- その話をした後、倒れたんだよ、三日も昏睡状態だったんだぞ。
- マユコ
- ここどこ。
- タモツ
- 病院。
- マユコ
- ・・・本当だ。ね、チコは?
- タモツ
- ここで眠ってるよ。
- マユコ
- チコ・・・。え、三日?じゃあ、会議は?企画書は?
- タモツ
- 死の淵から舞い戻って、ものの一分でそれかよ。
- マユコ
- 死の淵?
- タモツ
- あと数分発見が遅かったら命がなかったろうって。チコが君を見つけたんだ。
- マユコ
- そうだったの。
- タモツ
- 仕事は、誰かなんとかしてくれてるさ。でも、チコのママも、俺の女房も、君でしかできないんだから。
- マユコ
- 心配かけて、ゴメン。
- タモツ
- ボクこそすまない。君が切羽つまってるのわかってて、責めるようなことして・・・。
- マユコ
- ねえ・・・どうやって謝ろう・・・。
- タモツ
- 何のこと?
- マユコ
- サンタクロースは居ないって言った時、私、チコがうとましかった。まっすぐで、満ち足りてて、信じきってて、こっちの都合も考えずにまとわり付いてきて・・・。でも、この子、本当はサンタクロースの事が聞きたかったんじゃなかったんだよね。私とお喋りしたかったんだよね・・・何て母親だろ。
- タモツ
- あんまり自分を責めるなって。
- マユコ
- でも、
- チコ
- ママ・・・ママぁ!
- マユコ
- ・・・チコ。
- チコ
- いつ目が覚めたの?
- マユコ
- ついさっき。
- チコ
- 良かったぁ、サンタさん、約束守ってくれたんだ。
- タモツ
- そうだな、良かったなぁ。
- マユコ
- サンタさん?
- チコ
- チコに、ママが大変だって教えてくれたの。それでね、ママのお部屋に行ったらママ倒れてたの。サンタさん、チコが泣きだしたりせずに、サンタさんの言う通りにお手伝いしたら、絶対にママを助けてあげられるからって言ったの。
- マユコ
- ・・・そう。チコがいい子にしててくれたから、サンタのおじいさんが命を助けてくれたんだね。
- チコ
- ううん、違うよ。
- マユコ
- 何が違うの?
- チコ
- チコが見たのはおばあさん、頭も、お洋服も真っ白なおばあさんのサンタさんだったの。
- マユコとタモツ
- えっ!?
- タモツ
- チコが言ってたサンタさんて、おばあさんだったの?
- チコ
- そうだよ、本当だよ。ウソじゃないよ。
- マユコ
- そう言えば、夢に母さんが出てきたわ。
- タモツ
- ひょっとしてチコが見たのは・・・。
- チコ
- チコが会ったのは、サンタさんじゃないの?
- マユコ
- ううん、サンタさんよ。白いサンタさんはね、赤いサンタさんの奥さんなの。とびきりのいい子にしか見えない白いサンタクロースにチコは会ったのよ。
- チコ
- そうなんだ、へへへ、やったぁ。
- マユコ
- 甘い、甘い、私の綿菓子。
- タモツ
- 何、腹へって泣いてんのか?
- マユコ
- そうよ、お腹すいちゃったぁ。
- タモツ
- そうだ、先生、先生呼ばなくちゃな。
- 終わってまた始まる