- 高橋
- 「クリスマスイブの日。私は友達のアキちゃんと一緒に買い物にいった。」
- クリスマスイブのお昼、街を歩く小学生が二人。高橋と佐藤。
- 佐藤
- ほんと?
- 高橋
- ほんと。
- 佐藤
- ほんとにほんとにいないの?
- 高橋
- いない。
- 佐藤
- ほんとにほんとにほんとにいないの。
- 高橋
- いないよ。好きな人なんて。
- 佐藤
- へー。
- 高橋
- 「私たちは小学六年生。でもアキちゃんはわたしよりずっと子供っぽい。いや違うかな、私が子供っぽいのかな。」
- 佐藤
- おかしいよ六年生にもなって好きな人いないなんて。
- 高橋
- そうかな。
- 佐藤
- 絶対隠してる。
- 高橋
- 隠してないよ。
- 佐藤
- えー、理江ちゃん大人っぽいのに。
- 高橋
- そうかな。
- 佐藤
- だってうちのお母さんとか言ってるよ、理江ちゃんあんたよりずっと大人やって、
- 高橋
- 好きとかよくわからへん。
- 佐藤
- え?
- 高橋
- だから興味はあるよ。人を好きになったら、どんな気持ちになるんやろって、
- 佐藤
- なんか理科の実験みたい。
- 高橋
- そうかも。
- 佐藤
- 中学はいったら色々あるって。
- 高橋
- なに色々って、
- 佐藤
- 彼氏とか、
- 高橋
- …でも、…よくわからへん。
- 高橋
- 「でも、の次に私が言いたかったのはこういうことだ。私は最近、今目の前にある景色をずっと以前に見たことあるような気持ちになる。今年の修学旅行。帰りの新幹線のなか皆疲れて眠り込んでいる、あれ?私、ずっと昔にこんな光景みたことがある。そう思ったのが始まりだった。デジャヴとは少し違う。時間割みたいにこれの次これって最初っから決められてて、ただそれをこなしてゆくだけ、みたいな気分。ドキドキなんて一つもない。今、こうしてアキちゃんと歩いていることもきっと最初っから決められていたことなんだ。だぶん。」
- 佐藤
- 理江ちゃん何考えてるの?
- 高橋
- え?いや別に。
- 佐藤
- クリスマス嫌い?
- 高橋
- 別に好きも嫌いもないよ。普通。
- 佐藤
- 理江ちゃん美人やのに。
- 高橋
- 全然美人ちがうよ。
- 佐藤
- 絶対私より早くカレシできる。
- 高橋
- そんなことないって、
- 佐藤
- あーぁ
- 高橋
- 「アキちゃんは恋してる。」
- 佐藤
- お兄ちゃん何してるの?
- 高橋
- 「相手はうちの兄だ。きっと。」
- 佐藤
- 今日。何してる?
- 高橋
- さぁー。
- 佐藤
- 家いるの?
- 高橋
- もう中学だからね。
- 佐藤
- え?え?彼女いるの?
- 高橋
- さぁ。
- 佐藤
- え?え?家にいるの?
- 高橋
- あげよっか、あの人。
- 佐藤
- (赤面し)マジ。
- 高橋
- うん。あげるあげる。
- 佐藤
- いややー。
- 佐藤は照れて高橋をぶつ。
- 高橋
- 「右肩思い切り叩かれた。正直痛かった。うちの兄はメチャメチャ男前だ。っていうかきれいな顔をしてる。美顔。美しい顔で、美観。生んだ母でさえたまに惚れ惚れした顔で兄の横顔を見てる。それに比べて私はヒラメだ。魚のヒラメ。あごがとても力強い。つまり私の顔には愛嬌がない。さらに、というか、その上、私は性格が悪かった。」
- 街中から住宅街へ。時刻は夕方。
- 高橋
- 「友達と別れ、河川敷沿いを歩く。河川敷のグランドで大人が自転車の練習をしてる。え?大人が?うん、大人だ。さらによく見ると。うちの担任ではないか。」
- 自転車の転倒する音。
- 矢崎
- イタタタタタ、
- 高橋
- 先生。
- 矢崎
- おう、高橋。
- 高橋
- 何してるんですか?
- 矢崎
- 自転車、練習してるねん。
- 高橋
- 乗れないんですか?
- 矢崎
- のれなかったんだよ。そしてこれから乗れるようになるんだよ。
- 高橋
- 乗れてないじゃないですか。
- 矢崎
- 今は乗れないの。
- 高橋
- がんばってください。
- 矢崎
- おう。
- 高橋
- じゃぁ。
- 高橋
- 「そのまま河川敷を歩いた。遠くから先生が、」
- 矢崎
- (遠くから大声で)高橋もがんばれー!
- 高橋
- 「と、声をかけたので、なんだかおかしな気分になった。」
- 高橋
- 何をがんばるんですか?私が。
- 矢崎
- いや、色々小学生も大変やろ最近は。
- 高橋
- 別に普通ですけど。
- 矢崎
- そうか。
- 高橋
- 生意気ですか私。
- 矢崎
- いやいや、高橋らしいよ。
- 高橋
- 私、人の悪口ばっかり言うんです。
- 矢崎
- うん。知ってるよ。
- 高橋
- そしたらお父さんに、そんな悪口ばっかり言ってたら老けるの早いぞって言われたんです。
- 矢崎
- あぁ。
- 高橋
- だから私、無邪気なおばさんになるくらいなら、嫌味なおばさんになりたいって言ったんです。だって私、無邪気な人嫌いですから。
- 矢崎
- うん。
- 高橋
- そしたらお父さんが、損するぞって、
- 矢崎
- うん。
- 高橋
- 以上。
- 間
- 矢崎
- 高橋は……なんか悩みでもあるのか?
- 高橋
- 悩みとかないです。
- 矢崎
- そうか。
- 間
- 高橋
- 難しい年頃とか思ったでしょう。
- 矢崎
- そんなこと思ってないよ。
- 間
- 高橋
- 先生は結婚するとき。奥さんのお父さんになんて挨拶したんですか。
- 矢崎
- え、別に普通やけど。/p>
- 高橋
- 娘さんを僕にくださいとか言ったんですか?
- 矢崎
- まぁ近いことは、
- 矢崎
- え?
- 高橋
- そーゆう決まりきったこと、恥ずかしくないですか。
- 矢崎
- でも、でも、そんなこと言っても、
- 高橋
- きっとそーゆうこと恥ずかしがったら、幸せにはなれないんです。
- 矢崎
- (感心して)あー、
- 高橋
- だから私、幸せにはなれないんです。
- 矢崎
- いや、そういうことじゃないやろ。
- 高橋
- 私は幸せにはなれないんです。
- 矢崎
- 決め付けすぎやぞ。
- 高橋
- わかるんです。私。
- 矢崎
- まだ小学生やろ。
- 高橋
- 生意気ですか?
- 矢崎
- …いや、…高橋は素直ないい子やと、先生は思ってるぞ。
- 高橋
- メッチャ腹黒いですよ、私。
- 間
- 矢崎
- そうか。
- 高橋
- はい。じゃぁ。
- 矢崎
- うん。なんかあったら相談してくれよ。
- 高橋
- だから悩みとかないですから。
- 矢崎
- あぁそうか。
- 高橋
- さよなら。
- 矢崎
- あ、
- 高橋
- え?
- 矢崎
- 教えてくれよ。自転車。
- 高橋
- 「それから三時間。あたりが暗くなるまで私は先生の練習に付き合った。先生はちっとも上達しなかった。きっとこの人は生まれつきバランス感覚が悪いのだ。何度も転んだ。別れ際。」
- 矢崎
- ありがとう。高橋は人に教えるのが上手いな。
- 高橋
- 「と、言った。少しだけうれしかった。うれしかった。うれしかった。うれしかっ
た。」
- ドアの開く音。
- 高橋
- ただいまー。
- 兄
- おう。お母さん理江帰ってきたよー。
- 高橋
- 「兄は家にいた。今年も何十人もの女が兄に告白したはずだ。兄はそのすべてを断
ったのか?どうなってるんだろ、この人。お風呂に入って、夕食を食べて。自分の部屋で考えた。将来のこと。中学にはいったら、高校受験までもうすぐだ。私は将来どんな職業につけばいいんだろう。教師?いやいやちょっと褒められたからって、軽率はいかん。そういえば兄は将来のことどれぐらい考えてるのか。聞いてみたくて、兄の部屋をノックした。」
- ノックの音。ドアが開く。
- 兄
- なに?
- 高橋
- ゲ。
- 高橋
- 「兄は顔にパックをしていた。あれはたぶん母のパックだ。それとも自分で買った
のだろうか。怖くて聞けない。」
- 兄
- なに?
- 高橋
- いや、今日イブでしょ、どこにもいかないのかなーって、
- 兄
- は?
- 高橋
- だっていっぱい告白されたんでしょ。
- 兄
- あぁ。
- 高橋
- 全部断ったの?
- 兄
- そんなことしないよ。
- 高橋
- え?
- 兄
- 誰にも返事してない。だって誰も傷つけたくないからさ。
- 高橋
- へー。
- 高橋
- 「恐れ入りました。私はゆっくりドアを閉めた。兄に告白した何十人の女は、今頃泣いてるんだろうか。違うな。きっと女たちもキャーキャー騒ぎたかっただけだ。たとえ涙を流したとしても、それはきっと甘い涙だ。私には一生縁のない世界だ。」
- 高橋
- 「深夜。ベットのなか。私は真剣に考える。悩みといえばすべて悩みだ。地球が回っていること自体、私には理解できない。今日クリスマスイブ。地球はたくさんの恋人を乗せて回る。この不思議。私には理解できない。回る地球に考える私。そうだせめて走ろう。私は孤独な長距離ランナーになろう。悩むくらいなら走るほうがましだ。自分の呼吸の音だけを聞いて、町を走りぬけ、やがて私は草原にでる。草原には象がいてキリンがいてライオンがいて、弓をもった男の子もいる。私はその男の子のこと全部わかってる。どんなことに悩んでてどんなことが好きで、どんなことが嫌いか。そしてその男の子も私のこと全部わかってくれてる。もし、そんなことがあったら、とっても素敵なのに。中学生になったら私は陸上部にはいろう。」
- おわり