- 僕
- 多種多様。どんな箱だってご用意できます。箱師・・・
- 重たい古い扉を開いた
ギイイイイイイ
- 僕
- すいません・・・箱をください。そっと入れておきたいものがおるんです。大きすぎず、
小さすぎず、ちょうどいいくらいの箱をください。
- 箱師
- ひよよ、れ、ろんな?
- 僕
- はい?
- 箱師
- おっとぉ・・・
- と、箱師は入れ歯を入れなおした
- 箱師
- 最近、入れ歯のフィット感がいまいちでよろしくない、よーいしょっと。よし、
ベスト位置。
えぇと、箱、ね?
- 僕
- はい。
- 箱師
- いいよ。でぇ、どんな?
- 僕
- だから大きすぎず、小さすぎず、
- 箱師
- ノノンノン。見た目のことじゃぁなくて。中に何を入れるか具体的に。
- 僕
- 言わなきゃ箱売ってもらえないんですか?
- 箱師
- うん、売らないねぇ。どんなものを、どんな目的で箱に入れるのか、それちゃんと知らないとベストマッチングの箱が選べねぇの。
- 箱師
- 箱の、なかっみは、何でしょね~
- 僕
- 他に、箱師なんていないじゃないですか。
- 箱師
- 箱の、なかっみは、何でしょね~
- 僕
- ・・・だから、その、町を。
- 箱師
- お!
- 僕
- あの子にプレゼントするために。
- 箱師
- 来たな!
- 僕
- へ?
- 箱師
- 久々に腕のなる仕事が来たな。グッジョブ。やっぱしデカイ仕事はやりがいやるからな。さぁて、町ね、町がすっぽり入るくらいの、デカイ箱、デカイ箱・・・このジャンボリーピンクの箱なんでどうだ、このチョイス、イカしてるんじゃ、
- 僕
- あの、大きすぎず、小さすぎず、ちょうどいいくらいの箱なんです。
- 箱師
- あん?
- 僕
- デカイのじゃ困ります。
- 箱師
- 町をひとつ入れんだろ?それとも町の一部だけが入っていたらいいとか?
- 僕
- いいえ。
- 箱師
- 町全体なのか?
- 僕
- まるごと全て。
- 箱師
- じゃ、デカくなきゃ入らないだろが。
- 僕
- だってデカすぎたら、あの子が持ち運ぶときに邪魔でしょう?
- 箱師
- 持ち運びするなら町の一部を切り取って小さい箱に入れてプレゼントするほうがオシャレだろ。町の中心にある時計台の数字の3だけ抜き取って箱に入れて、ルームナンバープレートにするとか、キーホルダーにするとか、おお、それちょっと粋じゃないかい?そんなのどうだ?
- 僕
- 駄目です。
- 箱師
- 駄目か。
- 僕
- はい。
- 箱師
- でもスジが通んないね。町まるごと入るけれど、持ち運べる大きさって、うーん、ところでそのプレゼントしたい町ってどこにあんだ?下見にいかないとな、
- 僕
- 今から探しに行きます。
- 箱師
- は?
- 僕
- 探しに行くんです。
- 箱師
- 今、から?
- 僕
- はい。あの子が育った町。あの子が生まれて育った町を、箱に詰めていつでも覗いて見れるように、プレゼントしようと思って。あの子、遠くに引越しちゃうんです。遠くの学校に行ってしますんです。
- 箱師
- てぇことは、その、あの子って、あんたと同じ町に住んでんだろ?
- 僕
- 幼馴染だから。
- 箱師
- じゃあ、あんたどこ住んでんの?
- 僕
- この町に。
- 箱師
- この町、なら、探しに行かなくてもいいんじゃないかい?
- 僕
- 違うんです。
- 箱師
- というと?
- 僕
- あの子、いつも違う何かを見ていたから。
- 「もう、六時です。早く、おうちに、帰りましょう」
と夕方流される放送が聞こえて
何人かの女の子たちの笑い声
放課後、学校帰り
1人だけ笑っていない少女
- あの子
- 帰りたいなぁ。
- 僕
- もうすぐ家つくよ。
- あの子
- ううん、そうじゃないの。
- 僕
- あ、そうか。別に本当の家があるんだったね。
- あの子
- そう。本当の家に帰りたい。あ、ほら見て。夕焼け。
- 僕
- 明日晴れかな?
- あの子
- でもね、私が生まれたところの夕焼けは、もっともっとキレイだった。
- 僕
- 星も見えるんだよね?
- あの子
- そう。流れ星がワァーって、1カ月に一回は流星群が来るの。でね、窓を開けてたら星のカケラが部屋に飛び込んできて、部屋の壁にあっちこっちぶつかって火花が散るの。それがすごくきれいで。花火みたいだけどちっとも熱くないのよ。
- 僕
- そんなことばっかり言うから、
- あの子
- 何?
- 僕
- 馬鹿にされるんだよ。
- あの子
- ほっておけばいいわ。
- 僕
- でも、
- あの子
- だって、みんなに教えてあげたいんだもの。みんな忘れてるから。私だけじゃなくて、本当はみんなだって同じあの町で生まれて育ったのに、忘れてるの。だから覚えてる私がお話してあげなくちゃ。
- あの子
- あなたも。
- あの子
- 忘れちゃったんでしょ?虹色のお花畑とか、水晶の橋は向こう側に渡るたびにキラキラ光って、真っ青な空から、いつだってブルーサファイアの雨が降ってきて、雪の結晶で編んだセーターはくしゃみをするとすぐに吹き飛んじゃうの。笑うとお花が咲いていた。でも、忘れちゃうみたいね。だから、平気で馬鹿にするのね。
- 僕
- 僕は、しないよ。
- あの子
- 知ってる。だって、
- 僕
- うん?
- あの子
- 好きでしょ?
- 僕
- え!?
- あの子
- 私がこうやってあの町のことを話すの。
- 僕
- あ・・・、うん、そうだね。
- あの子
- 私も、好きよ。
- 僕
- ・・・僕に、話すのが?
- あの子、それには答えなくて
- あの子
- はぁ、寒いね。
- 僕
- うん、寒いね。
- あの子
- ポケットに、
- 僕
- え?
- あの子
- 手、入れてもいい?
- 僕
- え!?
- あの子
- 転校するの。
- 僕
- ええ!!
- あの子
- 年が明けたらね。こんなお話できないようなところに、引っ越すの。
- 僕
- え?
- あの子
- お花畑が蹴散らされたときのこと、私今でも覚えてるの。グラウンドに整列しなさいって言われた時にね、足元にあった虹色のお花が、先生や友達の足で蹴散らかされていくのを、私見てた。ね?私が見ているもの、どっちが正しいんだろ?
- 僕
- でも、僕らも本当はあの町で生まれて育っていたんだろ?
- あの子
- きっとそう。だからみんなまだ素敵に笑えるんだと思うの。
- 僕
- 今からいこうよ。
- あの子
- え?
- 僕
- どこにあるの?今から一緒にいようよ。
- あの子
- ・・・すぐそばだと思うんだけど、分からないの。地図になんて載ってないんだから。
- 箱師
- それが、あの町を探すってぇわけか。
- 僕
- あるんだけど、なくて、ないんだけど、あって、だから大きすぎず、小さすぎず、ちょうどいいくらいの箱じゃなきゃって思ったんです。すみません。
- 箱師
- おう?何が?
- 僕
- デカイ仕事じゃなくて。
- 箱師
- 馬鹿か。
- 僕
- え?
- 箱師
- この上なく、デッケーな。さぁて、腕が冴え渡る仕事だな、ひさびさに。
- 箱師
- そりゃデカイだろ。あるようでないようで、ないようであるようなもん詰め込むのは、デカイだろう。じゃ、この七色八角形はどうだ?金色のムーン形は?太陽の六角形の箱は、こりゃ趣味わりぃな。
- 僕
- あの、
- 箱師
- 何か気に入ったのあったか?
- 僕
- あれは売り物ですか?
- 箱師
- ああ。いいもん見つけやがって。
- 天井から展示されているのは、真っ青な地球型
- 僕
- あれ・・・
- 箱師
- ブルーアース、地球儀型だ。あー、特別に取っておいたんだけど、
- 僕
- はぁ。
- 箱師
- いっかぁ。持ってけ、使ってやれ。持ち運んでる最中もかなりオシャレだしな。
- 僕
- ありがとうございます。
- 箱師
- なぁ、あんた・・・
- 僕
- はい?
- 箱師
- 今から探しにいくのかい?
- 僕
- はい。年明けまでに探さないと。時間ないから。どこにいても、この箱開ければあの子が見た風景があるなら、あの子はきっと大丈夫だろうから。探します。意地でも探します。
- 重い古い扉を開けて、そうしてバタンと閉まる
箱師は、たくさんの箱を整理しながら
- 箱師
- 虹色のお花畑に、流星群、そらからブルーサファイア、雪の結晶・・・心配すんな。
この町にだってあるさ。
- 窓の外は雪
目を凝らせば見えるだろう
雪の結晶も
外からのブルーサファイアも
- おしまい