- 山下達郎「クリスマス・イブ」。
電話の呼び出し音。
ガチャッ。
- 男
- あっ、もしもし、ごめん、今もう着いてる?
- 恋人
- うん。りっくんは?
- 男
- ごめん、なかなか会社出れなくてさあ。
- 恋人
- もうー、待ってるからね。
- 男
- うん、ごめんね?
- 恋人
- おっきいクリスマスツリーの下でね。
- クレイジーケンバンドのクリスマスの曲。
- 男NA
- 僕の彼女は優しい。そう、僕には彼女がいる!
去年までは、クリスマスなんてクソくらえと思ってたけど、今年はもう1人じゃない、もう脇役じゃない!
- オフィスの音。
- 男NA
- とはいえ、会社はまさに年末商戦の真っ只中で、僕はなかなか仕事を抜け出せなかった。
でもこういう障害があるからこそ恋は盛りあがるわけで、さっきの電話なんてまるでドラマの主人公みたいだった。
- 上司
- 君、ついでにこの資料も軽くまとめてくれるかね。
- 男<
- え、今からですか?
- 上司
- 悪いねえ。
- 男NA
- 僕はよくよくこういったことに巻きこまれやすい性分で、どうにか仕事を終えたときには、約束の時間を2時間も回っていた。
僕は急いで会社を抜け出し、彼女に電話した。
- 街の雑踏。
- 男
- ああ、もしもし?ごめん、今やっと終わってさあ。
- 恋人
- もうー、寒いよー。
- 男
- ごめん。
- 恋人
- 待ってるからね。クリスマスツリーの下でね。
- 盛りあがる感じの曲、フェードイン。
- 男NA
- 彼女は待っててくれていた!やっぱり彼女は優しい。
僕の足取りは自然と早くなった。
イルミネーションの並木道を抜け、もうすぐ彼女に会える!
- クラッシュ音!(音楽とまる)
街の雑踏、ガヤガヤ。
- 男
- ごめんなさい、大丈夫ですか?
- おばさん
- いったぁーい……。
- 男NA
- 急ぐあまり、僕は曲がり角で自転車のおばさんとぶつかってしまった。
おばさんもどうやら飛び出してきたみたいだったけど、倒れるとき手をついたらしく、手は変な方向に曲がっていた。
僕は正直、うわーややこしいことになったなー、と思いつつも、そのまま立ち去るわけにもいかず、僕はおばさんを病院につれていくことになった。
- おばさん
- どうもすいませんねぇー
- 男
- いえ、そんな、僕も急いでましたし。
- 病院の音。
- 男NA
- 診察がかなり長引いているところをみると、どうやらおばさんはやっぱり骨が折れてるらしい。
病院の廊下で僕は彼女に電話して、謝りながらも事情を説明した。
- 恋人
- そうなんだ……。
- 男
- ごめんね、なんかこんなことになっちゃって。
- 恋人
- ううん、だってりっくん優しいもん。
来れるようになったら連絡してね。待ってるから。
- 男
- いや、だけど……。
- 恋人
- (照れて)クリスマスだもん。会いたいよ。
- なんかいい感じの音楽、フェードイン。
- 男NA
- 僕は彼女というのがここまでいいものとは思わなかった。
これまでの僕ならどんなに落ちこんでいたか分からない。
こんなブルーなことでも、彼女がすべてチャラにしてくれる!
早く彼女に会いたい。診察よ早く終われ、僕は窓を開け、星にそう願った。
彼女もおんなじことを考えてたらいいのに。
窓の外では、ガレージの向こうのアパートの窓に赤々と火が灯っていた。まさに聖夜にふさわしい光景だ。
そう思ってたらそれは火事だった。
- 火事の音。
- 男NA
- 明らかに火が大きかった。住人はまだ気付いてないらしい。
そして窓の中には子供の姿がみえた!
僕はとっさにかけだし、アパートの前のバケツの水をかぶり、決死の思いで部屋に飛び込んで子供を助け出した。
意外と自分にヒーローっぽい一面があることに驚きながらも、外に出て見ると野次馬が何人か集まっていた。(ガヤガヤ)
野次馬はヒーローに惜しみない拍手を送った。
僕はまんざらでもなかったが、彼女のことを思うとそうゆっくりもしてられないので、ここはヒーローらしく名を名乗らず、その場を立ち去ろうとした。
そのとき、野次馬の中から一人の男が声をかけてきた。
- チンピラ
- 自分、見てました。感動しました。
親分が会いたいといってます。
- 男NA
- 男はコワモテだった。というかヤクザだった。そして僕を黒塗りの外車に案内した。
外車の中には、さらに怖い人たちがいて、さっきの人がいちばん下っ端みたいだった。
そして真ん中に乗っていた親分らしき人が僕にこう言った。
- 親分
- あんた若いのにようでけた人や。
うちの若いもんに勉強させたろ思てな。
- 車が走り出す音。
- 男NA
- 車は無情にも、彼女が待つ街とは反対の方向へ走り出した。
僕は車の中で彼女に電話した。だけど彼女は留守だった。
そして隣では、親分も誰かと電話していた。
- 親分
- もしもし、ワシや。……うん。うん、トニーがしくじった?
- 男NA
- その一言で、車内の空気が一変した。
どうやらトニーという人がしくじって、そのせいで大変なことになってるらしい。
車はきびすを返し、港のほうへと走り出した。
- 親分
- すんまへんなあ客人さん。
急ぎの用なんですわ。ちょっと一緒していただけまへんか。
- 男NA
- まへんか、もなにも、僕に選択の余地は与えられてなかった。
- 真島昌利「アンダルシアにあこがれて」
- 男NA
- 港につくと、親分たちは青ざめていた。
怪しい気配に気付くと、僕たちはすでに囲まれていた。
暗闇からマシンガン火を吹き、親分たちはあっというまに倒れた。
僕はあまりの出来事に、車の中に隠れていたが、そのとき、
- 携帯のなる音。
- 男NA
- 彼女からの電話だった。ちゃんとこうやってかけなおしてくれるなんて、やっぱり彼女は優しい。だけどそのおかげで僕はやつらに見つかってしまった。
やつらは全員黒服で、僕をどう始末したものか相談しているらしかった。
そして僕は目隠しをされ、目隠しされたのでよく分からなかったけど、やつらの車に乗せられたみたいだった。
- 車が走り出す音。
地下にコツコツと靴音が響く。
- 男NA
- 目隠しが外れると、そこはどこかの地下室だった。
僕はイスに縛られていた。おびえる僕に、やつらは予想外の言葉を投げた。
- 相手
- 我々はロシアのスパイなんだが、君、どこかのスパイだね?
- 男NA
- 僕は度肝を抜かれた。そして必死で否定した。
そんな僕の切実な思いが伝わったのか、やつらは僕にこんな条件を出してきた。
- 相手
- どうやら君はスパイではないようだ。
だが、我々の正体を知られたからには、このまま返すわけにはいかない。
我々の仲間になるか、死ぬか、2つに1つだ。
- 男NA
- そんなのスパイになるしかないだろう!ってことで、僕はロシアのスパイになった。
そして、早速僕に、最初の指令が与えられた。
- 相手
- 君の使命は、この設計図を仲間に届けることだ。
- 男NA
- それは、アメリカが開発した、サイレントナイトという最終兵器の設計図だった。
今だ水面下で、東西のこうした争いは続いているのだった。
- 相手
- やってくれるね?
- 男
- どこに届ければいいんですか?
- 相手
- ハバロフスクの研究所だ。
- 男
- ハバ!?
- ジェット機の音。
- 男NA
- そうして僕はハバロフスクに飛んだ。
さすがにこの展開のことは彼女に伝えなきゃと思ったけど、あいにくフライト中は携帯電話は使用禁止なのだった。
- 吹雪の音。
- 男NA
- ハバロフスクに着いた。ハバロフスクも圏外だった。
そして予想通りというか予想以上に寒かった。めちゃくちゃ寒かった。
この任務さえ終えれば彼女に会える、僕は自分にそう言いきかせながら、ハバロフスクの大地を一歩一歩歩いていった。
意識が遠のきはじめたころ、針葉樹林の向こうに、かすかに研究所の明かりが見えた!
- ロシア民謡っぽい曲とか。
- 男NA
- 研究所にはいかにも怪しげな博士がいて、設計図を渡すとたいそう喜んでくれた。
そして、怪しげなロシア語で僕になにかまくし立てた。
- 博士
- (なんかロシア語)
- 男NA
- 僕はさっぱり分からずへらへら生返事をしていると、博士は突然飛びあがって喜んだ。
そして怪しげな研究員たちが僕にいそいそとなにか着せはじめ、僕を怪しげなシートへ結わえつけた。
ひょっとして僕はまた何かとんでもないことを引き受けたのかもしれない、そう思った次の瞬間、
- ロケット発射の音。
宇宙的な音楽。
- 男NA
- 僕は宇宙にいた。どうやら僕が乗ってるのは人工衛星のようだった。
隣には紙とペンがおいてあって、おそらくこれはなにか観測をしろ、ということらしい。
何をどうしていいのか分かんなかったけど、どうやら僕が何かの実験台にされたということは分かった。
窓の外には地球が見えた。地球は青かった。
だけどここから電波は届きそうになかった。
地球に帰りたい。早く彼女に会いたい。っていうか、そもそも帰れるんだろうか。
僕はさすがにブルーになった。
そのとき、地球の表面に巨大なクリスマスツリーが立ちのぼった!
それは真っ白なキノコ雲だった。とうとうあの最終兵器、サイレントナイトが発動したらしい。
地表がみるみる真っ白い灰で覆われていく。まるで雪景色のようだった。
あのクリスマスツリーの下で、今も彼女は待っていてくれてるのだろうか。
僕は思った。今年のクリスマスもまた1人だ。
- END