- 砂漠。風も吹いていない。
象の足跡が転々と続いている。その足跡を追って姉と弟が歩いている。
- 姉
- 夢の中。私は弟と砂漠を歩いている。
目の前を転々と続いてゆくのは、
象の足跡だ。
- 弟
- なぁ。
- 姉
- なに?
- 弟
- 今日くらいクリスマスなんじゃないか?
- 姉
- ・・。わかんない。
- 弟
- なぁ。
- 姉
- ・・。
- 弟
- なぁ。
- 姉
- 私は「なぁ」って名前じゃないんですけど。
- 弟
- じゃなんて呼べばいいの。
- 姉
- ・・。
- 弟
- 美智子?
- 姉
- 呼び捨てすんなよ。
- 弟
- 姉貴?ネェちゃん?あれ?おれ何て呼んでたっけ?
- 姉
- ・・。「なぁ」でいいよ。
- 二人は黙々と歩く。
- 弟
- なぁ。
- 姉
- うん。
- 弟
- おれの象なんじゃないかな。この足跡みてたら全部わかる気がする。その象のこと全部。どんな目をしてるか、どれくらいの大きさか。きっと会えたらこんな風に鼻をまげるんだろうなとか、どんな風に耳をパタパタさせるかとか全部。
たぶん、おれの象なんじゃないかな。
- 姉
- へー。
- 弟
- おれ、象好きだった?
- 姉
- うーん。
- 弟
- 動物好きって感じだった?
- 姉
- なんでだろ。あんたのこと思うといつもこうなのよね。ひろい砂漠のなか、象の足跡が転々、私とあんたでその後ろを歩いてる。
- 弟
- どうなの?その象はほんとにいるの?
- 姉
- わかんない。
- 弟
- いい加減だな。
- 姉
- 母さんのとこではどうなの?何させられてるの?
- 弟
- 昔の思い出ばっかりだよ。家族で旅行にいった思い出とか。なぞってばっかり。
- 姉
- 父さんは?
- 弟
- おれが背広きてるんだ。それで説教される。
- 姉
- 父さんに?
- 弟
- うん。「なぁ」に言えないことをおれに言ってるんだ。
- 姉
- かわいそ。
- 弟
- どっちが?
- 姉
- ・・。わかんない。
- 弟
- 「なぁ」のが一番わけわかんないよ。なんで砂漠なの?なんで象?しかも足跡だけ。
- 姉
- わかんない。
- 二人は黙々と歩く。
- 弟
- なぁ。
- 姉
- なに?
- 弟
- そんな邪魔臭そうに言うなよ。
- 姉
- 何を?
- 弟
- なに?とか何を?とか。
- 姉
- 歩こうよ。あんたの象かもしれないじゃない。
- 弟
- なんか話かけてよ。せっかくなんだから。
- 姉
- あんたとは喋りたくないんだよね。
- 弟
- じゃぁどうしておれのこと思い出すの?
- 姉
- 喋りたくないの。
- 弟
- ひでー。
- 姉
- 歩きましょうよ。
- 弟
- 喋りたくはないけど、一緒に歩きたいってこと?それは「なぁ」なりの優しさってやつ?
そう捉えていいわけ?
- 姉
- どうとでも。
- 弟
- 素直じゃないなー。
- 姉
- うるさい。
- 弟
- ・・。「なぁ」の夢のなかだろ、思いっきり泣いたりとか、笑ったりとかしたらいいじゃないか。誰もいない世界なんだし。やりたいこと全部やれよ。おれが邪魔だっていうなら別におれのこと考えてくれなくてもいいよ。
- 姉
- ばか。
- 弟
- 今日。クリスマスなんだろ。もっと楽しい夢をみろよ。
- 姉
- 黙って。ほら、歩こう。
- 弟
- なぁ。
- 姉
- ・・。
- 弟
- なぁ!
- 姉
- あれ?
- 弟
- え?
- 姉
- なんか落ちてる。
- 弟
- あ!足跡、なくなってる!
- 間
- 弟
- どうすんの?なんか考えてよ。「なぁ」の夢だろ。
- 姉
- 楽しいことなんか考えられないよ。
- 弟
- とんでもないこと。
- 姉
- わかんないって。
- 弟
- ジョンレノン。
- 姉
- え?
- 弟
- 歌ってるんだ。砂漠にピアノおいて、イマジン、歌ってる。
- 姉
- 知らないもん。名前しか。
- 弟
- 象はどうなったの?
- 姉
- 象は・・。
- このとき二人の足元から声がする。
- 象
- ここだよ。
- 「ぱおーん」という咆哮と共に砂のなかから象が現れる。
二人は驚く。
- 弟
- やっぱり!おれの象だ!全部思ってたとおりだ!
- 象
- なんだあんた。なにがおれの象だよ。本人前にして失礼じゃないか。
- 弟
- え?
- 象
- おれは、おれだよ。誰のものでもない。たとえ象でも、ね。
- 弟
- すいません。
- 象
- チケット落としてね。
- 弟
- なんの?
- 象
- コンサート。ジョンレノンがライブやるんだ。たしかこの辺で落としたと思うんだけど。
- 弟
- すげー。いきたい。おれもコンサートいきたい!
- 姉
- もしかしてこれですか?
- 象
- そうそう。ありがとうね。
- 弟
- おれも、コンサートいきたい!
- 象
- チケットは?
- 弟
- ない。
- 姉
- どこでやってるんですか?
- 象
- あっちのほうさ。いろんな人が彼の夢を見るからね。
わたしもちょくちょくお呼ばれしてるんだ。
- 弟
- おれもコンサートいきたい。
- 象
- この人に想像してもらえばいいじゃないか。
- 弟
- だって、「なぁ」はジョンレノンの曲知らないもん。
- 象
- あらあら。それは残念。じゃあ、失礼。
- 象は歩き出す。
遠くに行ってしまう。
- 姉
- 象は遠くに行ってしまった。
おそらく誰かの夢の中の、ジョンレノンのコンサートに、
弟と私は目的をなくして、ただ後ろ姿をみていた。
- 弟
- なぁ。
- 姉
- ごめんね。
- 弟
- え?
- 姉
- 私の夢面白くなくて。
- 弟
- そうじゃないよ。
- 姉
- あんたが死んだとき、私、あんたの分まで生きようと思った。でもそれがどういうことだかよくわからなかった。で、私、年だけはとって、
- 弟
- 違うって!
- 姉
- 楽しいこと全然考えられない大人になって、
- 弟
- おれ、象好きだわ。
- 姉
- は?
- 弟
- おれ象好き。乗ってみたい。だから「なぁ」象にのってよ。象のいる国にいって象にのってみて。それでおれが象にのる夢みてよ。おれにも象にのった感じ味あわしてよ。
- 姉
- ・・。でも私給料安いからな。
- 弟
- 何年かかってもいいから。
- 姉
- わかった。約束する。
- 弟
- ゼッタイな。
- 姉
- うん。ゼッタイ。
- 弟
- じゃぁ。お礼に。
- ジョンレノンの「イマジン」が流れてくる。
- 弟
- プレゼント。
- 姉
- あ、聞いたことある。
- 弟
- この辺のね、ロックはいいんだよ。
- 姉
- ロックじゃないじゃん。
- 弟
- うるさいな。黙ってきいてよ。
- 姉
- うん。
- しばらく「イマジン」を聞く二人。
やがて夢は終わり。
- 姉
- 目が覚めて、紅茶を注ぎながらもその歌を口ずさんでいた。
いくつになっても、プレゼントは嬉しい。
- おわり