街中にはキラキラのネオン
あったかいコートにブーツ、聞こえてくるのはジングルベル
人々の足音、その足元に、ひっそり投げ捨てられたように、キャロルがいる
ボロボロのボロクズのように、けれどそのガラス玉の瞳はまだ生きている
人形
はっくしょん!ああ、もう。寒いから。泣けてきちゃう。何でだろ。体が勘違いするのねきっと。体が寒いとココロまで寒く思えてくるのよ。指先がかじかんで、赤く赤く冷えて、それ息はいてこすりあわせても、ちっとも暖まらない。ああ、もう。チイコったら、こんなものあたしにくれなくっても良かったのに。
ぼんやりと街中のネオンを眺めながら、人形キャロルは思い出す
チイコと一緒にベッドで眠っていた頃のこと
ぼんやりと聞こえている街中のジングルベルはやがて
チイコの部屋のレコードに変わる
チイコ
ねぇ、キャロル。知ってる?クリスマスの歌はみんな愛の歌よ。不思議でしょう?本当は家族と過ごすはずなのにね。でも家族のその前には必ず愛があるから、うん、そうね、たぶん不思議じゃないわね。お前も私と一緒かしら?そうね。出来るわけないものね。人形に。恋なんて。あら?そうでもない?ねぇ、あの向こうの通りのお店に飾ってあるあのピエロなんかどうかしら?
人形
ピエロなんかゲーよ。あのにやついた顔大嫌い!って、今なら言えるのに。
チイコ
ねぇ、キャロル。知ってる?人ってね、何でも決まってるんだって。心臓を打つ回数も、瞬きの回数も、汗を流す量も、涙を流す量も、くしゃみをする回数も、ほら、涙が枯れちゃうってよく言うでしょう?あれはきっと本当ね。一生分の涙を流したら枯れちゃうの。それなら、もしかしたら恋の回数も決まってるような気がしない?ねぇ?困ったわ。じゃあ、私の恋は何にも使わないままで終わっちゃうのかしら?
人形
もしかしたら、生まれつき恋とは縁遠かったかもしれないよ。だって今のあたし、ボロボロボロロン。
チイコ

ねぇ、キャロル…もったいないと思わない?お前にあげることが出来ないものかしら?
ねぇ?だってもうそろそろよ。私のこれからの涙も、汗も、くしゃみも、恋も、全部全部お前にあげるわ。

人形
あん、もう。いつだってクリスマスには不思議なことが起こるって相場が決まってるんだから、もう!
チイコ
ねぇ…恋をするには、冒険だって必要ね。お前は私の代わりなんだから、ほら、好きにお外を歩いていいのよ。きっと寒いだろうからマフラーつけてね。気をつけて。今から、どこにだっていけるんだから…ねぇ、ほら…
人形
って、二階から放り投げることないのに!ストンと地面に叩き付けられて、あたしは生まれ落ちた。生まれた瞬間に死ぬほどの痛みを味わったわよ。だってチイコの全部もらっちゃったんだもの。涙も汗も人のカンカクも。でも死なないのはあたしが人形だから。
人形キャロルが一番始めにであったのは野良犬の武蔵
ワンワンと低い声の年老いた犬
いいや、雪がクッションになったからだな。
人形
ちょっと、そのキタナイ牙こっちに向けないで。
ちょっと味見させろ。
人形
あたしセルロイドよ。食べたっておいしくないわ。やだ、ヨダレ垂らさないで。ゲー!
お前クチが悪いな。見たところ俺より年下のくせに。
人形
関係ないし。
年長者は敬えって教えてもらわなかったか?
人形
あんたにかまってる暇ないの。あたし、恋を探さなきゃならないの。チイコのために。
うわっついてるなぁ。その前に礼儀を知らなきゃ街では生きていけないぞ。
人形
うっさいわよ。ゲーだ。ベーだ。
全く。礼儀を教えるのは年長者の義務だ。
人形
え…?
ワンワンワンと、武蔵は大きく吠えた、そして
カァーと鳴いて、ずるがしこそうなカラスが人形の側へやってきた
カラス
あんた、恋を探してるんだって。小耳にはさんでさぁ。
人形
そうよ。でも見たことないから分からないの。あなた、ご存知?
カラス
ああ、知ってるでさぁ。
人形
ほんとに?え、それはチイコの恋になる?
カラス
誰の恋にもなるもんでさぁ。教えてやってもいいけど。
人形
ありがとう。助かるわ。
カラス
タダで?
人形
え?
カラス
タダで教えてもらう気かい?
人形
ええーと…
カラス
いけないねぇ。ギブアンドテイクも知らなけりゃ街では生きていけないでさぁ。いいかい?資本主義を勉強しな。とりあえずあんたのそのガラスの瞳と交換しよう。
人形
えっ、あたしの、目?
カラス
売れば金になるほどの瞳でさぁ。
人形
両方だと困る、だって見えなくなったら恋を探せないじゃない。
カラス
片目だけでも十分でさぁ。
カァーと一鳴きしてカラスは人形の片目をついばんだ
人形
平気よ、片目をなくした痛みくらい。だから教えてちょうだい。ねぇ早く降りてきて。
カラス
もうひとつ勉強しな。親切な奴にはシタゴコロがあるってこと。じゃなきゃ街じゃ生きていけないってもんでさぁ。
カァーとカラスは飛んで逃げていった
人形

片方の目で空を見るともうカラスは雲の彼方。ちっくしょ!意地悪いだけでも、お人好しなだけでも生きていけないって、ほんと暮らしにくい街。通りすがりの子供達は面白がってあたしをひっつかんで振り回してどぶ川に投げ込んだ。やっとこさどぶ川から這い出したら雨。泣きっ面に蜂ってまさにこのこと。お気に入りのスカートは泥にまみれて、自慢の巻き髪だって雨にやられてグシャグシャ。
はっくしょん!ああ、もう。寒いから。泣けてきちゃう。何でだろ。体が勘違いするのねきっと。体が寒いとココロまで寒く思えてくるのよ。指先がかじかんで、赤く赤く冷えて、それ息はいてこすりあわせても、ちっとも暖まらない。
ああ、もう。チイコったら、こんなものあたしにくれなくっても良かったのに。

オルゴールのきれいな音楽が、人形の耳に飛び込んできた
ジングルベルの音楽が流れて、ピエロが踊っている
ピエロ
じんぐるべー、じんぐるべー、イブとクリスマスの境目のこの時間、あと5秒で真夜中0時をお知らせします。5,4,3,2,1!メーリークリスマース。じんぐるべー、じんぐるべー、皆さんよいクリスマスを。じんぐるべー。
ジングルベーと、ピエロは繰り返すだけ
人形
そればっかり。何か他のこと言えないわけ?
何が良いクリスマスよ、何がジングルベーよ。うるさいったら!
ピエロ
話しかけるなって。今仕事中なんだから。じんぐるべー。
人形
仕事?
ピエロ
この店の。看板だもん俺。なんだ?あんたボロボロじゃん。
人形
ほっといて。
ピエロ
寒いの?
人形
ほっといて。
ピエロ
この電飾。ほら俺が持ってるメリークリスマスの看板ね。触ると暖かいから。
人形
ほっといて
ピエロ
あんた、あの向かい側の家の子だろ。
人形
え?
ピエロ
知ってる。ここから見えるから。あの窓。いつも暖かそうだから。つい見ちゃうんだ 。
人形
あたしも…知ってるわ。あんた。にやついたピエロ。
ピエロ
当たり前だろう。ピエロのメイクしてるんだから。
悲しそうなピエロじゃ仕事にならないだろ。
人形
そうだけど。
ピエロ
帰らなくていいの?
人形
え?
ピエロ
あの窓に。
人形
探し物があるから…
ピエロ
だって、
人形
何?
ピエロ
弔いの歌が聞こえるよ。あの窓から。
きっと、チイコの弔いなのだろう
人形
あたしの、片方のガラスの瞳からチイコの涙が溢れてきた。あとからあとから、溢れて止まらなくて、この涙が止まるころ、きっとチイコの涙は枯れるのよ。あたしはチイコの恋を探していたけれど、探しながら、きっとあたしがチイコに恋をしていた。
泣き止まない人形の側で、ピエロはまた歌い出す
じんぐるべーじんぐるべー
人形キャロルの涙が枯れる頃、
たぶんキャロルはピエロに恋をするだろう
おしまい